16 古代エジプト

ミサ〉 さて、〈宗教的権力〉〈軍事的権力〉〈政治的権力〉の三権が、〈上方排除に固定される一者〉の内で連結したとき、王権が誕生する、ってなストーリーをみてきたよな。


我聞〉 えぇ、はい。で、生贄とか、〈下方排除〉に固定される存在もでてくると。


ミサ〉 そうそう。それにより、〈上方排除=下方排除〉が分断し、両義性がなくなり、〈上方排除/下方排除〉となるのだ。でもって、王は〈下〉へ転落することなく、〈上〉で輝き続けることになる。


我聞〉 王の誕生、王権の誕生。


ミサ〉 うんうん。それじゃ、話を先へ進めようか。古代エジプトへ入るところで、足踏みしてたよな。


我聞〉 世界を股にかけますねぇ。


ミサ〉 頭の中だけでの旅だがな。残念だが。たまにはバカンスしたい。


我聞〉 すればいいじゃないですか。


ミサ〉 カネくれ。


我聞〉 ヤです。


ミサ〉 さて、エジプトの話。


我聞〉 どうぞ。


ミサ〉 古代エジプトでは、ナイル川の上流と下流にそれぞれ勢力圏があったという。それをざっくり紀元前3000年頃にナルメル王とやらが統一し、王朝を開いたとされている。異論もあるがな。

 で、このナルメル王だが、ホルスという神の化身だとされていた。つまり、やはり王は〈宗教的権力〉を体現してんだよ。


我聞〉 ホルスですか、聞いたことあるような、ないような・・・・・・


ミサ〉 ハヤブサの姿をしている天空神だ。キャラ設定についてはWEB検索してくれ。


我聞〉 雑だなぁ。


ミサ〉 話をさくさく進めたい。でもまぁ少しだけ寄り道するなら、エジプトの神々というと、なんといってもオシリス神話にでてくる面々が有名だろう。


我聞〉 オシリス神話、名前くらいは聞いたことありますね。


ミサ〉 オシリスは弟のセトに殺される。で、オシリスの妻イシスが夫を復活させる。そして交わり、ホルスを生む。で、このホルスが親の仇セトに復讐を果たす、という、わりとよくみかけるベタなストーリーだ。

 ただ、オシリスの復活は不完全で現世へ戻ることができず、そのまま冥界の王となる。一方、ホルスは地上の王になった。


我聞〉 思い出しました。どっかで聞いたことあります。


ミサ〉 エジプト神話は他にもたくさんあるが、オシリス神話のロジックでいうと、あの世を統治するのはオシリス、この世を統治するのはホルス、という役割分担が成立していることになる。で、王ファラオは地上を統治してるんだからさ、ホルスの化身! ってことになるわけ。


我聞〉 王はホルス神の化身、つーことで、地上を治めることが神話的に正当化されてるんだ。


ミサ〉 イエス。ところで、エジプトといえばなんといってもピラミッドだよなぁ。とりわけギザの三大ピラミッド、クフ王のピラミッド。この時代はナルメル王から数百年後になるんだが、このクフ王の息子にして後継者であるジェドエフラーは、今度は太陽神ラーの息子だと言いはじめた。これに付随してラーを祀る神官団の勢力が増していく。エジプトは多神教でね、いろいろとややこしい。それぞれの神がドッキング、習合したりするしさ。ただ、ファラオは神の化身だろうが神の息子だろうが、いずれにせよ、一般ピーとは異次元の、聖なる存在であるには違いない。

 ちなみに何度も名前を出してきたホカート『王権』では、王は太陽であり、神であった、と繰り返し語られている。ホカートに言わせれば、神ではない王は、王ではないのだよ。


我聞〉 どういう顛末でエジプト王は神格化されることになったんでしょうね?


ミサ〉 ぶっちゃけ、もっと調べてみないとよくわからん。ただ、そんなことより、ファラオは〈宗教的権力〉を体現している、と同時に、ここがポイントなのだが、〈軍事的権力〉と〈政治的権力〉も統合しているんだ。そして、それが官僚組織として顕在化していく。

 紀元前1500年代の半ば頃から新王国時代というが、この時代になるとだ、ファラオを頂点とし、宰相がいて、その下で宗教部門、軍事部門、政治部門の三機関がな、いよいよ整ってきている。宗教部門のトップには神官長、軍事部門には最高司令官がいた。政治部門では地方に知事と市長が配置されるとともに、中央では租税などが管理されていた。

 このように、ファラオはな、〈宗教的権力〉〈軍事的権力〉〈政治的権力〉を一身に体現すると同時に、それぞれ三権を執行していくための官僚組織、統治機構をもっている。

 ちなみに、この場合の官僚制というのは、当たり前だが、現代のように公的にシステム化されたものではない。原理的に、あらゆる富は王のものであり、それを管理するのは王に臣従する官僚たち。ドイツの社会学者マックス・ウェーバー(1864-1920)はな、これを家産官僚制と呼んでいるぞ(1)

 まぁそれはさておき、簡単に図式化しておくと、三権がいったん〈上方排除〉されて王という中心に集まり、その後で、今度は家産官僚制として「下へ」おりてくるのだよ。 

 あるいはこうも言える。首長制社会のようにな、三権がさ、首長、戦士、シャーマンと、バラバラに分有されている状態だと、中央集権的な官僚制は立ち上がってこれないのだよ。


我聞〉 なるほど、なんとなくイメージできます。そりゃなにかとバラバラでは中央集権的官僚制とは呼べないでしょう。


ミサ〉 ところがだ、そう言っておいて否定するのもなんだが、一方でな、再びバラバラになっちまうこともあるんだよ。三権一体に亀裂が入ることがある。

 たとえば、新王国時代の王で、ツタンカーメンって知ってるだろ?


