謎解け!フェル子さん
光田寿
第1話:読者よ欺かれやがれ――体育倉庫の密室
「ただ、あまりにも『謎』のほうに凝りすぎで、トリックのほうはいまひとつ。特に第一の事件、「踊るように倒れて死んだ」男の謎は、無理矢理っぽくていただけませんでした」
カーター・ディクスン『読者よ欺かるるなかれ』Amazonの批判的レビューより
* *
ほうよぇ。あれはいつのことやったやろうなぁ。確か俺がミリアとユリに対抗意識を燃やして、『機動戦士ガンダム』と『男はつらいよ』の共通点を
ちなみにミリアとユリを生み出した
ほんな俺も今年で六十五歳。定年や定年! でもなぁ、俺ほら、中卒やったきによ。中小企業の街、東大阪は東花園の工場でずぅっとネジ造りしよったがな。アレは何年くらいやったやろなぁ。
いやいや、ほんなんどうでもええがな。ほれより、俺の苦労話や。高校にも行かんかったからなぁ、やれ低学歴や、頭の悪い老害やの言われてや、ちょっとは微分積分でも習っとった方がええのかなぁ思うて、高校行くことに決めたんや。ネタバレになるけん言わんけど、国内作家Uのあの作品やないでぇ。
まぁ、ほれでせっかくやったら、こんなおっさんでも……おい、ちょぉ待てぇ、読者共よ。おっさんやのぉて、七十間近のジジイやないか言うたな。俺の心はまだまだ若手じゃ! わかったかぁ~ボケぇ!
脱線してしもた。話を元に戻すと、高校に行くことに決めた。定時制やない。昼間やっとる普通校に、ちゃぁんと入試も受けて入るんや。
東大阪は新石切の
ほいてまぁ、受かったわけやがな。ほいたらもうここで、六十九歳になっとった俺はほんま、ようやったのぉ言うくらいのミステリで、ラブコメな、痛々しい遅れてきた青春ちゅぅもんが待っとったわけよ。
ほうよ。あのフェル子とか言う同級生と会ったときからのぉ……。
* *
なんやかや言うても、俺は探偵小説が好きやった。俺が生まれたのは一九四一年三月十六日。昔はなぁ、探偵小説の「探偵」言う文字が規制で使えんで、「推理」やいうとった。
その後にゃぁ、社会派ブームや、新本格ブームや言うのもあったけど、ここでは語るのも面倒くさいやろう。
一九四一年いうたら、山本五十六のハゲたれがアメリカ本土攻撃を開始した年よ。正味、俺が金正日のデブタレ将軍と
ただな、ここだけの話、あのデブタレそろそろ危ないんやないかと俺は睨んじょる。
まぁ、そんな俺も花の高校生やで。青春をエンジョイしたろ思うて、寸車高校入学した日ぃや。あの糞にくっ可愛ったらしい、
ジェェット、ストリィ~ム。
「遅刻遅刻ぅ~」
まるで霧ナントカ巧が書きそうな糞馬鹿げたヒロインが、俺にぶつかってきた瞬間、正味、手を出しかけたね。67になって、バイアグラに頼らんとあかんチ○コやけど、この小動物の肉ビラを濡らしてやろうかとね。それだけイラついとった言うことや。
「うおう! ご、ごめんなさい。なんてことでしょう、入学初日から遅刻しかけかつ、コンクリート塀の角で野郎にぶつかっちまうとは! しかもそれが霧舎学園の
目の前のオナゴ。年齢は十五歳くらいやろか? ほぼ青色に近いショートカットの髪の毛、マンドリルの様に大きい目玉……。
まるで出来損ないの
そのやっさんに対して、俺の中のキー坊が涙を流しながら突っ込んだ。やすし君、
違う、やっさんやないかい! という突っ込みを俺の中のキー坊に、俺が入れたがな。ついでにもう一人のやっさんに会員番号十六番ファンの俺はどうしたらええねんという突っ込みもや。
「な、なんですか。まるで、心の中で往年のやすきよ漫才を繰り広げているそのさまは!」
「おぅ! やすきよ好きで何が悪いんじゃ。こちとら、生粋の関西人。人生幸朗・生恵幸子の時代から漫才見とるんじゃ。あと、おどれ、ぶつかっといてなんやその態度は。俺がやーさん(やくざ)やったら、今頃四股切断されて中国に売られちょるぞ」
