第4話



突如取り出されたニーナのハンドガンにレベッカも瞬時に二丁拳銃を構えた。


「どういうつもり?」

「そのままの意味です。話し合いで解決しないのなら、力尽くで権限を勝ち得るしかないでしょう」

「あなた……自分のしていることがどんなことかわかっているの?」


 正真正銘の軍規違反だ。内情を考慮してもレベッカの言っていることの方が正しい。


「私も覚悟の上です。今日をもって自分の居場所が失われようがこれだけは譲れません」


 軍を敵に回してでもミロへの忠誠を貫く。何がそうさせるのか深い理由は分からないが、彼女のミロへの想いは相当強い。


「……そう。仕方ないわね。全員が同じ方向を向いていなければ部隊は成り立たない。ポジティブに捉えれば早い段階で異端に気づけたのは好材料かしら」

レベッカとニーナは互いに引き金に指を掛ける。

「──そこまでだ」


 あとコンマ一秒でどちらかの息の根が止まっていたかという瞬間。軍を束ねる立場である男が姿を現した。


「サウスゲート司令……」


 二人は声に反応してすんでのところで止まる。


「お前たち、俺の隊でありながらそんな愚行が許されると思うなよ」

「ですが司令──」


 先に言い訳をしようとしたニーナをサウスゲートは手で制す。


「わかっている。お前たちがそれぞれに不満を抱えていることも仲間の為を思って動いたことも……そして、俺がコントロールできずにその原因を作り出してしまったことも」


 サウスゲートは後悔の念に駆られながらも言葉に怒気を込める。


「だが、同士討ちになってしまったのはお前たちの弱さからきた最悪な結果だ。隊長、副隊長の身でありながら私情で動き、冷静さを欠いた。特にレベッカ、お前は全ての事情を把握していたんだ。ニーナを連れて俺のところに来ることもできただろう」

「……すみませんでした」


 正論で諭され謝罪するレベッカ。今更、事の重大さに気づく。

 するとサウスゲートは次に、ニーナの方に体を向けた。


「そしてニーナ。お前は独りで問題を抱え込んだ挙句、解決までしようとするのをやめろ。ミロの事情は俺も知っている。レベッカだって順を踏めば理解を示してくれたはずだ」


 収まったレベッカとは対照的にニーナは興奮してしまっていた。


「ですが司令、私は誰に何を言われてもオメント隊長が信用できません。今、こうしている間にもミロ隊長に何か仕掛けているかもしれないんです」

「落ち着け。ミロがそう簡単にやられる奴じゃないってことはお前が一番知っているはずだ。ネスタが内に何を秘めていようが暴走しないようにこちらでも手綱は引いている」


 レベッカはサウスゲートの口振りから事実を悟った。

 つまり、ニーナの勘は当たっており、サウスゲートが任務を与える際に見せた躊躇とリンクする。ネスタ・オメントには何か事情がある。


 この期に及んでもうサウスゲートの都合を考慮する必要はない。

意を決して問う。


「あの、司令。昨日も気になったんですがネスタ隊長の過去に何かあったんですか?」


 ミロへの憎しみ。同じ部隊に狙って入ったとするなら並大抵ではない。


「そうだな。こうなってしまったからにはきちんと話しておく必要があるだろう」


 サウスゲートはネスタの過去を話し始めた。



***




「八年前、僕の故郷はデザインコレクションのテロ行為の巻き添えとなった。飛行機の残骸、崩壊したビルの瓦礫が爆発と共に空から降り注ぐ。運良く生き残った者は悲惨だと語っていたよ」


 やるせなく当時を回顧するネスタ。

 それを興味なさげに聞くデザインコレクションの二人。


「八年前か。じゃあアタシたちは丁度十二歳だな」


 ミロとリエラは同時期にこの研究所で生まれた。本人たちは認めたがらないが兄妹関係にあると言える。


「僕はその時には既に軍へ入隊していたから無事だったがその場にいたら当然死んでいた。巻き添えにあった家族がどんなに苦しかったかと考えると……。こんなことを不幸で片づけることはできない。だから僕はデザインコレクションに負けないように必死で訓練を積んできた」

「なんだ、俺を求めて軍に入隊したわけじゃねぇのか」

「あぁ、だから君の存在を知った時は僥倖だと思ったよ。復讐を渇望した相手の居場所を思わぬ形で知ることができたんだ。モチベーションは高まり、すぐに第三基地への異動を希望した。だけどそう簡単にはうまくいかない。僕の過去の事情を知っている人間は当然いたし、何より実績が足りなかった。本当はもっと早くここに来るつもりだったんだが。気づいたら隊長格さ」

「そんな危険人物をサウスゲート司令もよく許してくれたな」


 ミロは呑気に話を聞く。すっかり戦闘のお預けを食らってしまい、スタンナイフも手持ち無沙汰のおもちゃとなっていた。ペン回しのようにくるくるとナイフが回る。


「実際は最後まで拒否していたよ。許可を出したのはもっと上の人間さ。今まで真面目にやってきたことが功を奏したんだ」


 上は私怨は大した問題ではないと判断したようだ。功績至上主義の王国の悪しき慣習と言うべきか。

 自分の歩んできた道を振り返り落ち着いてきたところでリエラから言葉が投げられる。


「復讐の力ってのはすげーよなぁ。どんな雑魚でもこうして意気がらせて自分が強いと勘違いさせちまう。愚直に鍛錬を積んだところでてめぇがアタシを殺すことはあり得ねーのに」


