幸せを呼ぶ喫茶店

時遡 セツナ(トキサカ セツナ)

1

人は様々な経験をして傷付き、心を沈ませていく。

大人になっていけばいくほどに、それは一段と。

誰もが皆、生まれながらにして心の中に綺麗な灯りを燈しているはずなのに、人によってはその灯りは今にも消えそうになっている人もいる。

この店はそんな心の灯りを燈らせるきっかけを提供するコーヒー専門の喫茶店。

誰かが心を沈ませ、疲れている時にふらり、と現れるお店。

もし、興味がおありでしたら探してみてください。

貴方の心が疲れているのなら。

小さながらも沢山の青紫の花を咲かせる『アゲラタム』という花の名前を。



木の香りとコーヒーの香りが漂う部屋。

そこに蝋燭の灯りが上っている。

誰かの手が添えられた。

火を囲むように、消えないように守っている。

しかし、火は揺らめき、小さく今にも消えようとしている。

風は吹いていない。

だからといって、こんなにも火が衰えようとしているのは何故だろう。

「もうじき新しいお客さんが来るみたいですね」

穏やかな男の声がしたが、どんな顔かはわからない。

笑っているのだろうか、それとも呆れているのだろうか。

「今度のお客さんはどのような方なんでしょうか」

そう言うと、蝋燭の火は口から吹く風によって消えた。



闇夜、仄かに光っては消える車のランプと街の灯り。

無口に通り過ぎていく人の群れ。

暗い夜にだけ存在する、大人だけの世界。

篠芽美香は通り過ぎていく群衆の流れに身を任せ、暗い顔をし、ぼうっと前を見ていた。

今日の仕事は散々だった。

まだわからない事だってあるのにねちねち言われて。

あたしは本当にツイていない。

そう頭の中でぶつぶつ呟いた。

美香は大学を今年卒業し、四月会社に入社したばかりだった。

自由だった大学からガラリと変わった日常生活。

やらなければならない事の多さにミスを繰り返し、上司や同僚には呆れられる。

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