36話、薄汚れた赤色
薄汚れの赤毛、ドレッドと私、セレーネは意気投合した。
セレーネはドレッドから生きる術を色々教えて貰いながら、町を歩き回った。
「だからさ、泥水を啜ってでも生き残ってやるんだよ! 」
そう言ってドレッドは服の裾を捲って見せた。
そこには酷い火傷の跡があった。
ぐちゃぐちゃで、グログロだった。
奴隷だった頃に脱走がバレて、焼きごてで焼かれたらしい。
「でも、そんなに大変な目にあってでも脱走して、何がしたいんですの? 落ちてないメロンパン食べるとか? 」
「セレーネ、それは贅沢ってモンだ。生きるって最低限の余裕すら脅かされたなら、生きて何をしたいとか考える……それこそそんな余裕は残ってない。」
苦しそうに奥歯を噛み締めてドレッドが言葉を紡ぐ。
が、数泊置いて彼女の強張りは緩んだ。
そしてこんな事を言う。
「でもそうだな……余裕が出来たならコーヒーってのを飲んでみたいな。」
「コーヒー? 苦かったですわよ。」とセレーネが言いかける前にドレッドの言葉が続いた。
「何でもそのコーヒーってのは苦いんだけどよ、金持ちが好き好んで飲んでやがるらしいんだ! 」
心底楽しそうに語る彼女の言葉に、セレーネは口を挟むのも惜しいと耳を傾ける。
「苦いものをわざわざ飲む……それこそ最高最強に余裕って気がしないか? 」
「それは……そうですわね! 」
セレーネは圧倒された。
ぶんぶんと激しく頷く。
目をギラつく輝かせて語られたドレッドの夢に、納得しかなかった。
「だろ? だろ? 」
ドレッドとセレーネは肩を組んで歩いた。
二人とも分かり合えてる気がした。
いつの間にか傾いた日が町を染めていた。
夕焼けは嫌いだ。
子供の頃、夕暮れ時になると遊びを切り上げて家に帰らなければいけなかったからだ。
「……でも、帰る家はもうないんですわよね。」
「ああ、そうだな。」
少女と二人、セレーネは今晩の寝床を探していた。
———そんな時だった。
「いたぞっ! 」
男の声。
道の向こうから聞こえたソレは、明らかにこちらへ向いていた。
「逃げるぞっ! 」
「ですわねっ! 」
咄嗟にドレッドに手を引かれて路地に入る。
右左右右……
蛇が這いずる様にくねくねと路地を駆け抜ける。
角を曲がる度に逃げ切れる可能性が増す。
ドレッドが教えてくれた生きる術の一つだった。
「ドレッド……」
走りながら声をかける。
「何だよこんな時に」
「申し訳ありませんわ……あの追手、多分私狙いなんですの。」
セレーネが俯いてそんな事を言うと、ドレッドはセレーネの腕を強く引いた。
「いや、アタシ狙いかもしれない。顔は見えなかったんだから分からないだろ? 」
「でも、よくよく考えれば私が昨日お屋敷を抜け出したせいで———」
今にも泣き出しそうな震えた声を上げたセレーネにドレッドは……
「お前のせいじゃないよ」
背伸びをして頭を撫でた。
「でもっ……でもっ……」
「セレーネ、敵は誰だ? 」
ドレッドは優しく問いかける。
まるで泣いている子供をあやす様に、やさしく。
「おっ、追手……? 」
「そうだ、だからアタシ達が怒るのは追手に対してで、セレーネに対してじゃねーよな? 」
そう言うとドレッドはセレーネの涙を拭った。
「うう……そろそろ背伸びも辛え。とっとと行くぞ。」
あまり年下の女の子にみっともない所を見せられない。
「そ、そうですわね! 」
そして二人は再び走り出した。
「よしっ、もうすぐこの町の裏出口だ! 脱出したら農道を突っ切って距離を稼ぐぞ! 」
「了解ですわ! 」
二人は決して離れないように手を固く繋いで、走り、そして遂に町の出口に———
「おっ、来やがったか。」
そこには冒険者風の男が立っていた。
待ち伏せられていたのだ。
「へへっ、大通りじゃなく町に詳しいモンしかしらねぇ裏口を張ってて正解だったぜ……報奨金は俺のモンだぁ! 」
「待ちな! 」
道の向こうから新しい声。
小太りの男が現れた!
「報酬をいただくのは俺だぜぇ! 」
くっ、2方向を閉じられましたわ……
こうなったら……
「ドレッド、私が囮になりますから、その隙に反対方向に逃げて下さる? 」
ドレッドへ小声で耳打ちする。
「生き残る算段はあるのか? 」
私は、無言で頷く。
それを合図にドレッドが後ろへ走り出す。
それを見たセレーネは冒険者風の男の方に突っ込んだ。
「おっ、鴨がネギ背負ってやって来らぁ! 」
「これでも食いやがれですわ! 」
セレーネは鞄にしまっていたバナナの皮を男の足元に投げ付けた。
「うおっ! 滑るっ! 」
バナナの皮で悪者を滑って転ばす。
セレーネが好きだった冒険物語に出てきた作戦だった。
よし、これで裏口が空いた。
振り返ってドレッドに知らせないと……
!?
まだ追手が来ていない方へ逃げたドレッド。
だが、どこに潜んでいたのか、細身の男に足を掴まれていた。
「ドレッドっ! 」
細身の男はドレッドの首にナイフを突き付け、口の端を歪めている。
「見てたぜお前ら。セレーネちゃん? だっけ? 命貼ってこのガキ逃そうとしてたよな? 素直に俺に捕まってくれりゃあこのガキだけは逃がしてやるよ。だが、そうしないなら? 分かるよな? 」
……
私があっちに逃げろなんて言わなければドレッドは……
「わ、分かり———」
「セレーネっ! 」
捕まったドレッドが叫んだ。
「セレーネ、コーヒーの事を話した時、頷いてくれて嬉しかった。」
どこか遠くを見る様な目をするドレッド。
「何で今そんな話をするんですの? 私ならいいですからっ……」
「セレーネっ、お前がコーヒーを飲めっ! 」
ドレッドは頭を振ると、細身の男が突き付けていたナイフに首を突っ込み、血の花を咲かせた。
ドレッド……
「ドレッドおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 」
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