 ミロは「宥めているんだから余計なこと言って苛立たせるな」とリエラを睨む。


「僕は自分の弱さを知ってる。だからこそこの機会を逃すわけにはいかないんだ」


 再び銃口をリエラに向ける。しかし、それはブラフ。左手に隠し持ったフラッシュバンを間に投げ視覚を奪う。


 目が見えなくても銃口は固定したままだ。引き金を引けば確実に当てることができる。

 薄暗い室内に閃光が広がる寸前、リエラは薄っすらと冷ややかな笑みを浮かべたように見えた。

 

 破裂音から時間が経過し、視界が回復したネスタはそっと目を開く。

 そこには無傷で袖口からバタフライナイフを取り出したリエラの姿があった。

 そのまますっと自分の目の前を一の字を書くようにナイフを振る。


「──ネスタ左だ!」

「──!?」


 ミロの声に反応したが身体はすぐには動けない。次の瞬間にはネスタは跪いき左脚から滲み出した血を抑えていた。


 「……ナイフ!?」


 太腿に刺さったナイフを抜き急いで止血する。


「弱すぎて話になんねーなー。アタシにそんな小細工通用しねぇよ。しかも、まさかこのワイヤーになんの仕掛けもないと思ってたのか? んなわけねーだろボケが」


 ナイフを器用に手で回しながらつまらなそうに見下すリエラ。


「ワイヤー……?」

「おいおい、ワイヤーにすら気づいてなかったのかよ。咄嗟の反応もおせーし。よくそれで軍人名乗れんな。王国軍ってのはゴミの掃き溜めなのかい?」


 正確にはネスタはワイヤーの存在には気づいていた。だが、それがリエラが仕掛けたもので何の目的を持っていたのかを考えることをしなかったのだ。仇討ちに気持ちが逸り、冷静さを欠いていたことは言うまでもない。それに加えてこれまで屋外での対人戦ばかり行ってきたことも影響していた。


「雑魚は死んどけ」


 今度はワイヤーからではなく直接手元からバタフライナイフが飛ばされる。

 何もしなければナイフはネスタの眉間を貫いているところ。眩い光を放ったイカズチがそれを止める。


「──どういうつもりだ? てめぇとしてもこいつには死んどいてもらった方が後々楽だろ?」


 知ったような口を聞くリエラ。


「こっちにも都合があんだよ。ここで死なれたら今後の俺の信用に関わる」

「相変わらず打算的だな」

「お前が感情的なんだよ」


 ミロはネスタの襟を掴み培養器の陰へと突き飛ばす。


「おい……!」

「死にたくなければそこでおとなしくしとけ」


 そう言い残したミロはスタンナイフの電源を入れてリエラに向かって走り出す。

ネスタは思い切り投げられた為、壁に背中を打ち付け気を失ってしまった。




 ミロは蜘蛛の巣が如く張り巡らされたワイヤーの隙間を縫いいるように抜け出し最短経路を辿る。そして、電光石火勢いでスタンナイフを振り上げるとリエラは袖から出した二本のバタフライナイフでそれを受け止めた。


「……ってぇなぁ。一体何ボルト出てやがんだこれ。私じゃなかったら感電してんぞ」


 リエラにとって長時間電撃を受け続けることは望むところではなかった。

 ミロの力を受け流した後で距離を取るべく脇腹に蹴りを入れる。

 ミロは一瞬表情を歪めたがすぐに左腕でリエラの右脚を捕まえ逃さない。


「……くそ!」


 逃げられなくなり再びスタンナイフがリエラに振り下ろされようというところ。リエラはギリギリのところで持っていたナイフを目的のワイヤーへと振り投げる。


 するとミロの背後からナイフが飛ぶ。ミロは危険を察知し、リエラを仕留めるよりも先に背後のナイフを弾くことを決めると振り向きざまにスタンナイフを振り払った。

 ここで大きな隙ができる。

 リエラはそれを逃さない。捕まった方とは逆脚でミロの頭に蹴りを入れる。脳震盪で意識ごと刈り取ろうと試みたが辛うじて腕が挟み込まれ突き飛ばすまでにとどまった。近くの培養器へミロは身体を打ち付けるとその際に切られたワイヤーに連動してあちこちにナイフが飛んでいく。


「お前、全てのワイヤーとナイフの位置把握してやがんのか」


「さあ、どうだろうな」

 自分に飛ばされた二回とネスタに脚を狙った一回。どれも寸分の狂いもなく身体を捕らえてきた。これは勘でどうこうなるものではない。

 最初にワイヤーを切った時はワイヤーの方向にナイフが飛ばされるものだと思われたがそちらの方が偶然だったと考えられる。


 しかし、この無数のワイヤーとナイフの設置位置を記憶することなんてできるのだろうか。デザインコレクションと言えどスーパーコンピュータではない。どんなからくりか。

 もし、全て把握していて自分の立ち位置を決めているとしたら迂闊に近づくこともできない。お手上げ状態になる。

 そして何より、


「金属じゃねぇなこれ」

「アルマイト加工ってやつ?」


 絶縁加工して電気を通さないようにしてある。あわよくば蜘蛛の巣ごと利用できないかと考えたが断念した方が良さそうだ。


「厄介だな……」


 だが、もう一つミロには気づいたことがある。それは接近戦では自分の方に分があるということだ。さっきのリエラは、ミロの首を取ることよりも距離を取ることを優先した。それはミロの一撃を受けて自分の勝率が低さを認識したからだ。

