第29話 不安

金曜日がやって来た。完全に疲れた。

でも、あのノートを見ずにはいられない。

わたしは何故、こんなにも系列店を掛け持ちしているのか。


しばらく歩いていると、一軒の店が見えてくる。

店の戸には、のれんがかけられており、そこには『おあいそ』とある。

奇妙な寿司屋は、今日も同じ場所に存在していた。

かなえは、店の戸を開けた。


数人の男性客が黙々と回転寿司を食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。

奥では店主らしき人物が寿司を握っている手が見える。

かなえは店内を見回したが、まだ小鯖の姿はなかった。

かなえは、あいているカウンター席に座った。

今日も、回転レーンに乗った寿司が目の前を通過していく。


いつもよりレーンに乗っている鯖の数が多い気がする。

鯖ばかりが回転している。たぶん、気のせいではない。

あの鯖男は、鋤柄さんに裁かれたのか!?


しばらくすると、回転する寿司レーンの中に一冊のノートとボールペンが乗った皿が現れた。

やがてそれは、かなえのもとへと回ってくる。

そこには、『書いたらお戻しください』とあった。

かなえは動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。


わたしはいつも、このノートを疑問符『?』で終わらせている。

でも前回は弁解することに必死で、わたしは鋤柄さんに疑問を投げかけていない。

そもそも、質問できる状態ではなかった。

果たして、狂気の鋤柄さんから続きの“文字”は書かれているのだろうか?

鋤柄さんが消えてないか、不安になった。消えてしまうことが一番怖い。


かなえは、恐る恐るノートを開く。

そこには、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”が書かれていた。

かなえはホッとした。


『わたしも見えないものが鋤ですね。しかし、見えないものは見ようと思えば、いつか見える気がします。』


わたしは愚か者です。

見えないあなたを見つめていたい……

あなたの今の心の中が見たい……

そして、ずっと探している。

いつか見えるって、あなたは絶対姿を現さないじゃないの。

わたしをどこからか、見ているかもしれないくせに。

鋤柄さん、自分だけずるいわよ。


ノートにある“鋤柄直樹(仮)”の“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。


『鋤柄さん、わたしにも見えますか?』


かなえはノートを閉じると、回転するレーンにノートとボールペンを戻した。



今日は、いつまで経っても小鯖が姿を現さない。

わたしは何度も時計を見ている気がする。たぶん、気のせいではない。

来るとめちゃくちゃ鬱陶しいのに、来ないとそれはそれで気になってしまう。

そんな自分にも、なんか腹が立つ。

会いたいわけではない。心配しているのだ。

まさか本当に、鋤柄さんに河原で煮込まれた!?

わたしのせいで煮込まれていたらと思うと震えが止まらない。


かなえが帰ろうとした時だった。

店の戸が開く音がした。


まさか、鋤柄さん!?


かなえは慌てて戸の方を振り返った。

現れたのは、今日は遅めの登場、小鯖だった。

小鯖は、かなえを見つけると当たり前のように隣に座った。


「あれ?かなえさん、僕を待ってた感じですか?」


「まさか。そんなこと、あるわけないじゃないですか!」


「またまたー。おっ、なんか今日、鯖が多いですねぇ?小鯖フェア実施中か?」


「とりあえず、ご無事なようで何よりです。生きていたみたいで」


「へっ?何がですか?」


「わたしは帰ります。これ以上勘違いされるわけにいかないんで」


「そうだ、かなえさん!この前、『ことだま』に行って来たんですよ」


かなえは帰ろうとしたが、足を止めた。


「ラーメン屋だったんですね。『ことだま』って」


こいつ、『ことだま』にも行って来ただと??

またわたしの居場所が荒らされたではないか!!

こんな鯖に、『ことだま』を知ってるかなんて確認するんじゃなかった。

あっちは“鋤園さん問題”で手一杯なんだよ!!


「ここの系列店みたいですね。回転寿司にラーメンとは幅広い。他にもまだあるのかなぁ?どこか知ってます?」


「そんなの知りませんよ。では、失礼します」


知ってても鯖に教えるわけがない。実際知らないし。

待てよ、他に系列店って本当にあるんだろうか?

もしあるとしたら、その店にも鋤柄さんは通ってる?

もしそのお店にもノートがあったとしたら、鋤柄さんは他の人ともこんな“文字”のやり取りをしてるのか!?

ライバルがいるってこと!?嫌だ!そんなの嫌!!

わたしだってわけあって、今二つのノートを掛け持ちしている。

なら鋤柄さんが、各ノートに沢山いたっておかしくない!!

鋤柄さんは、わたしじゃない相手だったら逢っているのだろうか。

わたしだから、逢ってくれない!?

そんな……。

小鯖の生存確認ができたが、もっと不安な気持ちになった。

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