第5話 転生賢者の失伝魔法 ~五百年後の魔法学園で、俺は伝説になっていました~ 5



「魔法適正無しっていうのは、どういうことだ?」

「いえ、正確には少し違うかもしれません」


 受け付けの人は目を伏せる。


「魔法自体を行使することは出来ます。ですが、魔法の適性が、無属性なんです」

「無属性……?」

「はい、無属性魔法というのは一般的に攻撃魔法が少なく、魔法構築自体が複雑怪奇です。属性魔法も使えないこともないのですが、無属性魔法に適性のある方は他の属性の魔法の行使にとんでもない魔力を必要とする上に、威力もとても低くなるんです……。何らかの属性に適性があれば、どの属性の魔法もそこまで魔力消費は変わらないんですが……いわば、無適性……ということです」

「そんな……」


 そんな馬鹿な。

 確かに、空間移動テレポートや転生魔法のような無属性魔法をよく操っては来たが、他の属性の魔法を使うのに魔力量の激しい消費を感じたことはない。

 あるいは、転生を切っ掛けに適性魔法が無属性魔法になってしまったのか……?

 

「魔力量は今まで私が見た中でも最大なのに……もったいない……」


 受け付けの人がぶつぶつと言う。


「ですので、入学試験自体を受けることは出来るのですが、仮に合格しても、その後の学園生活は著しく大変なものになるかと……」

「馬鹿な」

 

 私が考え込んでいると、後方から笑い声が聞こえてくる。


「ぎゃははははは! あいつ魔力量はあんなにあるのに魔法適正無しかよ!」

「宝の持ち腐れだな」

「あれで魔法適正あったら脅威だろうに、魔法適正無しのやつなんて怖くもなんともないぜ」

「ふ、所詮色物よ」

「惜しいやつだな」

「はははは、敵が一人減ったか」

「これが運命」

「「「ぎゃははははは!」」」


 いいように笑われている。

 全員顔を覚えておこう。

 

「すみません、ですのでここから先は自己判断でお願いします……次の方どうぞ」


 そう言うと受け付けの人は私から目を逸らし、次の者の適性をはかり始めた。


「ア、 アルト……?」

 

 ミーロが心配そうな顔で声をかけてくる。


「何が起こっているかは分からないが、俺は魔法適正がないらしい」

「そんな……!」


 ステラは青い顔で私を見る。


「転生を機に何か変わられたのでは……」


 ミーロが私に耳打ちしてくる。

 

「…………あ」


 もしかすると、思い当たることがないでもない。


「どうしたんですか、アルト」

「転生魔法ほどの究極の魔法を行使したせいで私の本来の魔法適正が判断できなくなり、転生魔法の無属性に適性があると判断されたのかもしれない」

「……なるほど!」


 いわば、転生魔法の残滓。

 究極魔法足り得る転生魔法を行使した私の体内に残滓が溜まり、魔水晶での判定が出来なくなってしまっていたのだろう。

 また後日、自分で魔法適正を量る道具を作ろう。


「それは残念ですね」

「試験自体は受けられるようだから何も問題はない」

「あ、あの……」


 こそこそとミーロと話していると、ステラが話しかけてくる。


「アルトさん、大丈夫ですか? アルトさんは剣術にも長けているかと思うので、剣術を活かした方向に進んでも……」

「いや、大丈夫。このまま行こう」

「本当ですか?」

「俺に二言はない。さあ、先に進もう」


 心配するステラをよそに、私は先を急いだ。

 魔法適正無しでも試験は受けられるようで良かった。



 × × ×



 次に私たちが向かった場所は、倉庫のような開けた空間だった。

 あるいは魔術訓練施設とでもいうべきか。魔法適正を量った後、細かな適性審査をされながらも、あれよあれよといううちに連れて来られた。


「諸君!」

「……!」


 受験者が全員集まったところで、女教官が私たちの前に立った。

 全体的に服が短く、腹部や大腿があらわになっている。その体つきは鍛えられていて、腕も脚も筋肉質。肩口で切りそろえられた髪は視界を遮らないように調整されている。背も高く、いかにも教官といえるだろう。


