六月十二日 恋と革命のインドカリーの日

 カレーといえば中村屋と言っても過言ではない。むしろ、この日には中村屋が深く関わっている。

 時は遡り、大正四年(一九一五年)日本は欧米列強に追いつけ追い越せと躍起になっていた頃。世界の俺様国家、大英帝国イギリスが有頂天になっていた頃。


 カレーの本場インドは目下、大英帝国の植民地であり、圧政に苦しみながら独立運動を展開していた。そんな中、とある独立運動家であるインド人青年が日本に亡命しにやって来たことから日本におけるカレー文化は始まった。


 しかし当時、日本とイギリスは同盟関係にあった——教科書の片隅で駆け足気味に忘れ去られる二十年程度の「日英同盟」である。イギリッさんが睨みを効かせるので、日本は空気を読んでインド人青年の亡命を拒否るしかなかった。

 この時の政府の対応は新聞沙汰になり、同情した中村屋の創業者がこの青年を独断で匿うことにしたという。

 そのお礼だったのかは分からない。青年は親切な日本人夫婦に本場のカレーを振舞った。日本初「インド人によるインド式カリー」がお披露目された瞬間である。当時の日本人にとって、それは衝撃の味だった。


 その後、青年は中村屋の娘さんと相思相愛の恋愛結婚をしている。その間も青年のアングラ生活は、実に第一次世界大戦が終わるまで続けられたという。

 そんな生活を献身的に支え続けた娘さんは、心労が祟ったのか結婚後四年目に他界してしまい、青年はそれを大層嘆いたそうだ。


 この頃には日本に帰化していた青年は、亡き愛妻を想いながら祖国の味を日本で広めるため、本格的に店を構える決意をし、中村屋が全面バックアップを引き受けた。(当時、日本にはイギリス経由でカレーが入って来ていたそうだが、インド人には我慢ならない不味さだったという)


 昭和二年(一九二七年)六月十二日。かくして中村屋による「純印度式カリー」が発売され、好評を博したそうだ。そしてそれは、こんにちにも脈々と受け継がれているというわけである。

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