 つまり、ワイヤーさえ取り除いてしまえばミロの勝利に大きく近づく。

ミロは起き上がり再び走り出した。



***



 第三軍事基地の別棟ではレベッカとニーナがサウスゲートの話を真剣に聞いていた。


「つまり、ネスタ隊長は復讐の為にサウスゲート司令の部隊にやってきたということですか?」


 レベッカが要点をまとめる。


「そうだ。お前とは違い本部からの推薦だったからな。俺も断ることができなかった」

「ならば現状はより好ましくないと思います。オメント隊長を呼び戻すべきです」


 躍起なるニーナをサウスゲートは窘める。


「お前の心配していることもわかるが俺はネスタを信じるつもりだ。第一にあいつだってミロが目的のデザインコレクションじゃないことくらいわかっている。嫌悪はあっても本来の目的を見つける前に手をかけることはしないだろう」

「ですが今はリエラもいるんですよ? 彼女が復讐の当該相手って可能性は十分にあると思います」

「確かにそうだな。俺はあいつに戦闘は避けろと言ったが、言うことを聞いてくれているとは思わない。むしろなんの葛藤もなくリエラに銃を向けているだろう。そして、間違いなくあいつは負ける」

「だったら何故──」

「さっきのニーナの話を聞いた限り、ミロは自分が軍側だということを示す為に尾行を許したんだろう? それを示す上ではレベッカもネスタも関係ないはずだ」


 軍側の人間であることを示すならば仲間を守ることは必須だ。仮にネスタが命を失うようなことがあれば隊にもどってもミロは疑いの目を向け続けられる。もしかしたら要観察人物として本部で不自由な生活を送る未来だってある。

 ミロは計算のできない人間ではないとサウスゲートは言うがニーナの意見は違った。


「副隊長である私が言うのもおかしな話ですがミロ隊長は仲間を守るような人間ではありませんよ。自分の不利益となるような人間なら余計に」


 近くにいるからこそ分かることがある。お世辞にも仲間思いとは言えないミロ。目的の為なら手段は選ばず非道に使えない仲間を見限ることは隊内でも有名だった。そして、ニーナもそんな実力主義で自分を評価してくれるところに惚れている。ここで信念を曲げないからこそ彼なのだと。


「いいや、ミロは必ずネスタを守る。命を狙われていようと全てを許容できる力をあいつは持っている」


 根拠はどこにもない。だが、今ミロを信じてあげなければ彼はずっとあのままだということだけは断言できた。


「司令のその判断で失われる命があるかもしれないと分かっているのですか? 敵だってデザインコレクションなんです。足手纏いを抱えたままミロ隊長がやり合えるとは思えません」


 とても納得できないとニーナは反論をやめない。


「無謀な賭けではあると我ながら思うけどな。今後のことを考えれば二人が成長する為には必要な戦闘だ。ネスタは自分一人の力ではどうにもならないということを知る必要があるし、ミロはネスタの思惑を知った上で自分自身について考えて欲しい。責任は俺が取る」


 サウスゲートは深々と頭を下げた。


 レベッカとニーナにとって少々不満の残るもの話だったが司令の醜態と責任という言葉を前にして二人はそれ以上何かを言おうとはしなかった……否、できなかった。



***




 研究所の一室で交える一戦にはただならぬ緊張感があった。ミロがワイヤーの網を潜り抜けてリエラに近づけばワイヤーが切られ死角からナイフが飛んでくる。そしてそのナイフに対処を迫られる間に再び距離を取られる。