「おお、バッカス! 貴方はバカです! なんですか、そのいい様。貴方みたいな人とは二度とお近づきになりたくないですね。ただね、悲しきことかな、この後、作者の展開的に、ベタなラブコメ展開に持っていくようなので、おそらく教室の右端一番後ろ側の席で隣通しになるでしょう。多分その後、密室殺人に巻き込まれると思います。本当にすみません」
「あぁ、ええんよ。正味、年寄り設定されちゅぅ、俺も六十七歳の一人称には読めんと思うとったけん。気にせんでくれや。あと、さっきの四股切断発言や中国発言は色々と問題があったのぉ。すまん」
「いえ、こちらこそ、本当にすみません。私、ヒロインやっているとき以外は梅田の風俗で働いているんですよ。ちょっとその……クラミジア持ちなんですけど……ライトじゃないですよね。逆にヘビーですよね。ごめんなさい。あ、口癖いいますね。おお! バッカス!」
少し悲しい表情をオナゴは魅せた。俺は少し興奮しつつも、「ほいたら、後で」と答えた。
「はい」
かくして、俺たちはこの後、想像を絶する糞馬鹿げた密室殺人に出会うことになる。
* *
その死体は突然俺の目の前に現れたんや。入学式の前に体育倉庫で一発ちょっとヌいとこうと思て、ドアをガラガラーした瞬間やで。鍵がかかっとったんで、チョイチョイと針金で、手元に見せられませんというモザイクをしながら、開けたらやがな。
頭が真っ二つにパッカー割れた男の死体があった。俺は展開早いなー、普通、一呼吸おくやろ。さっきぶつかったオナゴが言うように、教室でちょっとしたいざこざとか、そういうん起こせや。まぁ、俺の下の方も早いけど……なんて想像しつつ入ろうとしたところや。誰が早漏やねん!
案の定、というか、プロットの成り行き上、朝ぶつかったあのオナゴが止めてきたわ。青髪のショートカットがサラリと揺らいどる。
「おお、バッカス! おじいさん、数分ぶりでし! 何ということでしか! いきなり密室殺人でしよ! でも大丈夫、まだ名乗っておりませんでしたが、この名探偵フェル子にお任せくださいでし!」
「おい、フェル子言うたか。お前、朝ぶつかった時、ほんな語尾ちゃうかったやろ。そのキャラ作りやめろや。作者が高校デビュー失敗したの思い出して泣くから」
「入らないで正解でしよ、おじいさん! これは完全なる、えぇ、誰がどう見ても隙が無い密室でしよ!」
密室宣言は成されたが、今はそれどころでは無い。
「だから、ほんま、語尾やめろって。イラッとくるねん。あのなぁ、最近のラノベで、わざとキャラ立てようとして、語尾さえ変えたらええなという風潮にイラっときとるねん。やめろって」
「フフフ、それはどうでしかね。もしかして、おじいさんは私に恋心というものを抱いているので無いでしか? 先ほど鍵を針金で開けたように、ズボンの中に隠されている大きな鍵で、私の下の密室を開けたらどうでしか!」
「ちゃんとしゃべれ。あとおどれの下の方の密室は膜ビリッビリに破れとるやろ」
ドスを効かした声で言うた。
「……すいません。本当……ごめんなさい。なんか、昨日、リアルの方の仕事で、あまり指名をもらえなかったし、妙なお客様ばかりでしたので……。私のオシッコをタッパーに入れて持ち帰ったお客様とか怖くて……ちょっとキャラ作ってみようかなと……はい。すみません」
「いや……こっちこそ、ほんま、なんかすまん……。言い過ぎたわ。膜ビリッビリのくだりとか、やっぱり女性の方に対して、すっごい失礼やと思うしぃ、別に俺は処女がええやとか……この歳やから……そんなのとちゃうから。あと、病気の方はちゃんと治さんとあかんで。産婦人科や性病科を受診した方がええがな。仕事にも支障きたすやろし、HIV感染率が非常に高いのもあるし……。うん、なんかごめん。ただ、あの語尾だけはやめてくれ」
そやで。読者共も気ぃつけんとあかんで。
「はい。じゃぁ、とりあえずつづきをやらせてもらいます」
「おう」
正直、少し涙目になったフェル子はかわえかった。俺はあかんあかんと白髪の多い頭をボリボリかいた。とりあえず密室殺人のほうや。体育館倉庫に彼女と一緒に入った。別に俺も彼女も怪しい行動は何もしとらん。これで早業殺人の可能性は消えた。頭がぱっくり割れている時点でおかしなもんやけど。
