五月十四日 天然痘の予防接種に成功した日

 天然痘てんねんとうウィルス——それは、人類史上初めて根絶に成功した病原体である。

 紀元前の頃から「不治の病」、「悪魔の病気」と恐れられた伝染病で、感染力が強く、発症すると高熱に加え全身がむのが特徴だ。罹患りかんすると二〇から五〇%の確率で死に至ったと言われている。感染したら、最悪半数が死亡するのだから、とんでもない致死率だ。


 長らく苦しんできた人類だが、十八世紀のイギリスで、とある医師が面白い発見をする。

 天然痘と同じポックスウィルス科である牛痘ぎゅうとうウィルスに罹患すると、(人間の場合は軽症で済むため)天然痘の免疫を獲得できるというのだ。


 目には目を。ウィルスにはウィルスを。

 牛さん、すまんがワクチン作らせてくれ。


 寛政八年(一七九六年)五月十四日、かくして種痘しゅとうと呼ばれるワクチン接種に、世界で初めて成功する。(日本では江戸時代、第十一代将軍徳川家斉の頃である)


 ワクチンが世界に普及し、昭和五十五年(一九八〇年)にWHO(世界保健機構)によって撲滅が宣言された。

 人類にとって天然痘はもはや脅威ではなくなった。めでたし、めでたし——とはいかないもので、二十世紀に入ってからの研究で、実は牛痘と天然痘のウィルス間において免疫交差の作用は無かった……ということが明らかになっている。


 ゲノム解析の結果、種痘の効果は牛痘ではなく、馬痘ばとうウィルス(あるいは限りなくそれに近い種)に由来したそうだ。

 表現はよろしくないが、「たまたま馬痘ウィルスに感染した牛から種痘ワクチンを作ったら、天然痘が撲滅できた」ということだ。


 最後に重ねて強調しておくと、天然痘はである。ある意味、最強運を味方に付けた事例と言えるのかもしれない。

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