 ワイヤーが全て切れるのが先か、ミロがナイフに対応できなくなるのが先か。一挙手一投足も見逃せない、お互いに消耗戦だ。


「鬱陶しいんだよ」

「てめぇこそ器用に躱してんじゃねーよ」


 リエラが床に落ちていたナイフを拾って明後日の方向目掛けて投げる。するとまたミロの右側からナイフが飛んでくる。


「でも、何でデザインコレクションの中でもてめぇが最高傑作なんだろうな。アタシがてめぇに劣ってる要素なんてねえと思ってんだけど」

「そういう、自分の欠点が見えてねぇところだろうよ。少なくとも俺はお前よりも性格がいい」


 ミロはナイフを弾き手に取るとリエラに投げ返す。リエラはそれを軽々躱し、またナイフが飛ぶ。


「笑えねー冗談だな。てめぇ、研究所時代に周りから無茶苦茶嫌われてたじゃねーかよ。何回てめぇの悪口聞かされたか」

「性格が良すぎて嫌われてたんだよ。デザイナーズチャイルドは僻む輩ばっかだったからな」

「んな訳あるか。てめぇは他人を見下し過ぎなんだよ」


 会話のキャッチボールがナイフとなって互いを行き合う。

 同窓会ならではの懐かしの昔話とはかけ離れた醜い罵り合いだ。


「大体、お前も大概だったろ。喧嘩っ早くて、周りの奴ら笑顔無かったぞ」

「見間違いだろ。アタシの前では笑顔だった」

「愛想笑いだそれ」


 このままでは好転しないと悟ったミロは敢えてナイフを避けずリエラとの距離を詰めた。

 背中に深く突き刺さるナイフ。


「くっ──」

「トチ狂ったかミロ」


 痛みによろけたミロに追い討ちをかけるのは今しかなかった。

 リエラは生まれた隙につけ込み手に持つナイフをミロの右肩に突き刺す。

 しかし、それと同時に素早い膝蹴りがリエラの腹に直撃したのだ。


「──ゔぐっ」


 自損覚悟の博打に出たミロ。強引に接近戦に持ち込んだ。

 そのままの勢いで髪を掴むと床に背中から押し付け馬乗りになる。

 ドンッと室内に響く鈍い音。


「いつ死んでも構わないと思っていたがお前に殺されるのだけは御免だ」


 血が流れる右腕で持ったスタンナイフでリエラの首を狙う。それに抗おうとリエラは右手を動かそうとするが左脚で抑えているため何もできない。

 床に押し付けられたリエラは青筋を立てほくそ笑む。しかし、何も起こりはしない。後方からナイフが飛んでくることもない。


「なあ、今どんな気分だよ。アタシを追い込めて嬉しいか?」


 空元気。無理に余裕を見せてミロを精神的に揺さぶろうといしてるのか。

 ミロはくだらないと吐き捨てる。


「別にお前を殺したところで何も感じねえよ。慈悲や情けをかけようにもファミリーだったのは昔の話だ」

「何だよつまらねぇなぁ。もっとアタシを見下せよ、蔑めよ。優越感に浸って絶頂しろよ」

「終わってるな」



 ミロが左手で傷口を抑えて力を入れる。

その瞬間、何故か左脚に痛みを感じた。

 さっきまで何も持っていなかったはずのリエラの右手。そこにはナイフが握られていた。そして、それが左脚に深く突き刺さっている。


「糸か」


 高らかに笑うリエラ。傷だらけになりながらも愉悦に満たされた表情を浮かべる。


「アタシは勝てると過信した奴の鼻を折るのが快感なんだよ」

「……この悪趣味が」


 リエラはミロの攻撃を受ける前に見えない程の糸で一本のナイフと指を繋いでいた。右手を動かしていたのは身動きを取ろうともがいていたのではなく糸を手繰り寄せていたのだ。ワイヤーが張り巡らされた室内での極細の糸。うまくカムフラージュもできている。


 一瞬の虚を突かれ動揺したミロは思わず力が弱まりリエラにすり抜けられる。そして、馬乗りの体勢から後方に蹴り飛ばされると床に身体を叩きつけた。

仰向けに倒されたミロ。追い撃ちのように五本のナイフが飛ぶ。

 左脚に負った傷のせいで全て避け切ることは不可能。負傷覚悟で身を隠すべきか、隙ができようともここで攻撃を受け止めるか。どの道、劣勢に転じることには変わりなかった。



 何とか命辛々追撃から逃れる。

 肩に刺さったナイフを抜き培養器に隠れた。

 すっかり息が上がりリエラの位置も分からない。

 うまく立ち回ったものだ。こちらの考えを看破し悉く特徴を潰してくる。

……しかし、何だろうかこの違和感は。


 ふと周りを確認する。

 早く動かなければネスタの命も危ういだろう。

 というか……あれから何故リエラはネスタを狙わないのだろうか。

 生かしておくべきと思っているわけでもないだろうし、本当に眼中にないのか?

 あいつはイレギュラーな存在のはずだ。居場所も把握しているだろうし目的のワイヤーを切るだけで済むはず。

 意に介してないふりか?


 天井を見上げるにも高すぎて真っ暗で何も確認できるものはない。

次に床に落ちたワイヤーを拾う。見た目はアルマイト加工されたただの金属だ。しかし、切れた断面を確認すると中から細い導線が出てきた。


これか……。


 これまでのワイヤーに連動したナイフの攻撃は全て死角から繰り出されてきた。しかし、どういう仕組みでナイフが飛ばされているのかは分からなかった。

 ワイヤーはシステムを悟らせない為のブラフだったということか。

……となると、

誰か他に味方がいる……?


 なくもないがリエラは他人を頼るような人間じゃない。

 十年前から心境の変化があった或いはあの人が味方をしているという低確率の条件を視野に入れつつも別の角度から考えてみる。

 この薄暗さから目的の人間に向けてナイフを投げれるシステム。

人以外と仮定した方が納得のいく部分も多い。

 仮に光を検知するフォトダイオードを使ったシステムだとするならばスタンナイフで常に稲光を発している俺を捉えることも可能だろう。


 だが、その理屈だとネスタを捉えた一撃が矛盾する。スタンナイフの電源を落としたとはいえネスタが一番光が当たっていたことはない。まあ、ある意味では光は当たっていたのだが。