「まるで西瓜みたいだじょ。うげげ、気持ち悪いじょぉ~。バッカスバッカス」
ハッスルハッスルみたいに言うな! しかしのぉ、もう語尾については突っ込まなかった。彼女も苦労しとるから。
「おじいさん、この死体おかしいじょ。死因はどうやら……墜落死のようだじょ。しかも背中に二つの傷もあるじょ! 私、こう見えてイギリス政府のために諜報活動をしていた時期もあったので法医学とかそういうのくわしいだじょ!」
「墜落死に背中の傷ぅ~~。密室の中でか?」
何個か作例が思いついた。国内作家Aのあのトリックはどうやろ。
「例えばホニャララを使って、この体育倉庫をホニャホニャした場合はピーーーーやないかな?」
「それは無理だじょ。おじいさん、ミステリの読みすぎだじょ。ブフフ」
いくらキャラ作りと言えども、正味な話、本気でイラッときた。だが、まぁこれで密室自体が凶器やったという点は消えたわけやな。
「警察に連絡せんとなぁ。俺らだけやったら、どうにもでけへん」
「いいえ! おじいさん忘れたじょ? 私は名探偵フェル子! 謎は解けましたよ!」
大きく出たなー。まぁ、大体タイトルの時点で想像はつくけどな。言うとこうか迷ったが黙っておく。こいつの苦労はいつか俺が解放してやりたい。帰りにドンキホーテ寄って帰ろ。あ、ちなみにこれは作者自身がドンキホーテに用があったわけで、別に筋運びには関係無い。手がかりでも無けりゃぁ、伏線でも無いきな。
「それでは、ここで何故、密室の中でこの被害者は墜落死したのか? それを解明するじょ」
「おいここでか!」
「簡単じょ。いくじょ。
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
あ」
ドスンッ!
……と落ちた。
紛れも無く落ちた。
サイドのスクロールバーや! 俺は自分の世界を抜け出して俺たちからして左側、読者からしてみりゃ右側を見た。おっと、左利きの読者は右側に設定しとるがな。
おっ、マウスの真ん中についとる、クリ○リスみたいなグリグリ動かすやつで降りてきた読者もおったがな。スマートフォンの奴は指で……なんちゅぅこっちゃ、読者が画面を下ろすという行為自体が墜落死体を生み出してしもうたとは!
「そうだじょ。これがトリックの正体だじょ。よくよく見ると、場面転換のところで、「* *」の間、ちょっと長かったじょ。読者が早見するためバーッてスクロールしたのがあそこだじょ。背中の二つの傷は「* *」の後だじょ!」
イラっとくる。やっぱりイラっとくるわ。フェル子はドヤ顔で言っているが、本気で一発ぶん殴ってやりたい。
「つ、つまりや、フェル子よ。この事件の犯人は読者やと言いたいわけやな」
「それは違うじょ、おじいさん。読者は操られただけに過ぎないじょ。作者にね。読ますという念力に! でもね、私は大体、読者が犯人と言う小説のほとんどが馬鹿馬鹿しいと思うのですけど、どうですか?」
あ、コイツ、キャラ忘れよったな!
「何が、読者がページをめくるから事件が起こったですか。何が、読者が文字を読むから殺人が起きたですか。こっちはお金を払って本を買っているんですよ? 「小説家になろう!」辺りで、作者が脳味噌の中のウンコを垂れ流しているわけじゃないんですよ」
「お前、ほんま、汚い例えすんなって。今日、晩飯カレー食おうと思うとったねん」
「さて、では私はそろそろ入学式に行きますね。さよならだじょ~。バッカスバッカス」
かくして、俺の六十九歳の青春は語尾がコロコロ変わる謎の糞ムスメと、密室殺人から始まったのである。
<了>
Inspired by Komori Kentarou’s tweet――小森健太郎先生のツイートに愛と尊敬を込めて。
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