我聞〉 あぁ、あの黄金マスクの。発掘関係者が怪死したとかいう・・・・・・


ミサ〉 あれは都市伝説の類だが、それはさておき、ツタンカーメンの親父、アメンヘテプ4世の時代に、アマルナ宗教改革と呼ばれる運動が起きた。それまで太陽神ラーと習合したテーベという都市の守護神アメン、すなわちアメン=ラーが国家神とされていたんだが、彼はそれをアテン神へ変更した。王都もアメン神官団を避けて遷都した。ここにな、〈一者〉の三権に入ったヒビをみつけることができるんだ。というのも、宗教改革の理由はさ、増大しすぎたアメン神官団など宗教勢力から離れたかった、と言われてるから。


我聞〉 〈宗教的権力〉が、一枚岩にはなれなかった?


ミサ〉 そうだ、ファラオの下で一枚岩になりきれなかったようだな。で、その後、ツタンカーメンが国家神をアメンへ戻す。が、若くして亡くなった。その跡を継ぎファラオになっていくのが、ツタンカーメンを支えていた重臣アイ、そして軍人ホルエムヘブなんだが、ホルエムヘブの後はというと、彼が子宝に恵まれなかったこともあり、後継者を自身と同じ軍人出身者から選抜した。結果、再び軍事上がりのファラオが誕生するとともに、王家の血がいったん断絶する。今度はここにな、〈軍事的権力〉のほうの分岐的伸長を感じることができない? 

 また、新王国時代も終わりになると、今度はアメン神官団が自立してエジプトの南半分、上エジプトを抑えてしまうんだ。こっちは〈宗教的権力〉の突出だろう。ことほどさように、〈軍事的権力〉〈宗教的権力〉〈政治的権力〉は、王という〈一者〉に統合されてはいるんだが、なんつーか、三権の緊張関係は依然として潜在しており、ときにそれが露呈するわけ。


我聞〉 なるほど、話を最初まで戻してしまい、強引にまとめてしまうと、

(1)首長制社会では、〈政治的権力〉〈軍事的権力〉〈宗教的権力〉が、それぞれ首長、戦士、シャーマンに分有されつつ併存していたが、

(2)それらが〈上方排除〉されて〈一者=王〉の身体で結合したとき、いわゆる王権が誕生し、

(3)一方では、〈一者〉の三権をトップダウンで執行すべく中央集権的な家産官僚制が立ち上がっていく。が、

(4)つねに三権は、いつヒビが入ってもおかしくない、再び分解してもおかしくない緊張関係をはらんでた、ってことですね? あと、

(5)王のいわば身代わりのように、生贄とか、もっぱら〈下方排除〉されていく人たちがいる、と。


ミサ〉 まとめてくれてありがとう。まぁそんなところだな。

 ちなみに、古代エジプトについては主に、大城道則さんの『古代エジプト文明 世界史の源流』(講談社、2012)、河合望さんの『ツタンカーメン 少年王の謎』(集英社、2012)、馬場匡浩さん『古代エジプトを学ぶ 通史と10のテーマから』(六一書房、2017)を参考にさせてもらった。


我聞〉 耳学問でいいですって、オレは。


ミサ〉 そうだったな。さて、間もなく十二時だ。ツンデレラは魔法が解ける時間だ。


我聞〉 ツンデレラ?


ミサ〉 閉店だ。


我聞〉 はい? つーか、まだろくに飲んでませんが・・・・・・一杯だけだし


ミサ〉 お代はタダでいいぞ。我の店はな、未だ資本主義色には染まっておらぬのだよ。なんというか、いわば現代のオアシス。

 しかしなんだ、国家の話はまだまだ序盤だからな。この後、ローマ帝国の話とかして、中世へ入りたいんだが、続きはまた明日だな。


我聞〉 え? 明日も来いと?


ミサ〉 来るんだろ?


我聞〉 え・・・・・・


ミサ〉 来い!


我聞〉 命令ですか。権力? いや、暴力ですね。


ミサ〉 でもまぁ、せっかくだから最後にさ、ついでと言っちゃなんだが、我々の国、日本の話をしてシメようか。エジプトじゃなぁ・・・・・・我らは日本人だからさ。


我聞〉 まだ続けるんですね? 話・・・・・・




(註)


1 マックス・ウェーバー『権力と支配』濱嶋朗訳、講談社学術文庫、2012


〔補足〕

 古代エジプトにおける軍事的権力の作動、つまり軍事的編成等については、つぎの本に比較的詳しい記述がある。

〇アーサー・フェリル『戦争の起源 石器時代からアレクサンドロスにいたる戦争の古代史』鈴木主税・石原正毅訳、ちくま学芸文庫、2018

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