 物理的に輝きを放つという観点から見てあの時狙われるのは俺でもリエラでも差はなかったはずだ。

 となると別の基準……。

 あの直情径行のリエラにしてはよく隠したものだ。

 真相までは中々辿り着けそうもない。

 だが、大凡の考えはまとまった。


 一か八かではあるが賭けに出てみるか。おそらく体力的にも最後のチャンス。

スタンナイフの電源を落とし培養器の陰から出た。





***



 ネスタは培養器の陰で苦悩していた。脚に深傷を負い気絶したところでようやく冷静になれた。頭痛と太腿に滲む血を見て自分の浅はかさ情けなさを思い知る羽目となる。

 感情的だったとはいえ、選択を大きく誤っている。ミロがいなければ間違いなく死んでいただろう。

 何の為に握った銃か。

 もうネスタには引き金を引く気力がない。目の前で繰り広げられる異次元の戦い。今まで見た誰よりも強くて速い二人。

 本来ならばミロの援護をして加勢するのが自分のするべきことだということは分かっている。しかし、手負いの身。足を引っ張ることは火を見るより明らかだ。


「……何をしているんだ僕は」


 軍人にも関わらず物陰に隠れて戦況を見つめることしかできない。

 もどかしさを抱え葛藤していると隠れていた培養器にミロが飛ばされてきた。

 状況は劣勢か。ナイフで刺されたであろう右肩と左脚から大量の血を流している。遠距離から投げられるナイフへの対応に手一杯で満足に攻撃を繰り出せないようだ。


「おいネスタ。まだ生きてるか?」


 そんなミロからネスタに声が掛けられる。


「彼女は君しか眼中にないようだから、なんとかね」

「今から俺の支援をしろ」

「え?」

「片脚が動かなくてもライフルは使えるだろ。あいつの仕込みに対応するのが面倒だ。お前は今からどこから飛んで来るかもわからないナイフを全て打ち抜け」


「待て、僕は──」

「大丈夫だ。お前には手は出させない。動けないなりに上手く立ち回ってくれればいい」


 ミロはネスタに弱音を吐かせない。全てを呑み込んで、割り切って戦えという旨を伝える。

 だが、今のネスタはすっかり弱りきっている。自信もなく自分よりも深傷を負っているミロにも気付かず怪我を言い訳にしてくる有様だ。


「そうじゃない。全てを撃ち抜くなんて無理だ。僕はただでさえ君たちのスピードについていくことはできない。なのに四方八方からの攻撃に反射するなんて……」

「できないじゃねぇ、やるんだよ。戦場にいるからには役に立て。何の為の肩書きだ」


 ミロは奮い立たせるべく言葉を掛けるわけでもなく、思っていることを率直に伝える。隊長まで登り詰めた苦労はこの日のためだろうと。

 ネスタのことなど構ってる暇はなく、リエラに負けそうな自分に苛々していた。

 敵から飛ばされるナイフを弾きながらその場から動かない。


「隊長だって一人の人間だ。君たちとは違う」

「お前にプライドはないのか? このままではこっちの不利が続くだけだ。見いだせる活路としては、あいつが予期してないイレギュラー、つまりお前だけだ。どうせ失敗するなら足掻くべきだろ」

「でも──」


 弱腰なネスタにミロは痺れを切らす。


「お前は何の為にここまで来たんだ! このままデザインコレクションに殺されてお前の家族や仲間の思いまで捨てるのか!」


 ミロは培養器の裏まで回りネスタの胸ぐらを掴んで押し付けた。ネスタの目線からは血だらけになったミロ腕が自分の服を赤く塗りつぶしていくのが見える。

ここまで負傷しようと尚、戦おうとするミロ。その目は諦めるどころかより一層力を増している。

 これが本当の軍人なのだと思い知らされる。


「おい、今更何にビビってやがる。失うもんなんてたかが知れてんだろ」


 苛々とネスタの首を締め上げる。


「知らねんだよ、てめぇの事情なんて。息絶えるまで抗い続けなきゃいけねぇんだよ。悪いが俺は死ぬことなんて怖くない。怖いのは自分の意思が折れることだ。息の根が止まるまで少しも曲がるわけにはいかねぇんだよ」


 ネスタはミロの目を見て気圧された。

 恐怖を与える瞳。冷たく、しかし熱意を帯びたその瞳が逃げるなと心に訴えかけてくる。


「わかったよ……。だけど君は失敗は許してくれないんだろ。足掻いて成功してみせろと」


 ここで断る選択肢はなく、言い訳すらさせてもらえない。

 今のネスタにはこのくらいの強制が必要だった。自分の間違いを認め、戦う為のライフルを握らせるカンフル剤が。


「当たり前だ。神経を研ぎ澄ませて全体を把握しろ。お前が今までしてきた努力、隊長格まで上り詰めた結果は紛れも無い事実のはずだ」


 そう言ってミロはネスタの懐を弄る。


「あ、ちょっと、何を……」

「持ってるもん出せ。言ったろ、使える物は使うんだよ。あいつはお前のことまでは計算に入れていない。イレギュラーで虚を突くことが最善手段だ。生憎とこの部屋は俺という人間を検知する為の箱らしい。そして、その基準はおそらくは熱。サーモグラフィーの要領で赤外線を飛ばし、この場で一番熱を持っている者の座標に向けてランダムにナイフを発射させる。あのワイヤーはそのシステムが作動する為のトリガーだ。回路が切れることでカメラが役割を果たす。つまり、スタンナイフで常に50度近く発熱している俺は格好の的。カメラも摂氏コンマ1度で分別できるのだろう。あの時お前にナイフが向かったのも俺らよりも頭に血が上り体温が上がっていたからだと推測できる。しかし、かと言って俺もスタンナイフ無しでアイツにアドバンテージをとることは不可能に近いわけだ。だから、お前に協力してもらう」