「今回この栄誉あるウェイン魔法学園の入学試験を受けに来たのは貴様らか!?」

「「「はい!」」」


 倉庫に靴音が響く。

 突然にして空気がちりちりとひりつく。

 私とミーロは顔を見合わせた。


「何やってるんですかアルトさん、返事をしないと……!」

「え?」


 ステラが私に耳打ちしてくる。


「私語を慎めこの愚か者が!」

「ひっ!」


 ステラの近くに鞭が振るわれる。


「危ないなあ」

「アルトさん……!」


 女教官は再び前に向き直った。


「今回貴様らには魔法術式のテストを受けてもらう! どんな魔法でもいい、貴様らの放てる全力の魔法を見せてみろ!」」

「……」

「…………」


 ごくり、と生唾を飲み込む。


「どんな魔法でも、あの標的ターゲットを一部でも破壊することが出来たのなら、入学を許可する!」


 そう言うと、女教官は目先の標的を指さした。

 太い木の棒に、的のようなものが張り付けてある。


「貴様らはそこで少し見ていろ」


 女教官は的のある方向に手をかざした。


「響け遠雷、弾けよ魔力。いかづちの精霊よ、玉響の雷撃を貸したまえ。雷撃サンダー!」


 雷撃サンダー

 女教官の放った雷撃サンダーは見事に的に命中し、黒く焦げ、ボロボロと落ちた。


「ふう…………」


 女教官は額の汗をぬぐい、私たちを見た。


「す、すげぇ……」

「こんなの出来るわけねぇだろ……」

「ああぁ、また今年も俺は落ちるのかぁ!」

「絶対無理だよあんなの」

「ママァ!」


 受験者の中で落胆の声が満ち溢れる。


「では貴様ら、実践しろ!」


 そういうと教官は指定の位置についた。


「……?」


 私は頭に大量の疑問符を浮かべたまま、他の受験者の様子を観察した。

 雷撃サンダーとは一体どういうことなのか。雷属性魔法の中でも低位であり、基本となる魔法。こんな的を射抜くことくらい、どの属性に適性があったとしても、基本的な魔法で済むだろう。こんな基本の魔法が撃てない者がいるのだろうか。はなはだ疑問だ。


 どうやら五百年のうちに魔法業界の試験も随分と甘くなったものだ。財源にでも困っているのかもしれない。


「あんな小さい的当たらねぇよ……」

「……ん」

 

 なるほど。

 違うか。これは小規模で威力の小さい魔法を、いかにしてあの小さな的に当てるかという、いわば魔法の制御技術を見ているのか。

 威力ではなく精度、制御を見ているということなんだろう。

 

「回れ回れよ風車。今その威力を示せ! 強風ウィンド!」


 一人の受験生が魔法を放つ。

 ぴゅうぴゅうと心地よい強風が吹き抜け、的はコテ、と落ちた。


「うむ、中々良い」

 

 女教官は満足げに微笑む。

 なるほど、褒めて伸ばす教育か。悪くはない。諫めるよりも褒めた方が実力が上がるのは当然だ。


「熱波熱風推し進め! 火球ファイアーボルト!」

「堅牢堅固な直球を! 石球ストーンボール

「水泡に帰せる流れあり! 水砲ウォーターショット!」


 その後も受験者たちが前に出て、次々と試していくが、女教官のそれを超えるものはなかった。


「では貴様、前に出ろ」

 

 そして私の番がやって来る。

 

「やっとか……」

「文句を言うな! やれ!」


 女教官に急かされる。全く、もう少し待ってほしいものだ。


「ふむ……」


 女教官は何やら、羊皮紙を見て頷いている。


「どうも貴様は、魔法適正がないようだな? 先ほどから一人でぎゃあぎゃあとやかましい。どうせ大した魔法も使えないのだろう。実力のないものほど口先ばかりが達者だ。さあ、早くやるといい。さあ! あっはっはっはっは!」


 女教官は大口を開けて笑う。

 そこまで言うなら、さっさとやってやろう。


「……」


 私は腕を薙ぐ。


「え?」

「えっ?」

「え!?」

「……え」

「「「…………え?」」」


 音が遅れてやって来る。

 床に達した雷撃サンダーは轟音とともに炸裂し、当たりを一瞬にして白で染め上げる。唐突に訪れた光と音の炸裂弾は受験生を後にした。


 私の放った雷撃サンダーは的を消し炭にし、跡形もなく消滅した。ぷすぷすと辺り一面が広範囲に焦げ、倉庫が変形する。

 雷撃サンダーとは本来、こういうものだろう?


「これでいいのか?」


 私が振り向くと、女教官も受験生たちもぽかんと大きな口を開けて私を見ていた。

 まずい、何か間違えたのか?

 

 私は再び雷撃サンダーの放った場所を見返す。


「……」


 そうか、まずい。地形ごと破壊してしまった。条件が変われば試験が中断してしまう。


「き、貴様! どういうことだ!」


 女教官は私につかみかかってくる。


「悪い悪い、少し倉庫を壊しすぎたな。威力はかなり抑えたつもりだったんだが……」

「な、何を言っている貴様! そんなことは聞いていない!」


 女教官は狼狽した顔で私を見る。

 どういうことだ?


「き、貴様! 詠唱はどうした! 無詠唱魔法だと!? 無詠唱魔法にこの威力……一体どういうことだ!?」

「無詠唱魔法?」


 錯乱した様子で、女教官は私につかみかかってくる。


「これくらい、誰でも出来るだろ?」

「なっ……馬鹿な!」

 

 女教官は吠える。


「無詠唱魔法を行える魔法使いなど上位の魔法使いでしかあり得ない! よもや、こんな……こんな年端もいかない貴様に使えるはずがない!」

「そんなことを言われても」


 使えるのだから仕方がない。私がこのくらいの年齢でも、みんな無詠唱魔法をしていたはずだ。


「魔法の詠唱なんて所詮、魔法の構築のイメージを高めるためだけのものだろ?」

「は、はぁ!?」


 女教官はあんぐりと口を開けて、呆然と突っ立った。


「そもそもこれは、小規模の魔法をいかにして的に当てるかの試験だろ?」

「…………っ!」


 しん、とした空気が漂う。


「何か俺、変なこと言ったか?」


 想定していた反応と違うため、首をかしげてしまう。

 どうも五百年後の世界は、よく分からない。




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