五月二十六日 第一回ル・マン耐久レース開催日
世界三大耐久レースの一つと言われるフランス、ル・マン市で催されるカーレース。サーキットに詳しくない人でも、「ああ、なんか二十四時間走り続けるとかいうヤバいやつでしょ」くらいのうろ覚え知識は、そこはかとなくお持ちだと思う。
その第一回大会が開かれたのは、大正十二年(一九二三年)五月二十六日のことだ。
「どんな惨事が起ころうと戦い続けるのがスポーツ」という精神のもと、中止されたのは開催国フランスがストライキを起こした一回と、第二次世界大戦時下の混乱期の一時期だけだという。
一周およそ十三キロメートルのコースを二十四時間、延々周回してその回数を競うレースだが、当初は一人一台で走り続けるルールだったそうだ。これで事故を起こすなという方が無理である。
有名なところでは、昭和三十年(一九五五年)の接触事故だろう。運転手、観客合わせて二八〇名を超える死傷者を出した大惨事だった。
当時のサーキット場には、標準的にピットとコースを隔てる壁はなく、また給油や修理のための専用通路も備えていなかったのだから、起こるべくして起こった事故だったと言える。(このレース以外でも、ピットストップの際は命懸けだったことだろう)
この事故があったがゆえに、モータースポーツの在り方、安全性が見直され、こんにちのカーレースがスポーツとして成り立っているわけだ。
そして、この時大破し、多くの死傷者を出すきっかけとなった事故車メルセデス・ベンツ(正直とばっちりを食らって事故った)は、向こう三十年もの間モータースポーツ界から姿を消すこととなった。
昭和六十年(一九八五年)、再びル・マンに戻ってきたメルセデス・ベンツは、初日十八位でレースを終えたが、ブランクが埋められなかったのか二日目にクラッシュし棄権している。
そして、この年、トヨタ(正確にはサテライトである株式会社トムス)が初参戦十二位完走のデビューを飾っている。
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