 すると培養器の向こう側から声が飛ぶ。


「おい、ミロ! てめぇいつまで隠れてるつもりだ。それとももう死んじまったか?」


 ミロは舌打ちをして顔を出し、飛んでくるナイフを薙ぎ払うと移動を開始した。

 ネスタは立ち上がる。

 自分よりも傷を負っていミロがあんなにも動いているのに自分が動かないわけにはいかない。

 半ばやけくそになりながらも銃を構える。

 それを確認したミロは痛みに堪えながら今出せる限界のスピードでリエラを追い詰め手榴弾をリエラに向かって投げた。

 リエラは難なく爆発を躱しワイヤーを切る。

 当然のようにミロに向かって飛ぶナイフ。その一つ一つを確実に捉えてネスタは引き金を引いた。


「くそッ……死に損ないが!」


リエラは予想外の事態に僅かに反応が遅れ爆煙の中から飛び出したミロの左ストレートをもろにくらう。


 これを見る限り、本当にリエラはネスタの存在など気にも留めてなかったのだろう。ファーストコンタクトで無能と判断し、デザインコレクション同士の戦闘に参加できるはずかないと高を括っていた。そんな雑魚のアシスト。

形勢は逆転。外部攻撃の芽を摘んだ状態での一対一ならミロが勝る。

リエラは激しいイカズチを纏った剣撃を何とか防ぐが身体は電撃にどんどん疲弊していく。


「んぐぁ!!!」


 やられる一方となってしまったリエラは力を振り絞りミロから離れる。そして、ネスタが構える培養器へと飛び乗った。


「イキがんなよ三下ァ!!」


 リエラはネスタを排除する為にナイフを振り上げる。ミロはそれを防ぐ為に左手に持っていたフラッシュバンをリエラに向かって投げた。


「クソッ!」


 視界が悪くなるリエラにミロは隙に落ちているナイフで手元を弾く。

 しかし、至近距離にいたネスタも目を眩まして何もできない。


「くッ……」


 ネスタは狼狽えたがすぐに持ち直す。銃をリエラの眉間目掛けて発砲した。

 普通の人間なら躱すことのできないほどの至近距離。視界もまだ万全ではない。

 デザインコレクションはここでもまた真骨頂を発揮する。

 発砲する瞬間にネスタのライフルを蹴り上げ弾道を変えたのだ。そして、逆の手に取ったナイフでネスタの首を狙う。

 だが、こうなるにも手間が掛かった。時間でいえばほんの数秒であったがミロにとっては十分だった。一次攻撃を防ぐとそのままの勢いでスタンナイフをリエラの脇腹へと突き刺す。


「ああぁぁぁあああ!!!!!」


 室内に雷鳴とリエラの叫び声が響く。

 リエラは何とかスタンナイフを引き抜こうとするが身体に力が入らない。

 それを察したネスタのは再び銃口を向ける。復讐の気持ちは無くなったわけじゃない。仇討ちのまたとないチャンス。


「死ねぇ!!!」

「──待て!」


 頭上から爆発音のような大きな音が鳴る。それと同時に地響きに足を取られ、天井の一部が崩れ落ちてきていることに気づいた。

 ミロは動けずにいるネスタを突き飛ばし、致命傷を避けるべく自分も身を屈める。


 

 やがて入口を塞ぐようにして瓦礫の山ができあがる。

 その中からミロとネスタの二人が顔を出した。


「な、何が起こったんだ……」


 突然の事態に理解が追いつかないネスタ。


「天井に爆弾でも仕掛けられてたってのが一般的な見解だろうな」


 身体を起こしながらミロが答える。


「でも、何故このタイミングで作動した? 奴にはそんな余裕なかったぞ」

「大方、身体の中に電流に反応して遠隔操作を行うからくりでも仕掛けてたんだろ。スクラベール軍とも繋がりがあったようだし、俺の武器を把握して対策に協力してもらっていた可能性は大いにある」


 こんなピンポイントな仕掛けをリエラが用意できるとは到底思えない。命を惜しいと感じないであろうリエラを守る為に打った第三者の一手。ミロにはそれが誰であるかなんとなく分かっていた。


