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「もうすぐ、小野寺、誕生日なんだ」
その声と同時に伊藤が蹴ったボールが、梅雨で湿った空気を薙ぐ。
「だから、来週の試合、絶対にハットトリック決めてやる」
伊藤が蹴ると、ボールは曲がった軌道を取る。ゴールポストに当たったサッカーボールの白黒に、首を傾げる。曲がることを見越して、ゴールを狙えば良いのだろうか? いや、真っ直ぐ蹴ることができるようになった方が良い。
「友達同士のプレゼント交換禁止だし、試合で勝つ方が、小野寺、きっと喜ぶ」
七月生まれだから、七月にちなんだ名前になった。前に小野寺が女友達に話していた言葉を、伊藤には気付かれないようにそっと思い出す。その時に芽生えた、嬉しさも。
「今度は、真っ直ぐ飛ばす」
伊藤がもう一度蹴ったボールの軌跡を、目で追う。今度は、真っ直ぐゴールに入った。
「やった!」
ガッツポーズを決めた伊藤を横目に、ゴールの中で跳ねるボールを取りに行く。
「あ、俺の誕生日、七月末だから」
今度はトールがボールを蹴る番。しっかりとゴールを見据えたトールの耳に、伊藤のアピールが入ってきた。
「だから、夏休み入ってすぐの試合は、山川がゴールを決めてくれよ」
「うーん」
蹴り方が悪かったらしく、トールが蹴ったボールはころころと転がりながらゴールを目指す。中学生になるまではポジションは固定しない。それが、このサッカークラブの監督の教え方。しかしトールは、どちらかと言えばディフェンスを任されることが多い。そのトールが、フォワードを任されることが多い伊藤のようにゴールを決めることができるだろうか? 少しだけ首を傾げたトールは、しかしすぐに、伊藤を見てこくんと頷いた。伊藤が、誕生日プレゼントに試合での勝利を望むなら、頑張ってみよう。もう一度ゴールと向き合うために、トールは転がったボールを拾いに行った。
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