21話 肉体美領域のバトル


 いや、別に平気だった。


 人間の耳の奥には平衡感覚を司る器官があるとか無いとか格闘マンガで読んだ気がするが、平気。




 何故かと問われれば想像もつく。




 今の俺は、魔王の残骸として異世界転生した俺は正確には人間じゃないみたいなのだ。


 形だけ似せたハリボテなのだ。




 だから人体の平行感覚うんたらの器官なんてありゃしないのだった。ラッキー!




 俺が倒れて見せると、ピスティがやったぜ! ってなってる、こういう時はやられたフリして隙を作るに限る。




 「ぐっ、立てない〜」




 あまりにも棒読みな声が出た。大根役者が過ぎるぞ、俺……




 これにはピスティも顔を顰める。


 どうやら逆に警戒されてしまった様だ。




 やっちまった……と、シュレイドは頭を振った。すると……




 ゴチン!


 俺の後頭部と俺に絞め技をかけているピスティの額がぶつかった。




 額のダメージにピスティが頭を後ずらせる。




 俺はその隙に全身を蛇のようにクネらせ、ピスティの絞め技から脱出する。




 「しまった! 」




 「へっ、ざまぁみやがれ。こっからが俺の逆転タイムだ! 」




 くっ、とピスティが両腕をクロスさせてガードの姿勢を取る。




 「構うもんか、ガードの上から削り切るのは『シュレイド』の得意戦法だ! 」




 転生前にやってた格ゲーのシュレイド、その必殺技の連続切りは非常に高火力で、相手がまともにガードしていても完全に当て切れば、ガードを貫通するダメージだけで勝ちを拾える事も少なくなかった。




 これからやろうとしている作戦は、加工魔法でメリケンサックを作ってピスティのガード上から殴ってガードし切れないダメージを与えるって手だ。




 格ゲーの経験が俺の中に確かに息づいているのを感じた。








 「うおおおおおおおおおおおお! 」




 硬い、なんて硬い腕なんだ。




 僅か数ラッシュにしてシュレイドのメリケンサックはボロボロになっていた。




 「ふふふ、そんな金属に頼るからいけないのですよ。この世で最も強固なもの———筋肉がそんなものに遅れを取る筈が無いでしょう。」




 当然のように言い放つピスティ。




 俺のプリーストのイメージが悉く崩れていく。


 そしてメリケンサックももう粉々だった。




 「ラッシュの手が緩みましたわねぇ! 」


 「しまっ———」




 鋭い右ストレートがシュレイドの顔面に突き刺さる。




 「バフ持って殴る。それがプリーストです。」




 ピスティはバキリバキリと拳を鳴らした。




 殴られて理解する。


 ピスティの拳は俺の防御魔法を乗り越えてちょっと痛い。




 鼻血が出た。


 ピスティの自己強化の魔法の能力は俺の自己強化より精度が低いけど、格闘の技量で遥かに上回られていて、倍の力を持ってても勝負になりそうもない。




 「筋肉か、それもいいかもな。」




 俺が吐き捨てるように言うと、




 「ふふっ、もし貴方が軽い刑で住んだ時は一緒にトレーニングでもいたしましょうか? 」




 ピスティは愉快そうに笑った。




 「えいっ! 」




 かわいい声でえいって言いながら放つには少々強すぎるアッパーが俺の顎に入る。




 頭が揺れて、鼻血が目に入った。








 顔顔鳩尾腋金的顔顔金的……


 見えないけど、今俺の体は壊れたパペットみたいに無様なダンスを踊っているのだろう。




 見たくもないが、目に血が入ってよく見えないので目を凝らす。殺す———




 絹の様に美しい線、血が浅く染み込んだそれは、ピスティの口元からこの戦いをなぞる様に拳まで伸び、そしてその先、俺の頭に入った。






 「見えた———」






 殴られた過ぎて言えてないかもしれない呟きは、意図して出したものじゃない。




 重要なのは"見えた"って事。




 ここから勝つ、ヴォルカニックスピアやゴーズフレアを使わずに。








 「水魔法、ウォーターパニック。」




 ここでの正解を発動する。




 何もないこの勝負の舞台を、水が満たす。満たす。満たす。




 それはやがてというか一瞬で何もないの端までたどり着き———




 「これは———」




 ピスティの攻撃の手が止まった。




 「やめていいのか、俺の魔法は俺にも止められないぜ? 」


 「———っ」




 ピスティは最後の一発と俺を一際強く殴ると、俺から離れた。




 ここはピスティの固有魔法で作られた何もない密室。


 水の広がりで分かったが、広さは学校のプール程だった。




 そして満ちる、密室に水が。




 満タン、息継ぎする隙間も無い。




 「ごぼっ、ガボボっ! 」




 ピスティが溺れている。


 俺は予め加工魔法で作っておいたビニール袋で呼吸しながらピスティをずっと眺めていた。




 チャンスは一度、ピスティがこの固有魔法を解除し、また固有魔法を使うまでの一瞬だけだ。




 この謎空間さえなんとかなれば、周りに気を付けながら強い魔法を適当に当てるだけで勝てるのだ。




 だからこそ、その一瞬を絶対に見逃さない為に、見る、見る。








 ピシ……




 その時が来た。




 "何もない"に亀裂が走り、砕ける。




 一瞬置いてから水が流れ出て、代わりに王都の景色が入り込み、"何もない"は消滅した。








 今だ!


 戻って来たのはさっきの屋上。




 周りに建物が無い隙間を見つけ、そこがピスティの背になる様にして———




 「やっと思う存分魔法が使えるぜ! ヴォルカニックスピアァァァァァァァ!」




 掲げた手から炎槍が放たれる。


 周囲の大気を焦がしながら、それは鋭く、あの脳筋プリーストに突き刺さった。 




 「やったか! 」

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