「それでリエラは!?」


 ミロの持つスタンナイフが何も捕らえていないことにネスタが焦る。


「逃げたみたいだな」

「何だと!? 今すぐ追わないと」

「無理だろ。その足でどうやって追いつくんだ。ましてや目の前はこの瓦礫……いくらあいつが腹部の損傷と感電で動きが鈍っているとはいえ差は埋まらねぇよ」

「だったら君が行ってくれよ」


 焦燥感に駆られるネスタにミロは仰向けに寝そべり首を振る。


「断る。指名手配犯を捕まえるのはサウスゲート部隊の仕事じゃないんでね。それに、俺もあいつ以上に傷を負ってる。諦めるんだな」

「そんなこと言ってやっぱり君は向こう側の人間なんじゃないか? さっきだって旧友だからってわざと逃したんだろ!」

「心外だが、今の俺の姿とこれまでの行動を見てたお前がそう断言するなら反論はしねぇよ」


 間違いなくミロは身命を賭して戦った。それはネスタにも疑いようがない事実で負った傷が何よりの証拠だった。

 ネスタはトーンを落とし冷静になる。


「……いやごめん、熱くなりすぎた。助けてもらった身で君を責めることは恥だ」

「今更、良い子ぶっても気持ち悪りぃだけだけどな。お前は俺に殺意がある。何があっても揺らぐことのない殺意がな」

「だけど君は気にしないんだろ。僕のことなんか眼中にない。殺そうとされれば殺し返せるだけの力と自信があるから何もしないんだ」


 今ミロがネスタの首を飛ばしていても何らおかしくはない。だが、そんな素振りは一切見せない。


「どちらにせよ、お互いにこれまで通りだ。部隊の中なら下手な真似はできないしな」

「これまで通りか……違うな。僕が気まずいだけだ」


 ネスタは自業自得と思いながらそれを受け止めた。




──瓦礫中を掻き分け二人は外に出る。

 すると壮大な爆音と共にハイカラなジェット機が頭上を通過して行った。


「あれは……」


 ミロが呟く。

 一方で特に気にする様子のないネスタ。


「今から救援を要請するけど君はどうする?」


 脚を引きずるネスタは無理に車を運転することはしない。軍内に居る誰かに迎えに来てもらう為に通信機を取り出す。


「俺は寄るところがあるんだ。先に帰っていてくれ」


 だらだらと流れる血を抑えてミロはネスタに応答した。


「……怪しいな」

「ただのおつかいだ。サウスゲート司令に頼まれてるものがある」

「まあいいか……今の僕には君を束縛する気力はないよ。だけど怪我は大丈夫なのかい?」

「あぁ、ここは研究所だしな。探せば応急処置できるだけの道具は出てくるさ」


 そう言ってミロはオープンカーに乗りネスタの前を通り過ぎて行った。



***




 研究所から少し離れた海岸沿いの丘に建った時計台。その下には老人が杖をついて海を眺めていた。

 白髪に白髭を貯えた白衣姿の老人。

 潮騒に耳を傾け、目を閉じる。

──ここは老人にとって馴染み深い場所だった。約十年前。近くの研究所で日々最高の人間を生み出すための遺伝子研究に励んでいた。周りからDr.ゼラなどともてはやされ崇められたこともあったが気づいた時には指名手配。誰が唱えたかもわからない、人工的な生物の生成は自然を破壊するなどという理論を鵜呑みにした王国に追い出された。

 そして、今まで精魂込めて育ててきた子供たちは今や便利なロボットのような扱いを受けている。

 特に優秀だったデザインコレクションと呼ばれる七人は自分同様、命を狙われている始末だ。

 ここはその息子たちとよく散歩に訪れていた場所。


「ここは少し冷えるなぁ」


 塩風がゼラの白衣を靡かせる。

──すると背後から人影が差した。


「やあ、君なら来てくれると思っていたよ、ミロ・マイアス」

ゼラはコツンと杖を鳴らし振り向いた。十年ぶりの息子との再会。

「お久しぶりです先生」


 包帯まみれのミロは他の人間には絶対に見せない厳粛な佇まいでゼラと向き合う。


「十年ぶりか。大きくなったな」

「はい。先生はお変わりないようで」

「この歳の十年の変化なんてあってないようなもんだ。あとは痩せこけて死んでいくだけだ」

「そうですか……」

「あぁ……」


 二人の会話の間を埋めるように海が陸に当たり音を立てる。

 お互いに相手の次の言葉を待つがその表情は対照的であった。

 沈黙であっても十年ぶりに再会した息子と過ごす空間を心地良く感じるゼラに対し、歯の奥に物が挟まったような気まずさを醸し出すミロ。

 当然、次に口を開くのはミロからだった。


「リエラを俺に狙わせた理由って何ですか?」

「私は指示した覚えはないよ。動いたのは彼女の意思だ」

「ですが明らかにスクラベールが協力しています。先生の指示でしょう」

「私はただ手を貸しただけだよ。娘や息子が困っていれば手を貸す。親として当然だろう?」


 優しく微笑むゼラ。しかし、ミロはそれを十年前のように素直に受け取る事は出来なかった。


「その結果、俺はいなくなってもいいということですか?」


 ゼラの言い分が通るならミロもゼラの子供の一人だ。手を貸す以前に傷が付くのを拒むはず。


「結果、君もリエラも生き延びただろう。優れた子供たちの兄弟喧嘩を止めるのも骨が折れるもんだ」

「やはりあれも先生だったんですね」


 天井を爆破させたのはゼラだった。しかし、単純に二人を守りたかったという理由には謎が残る。


「やけに不満そうじゃないか。リエラにだけ贔屓したことがそんなに気に入らなかったかい?」

「……あの、いい加減教えてもらえないですか?」


訝しげに問う。


「何をだい?」

「俺があの軍に入れられた理由です。何の目的があるんですか? 生みの親と敵同士になって同胞から命を狙われる。どう考えても捨てられたようにしか思えないです」


 ミロは進んでコペル王国軍に入隊したわけではない。十年前のあの日──ゼラが姿を消す直前手を差し伸べられ連れて行かれた場所が王国軍本部だった。ここで使命を果たせと受けた命令を未だに守っている。

 ただ、今は自分のしていることの意味、ここに存在することの意義に悩まされている。状況が状況なら、かませ犬になっていてもおかしくはない。

 ミロの心の揺れを感じ取ったのかゼラの目つきは鋭くなる。


「本当にそう思っているのかい?」

「……分かりません。何も分からないんです。自分の役目も自分がどうしたいのかも……」

「分からないなら分かるまで考えなさいと昔から口を酸っぱく言ってきたつもりだがね」


 言葉としては重い。しかし、その声には怒りも呆れも見つけることはできない。それが怖い。


「ですが──」

「もし君が私の思惑を理解していたのなら今ここで自由を与えてあげたのだけれど。残念ながら保留のようだ。引き続きあの軍で学びなさい」

「先生が王国を潰せと命じてくれるのなら俺は喜んで指示に従いますよ」


 逸り気味に提案するがもちろん望んだ言葉は帰ってこない。


「悪いがそんな指示は今後もしないよ。無論、忠誠を誓えとも言わないがね。君の思うままにしたらいい。軍にいなさいということだけが私から君への命令だ」


 結局、ミロもゼラの言うことを聞いているだけの人間に過ぎない。軍などに忠誠はなく、ある種スパイの役目であるとミロ自身も思っていた。しかし、ゼラの口ぶりから違う目的があることが分かる。


