誕生日三景

風城国子智

1

[サシャ]


 北方には珍しい日差しが揺れる図書館で、真面目に書物を読み解いているサシャに、ふと思いついて尋ねる。


[誕生日、いつ?]


煌星祭きらぼしのまつりの前日」


 覚えやすい日だな。たわいもないトールの質問に小さく微笑んだサシャの答えに、トールの唇からも笑みがこぼれた。


 だが。


「煌星祭の日は神殿使えないから、前日に契りを結んだんだって」


 次に出てきたサシャのさらっとした言葉に、小さく「あっ」と声を上げる。


 トールが『祈祷書』として転生しているこの世界では、誕生日は、この世界の『神』に祈り誓うことで二親のどちらかに子供が宿る『契りを結ぶ』日のこと。サシャと一緒に読んだ法学の本の内容が、頭を過る。すなわち、トールの世界で言う『受胎日』が、サシャの世界で言う『誕生日』。と、すると。中学校で習ったことを思い出しながら、頭の中で指を折る。トールの世界と同じ時間、親の腹の中で子供が育つのなら、サシャの、トールの世界で言う『誕生日』は、……七月下旬? 確認するためにもう一度計算し直してから、トールはサシャに分からないように微笑んだ。


「トールの、誕生日は?」


 そのトールの耳に、あくまで無邪気なサシャの声が響く。


[そ、それは……]


 両親のプライバシーに拘わる、の、で。出かかった言葉をギリギリで飲み込む。先程行った計算の逆をすれば良いだけ。冷静な部分の指示通りに、トールは再び小さく指を折った。


[き、煌星祭の五日前、くらい?]


「あ、じゃあ、近いんだ」


 大きく微笑んだサシャに、何とか頷く。


 そう言えば。不意に、関連した別の疑問が脳裏に浮かぶ。トールがこの世界に転生してきたのは、煌星祭の数日後。サシャと出会ってからまだ一年も経っていない。


[この世界、『誕生日』、祝うのか?]


 サシャの『誕生日』を祝う場面を、トールはまだ見ていない。再び、疑問のままに言葉を紡ぐ。


「子供は、祝うよ」


 身近な家族が、小さなプレゼントをくれる日。亡くなった母のことを思い出したのか、サシャの声が少し小さくなる。


「僕は、もう、大人、だか、ら」


[今度の誕生日、一緒に祝おうな]


 強がりを見せたサシャの言葉を隠すように、殊更大きく、『本』の表紙に文字を揺らす。


[俺の世界だと、結構大きくなっても、家族でお祝いしてたし]


 誕生日の度に父が作ってくれたケーキは、市販のものより甘さ控えめで、トールは美味しいと思っていた。優しい思い出をそっと、心に隠す。小学校も中学校も高校も、友達同士で誕生日を祝うことは校則で禁止されていたので、誕生日の思い出は、父のケーキと、母がネットで注文してくれた本のことだけ。でも。


 七月生まれなら、自分と同じ。再び、書物を紐解き始めたサシャの横顔に、友人達の顔が重なる。小野寺おのでらも、伊藤いとうも、……トールと同じ七月生まれ、だった。

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