「俺は何の為に生まれたのでしょうか……」

「私を恨んでいるかい?」

「いえ……。俺もまた、他の人生を知らない。安易に他人を羨んだりはしません」


 他人と比較するから自分の滑稽さを知り不遇を嘆く。それをしないミロには誰も恨むことはできない。


「では、他人を知るところから始めたらどうかな。指される後ろ指に向き合うのも業だ」


 それは暗にネスタのことを示していた。憎む相手を知り自分の指針知る。

 ミロはゼラがここに来た理由を知った。

 再会は偶然じゃない。一向に成長しない自分に喝を入れに来たのだと。

 耳に入ってくる言葉が早く期待に応えてくれと変換されて脳に刷り込まれていく。


 それが軍を裏切ることなのか、軍に忠誠を誓って軍人として生きろということなのか、それともそれ以外の答えを見つけ出せということなのか。選択肢は無限にある。一つでも選択を間違えば全く違うフローチャートになりバッドエンドを迎える。


 自分の存在意義、この国に残された理由を考える上で疑問に思ったことをゼラに話す。


「最近ではアンドロイドの製作に力を入れているそうですね」

「あぁ、君はもう会ったんだったね。実は、あれはまだ完全なアンドロイドとは言えないんだ。人工知能代わりにクローンの脳をベースとしているからサイボーグと言う方が正しいのかな」

「サイボーグですか……道理で会話も滞りなくできたはずですね」


 素っ気なくミロは納得した。


「やはり私の研究テーマを追究していく上では自我を持つことは外せないからね。今はまだ試行錯誤の段階だがAI開発がうまくいったら君たちデザインコレクションをも超える存在になるかもしれない」

「もう既に超えていると思いますよ。あのサイボーグは既に自分の生まれた意味を知っていた。いつ来るか分からない理想の未来に向けて犠牲になることが自分のするべきことだと信じていた。俺よりも遥かに志が高く逞しい人間でした」


 身命を賭して理想を追求することは誰にでもできることじゃない。心が人間なら尚更だ。


「だが今生きているのは君だ。それは君が今生きたいと思っているからだろう?」

「俺はいつ死んでも構わないと思ってますよ。ただ力がそうさせてはくれないんです」

「違うよ。君は死ぬ気になればいつでも死ねるはずだ。力はあっても使わない道を選ぶこともできるのだから。君の今は君が望んで得ているんだ」


 ゼラには何でも分かってしまう。心の奥底まで見透かされているようでミロは後ろめたさを感じた。


「もし、俺が今を望んで生きているのだとしたら……その理由はまだ先生からの答えを聞いていないからかもしれませんね」

「なら尚更言えないな」


 そう言ってゼラはまた優しく微笑んだ。


「これからも今まで通りということでいいんですか?」

「うん。しっかり軍の指令を聞くんだよ。仮にスクラベールを壊滅させろと言われても私のことを考える必要は一切ない」

「リエラや他の奴らがいるからですか?」

「さあ、どうだろうね。それもまた彼ら次第というところかな」


 リエラのように他のデザインコレクションとコンタクトを取っている可能性は大いにある。もし、それぞれと再会することになればそこは戦場であることは間違いない。


「では、俺はもう行きます」


 ミロは様々な葛藤を抱えながらゼラに背を向けて歩き出した。怪我をしているからか将又違う理由か、足取りが重い。


「また、何か分かったら来なさい」


何も分からない。

分かろうとしない。

分かりたくもない。

どれもミロの気持ちを表すには適さない。

戦う為の命か命を守る為の戦いか。


 デザインコレクション最高傑作、人類の最高到達点と呼ばれた男でさえも完全無欠とは程遠い。完璧な人間などはいないのだとミロは自分で思った。

 これからもし、ミロ自身が感情を知り生きている意味を知った時、新しい扉が開くことになる。

 ふと、ミロは歩みを止める。


「あの、スクラベール島って本当に存在するんですか?」

「ないね」


──あぁ、そういうことか。とんだ茶番に付き合わされているものだ。

スクラベールなどという見たことのない概念に踊らされ王国軍として敵対してきた。だが、よく考えれば可笑しな話じゃないか。あそこまでの軍事力を誇るスクラベールが手早く決着をつけずに毎回、王国の都合のいいタイミングで襲撃してくること。敵が最先端の軍機を投入する中、頑なに焦りを見せない王国軍。まるで口裏合わせをしているかのように均衡を保っている。仲良く裏で繋がっていたわけだ……。

いや、違う……、

 スクラベールは王国自体でDr.ゼラは指名手配などされていないんだ。

そう考えれば辻褄が合う。

 しかし、目的は何だ。考えても分からない。何か掴んだと思うと、同時に遠ざかっていく……。不思議な感覚だ。


「そうですか」


 再び重い足取りを進めるミロ。

 次第に小さくなるミロの背中を見ながらゼラは不敵に笑みを浮かべた。

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