第2話 Diva angel

突然話かけられたベビーブルーの少女は、ビクゥッっと身体を震わせると、恐る恐る後ろを振り返った。


「わ…、ちょっと道に迷っちゃって…」


そういいながら少女は涙目で話す。

ベビーブルーの少女に近づいてみると姫歌と一緒で小さかった。


「よかったら一緒にいきませんか?私も一人なので…」

「本当ですかっ!!?ありがとうございますっ!!」


少し裏返ったような声で、少女は泣きそうになりながら安堵の表情へと変わっていった。


「はい、えっと…なんとお呼びすれば…?」

「私 鴨跖草 空(つきくさ そら)っていいます!あなたは…?」

「私は…」


姫歌が自分の名前を口にしようとした時、空間がグワン!と歪んだ。

その直後、信号が赤になった交差点の真ん中に、上空から稲妻が走る。

ドォォンという音とともに現れたのは、ケラケラと笑いながら不吉な笑みを浮かべている、魔物だった。

黒い炎のようにユラユラした全身は人型で、全長2mはあろうかという大きさだ。


「ワーハッハッハ!!なんだぁおまえら、こんなところに魔物が~って表情じゃねぇか!いいねぇ滑稽だねぇ!逃げろ逃げろ~、食っちまうぞ~!逃げたところで無駄だがなぁ!ワーハッハッハ!!」


その魔物は楽しそうに言う。

これから始まる朝食の前の余興を楽しんでいるように。


「あ…あ……っ…あれ…!」


空の表情がどんどん青ざめていく。

周りにいた人間は奇声を上げながら、戸惑い、逃げ回っている。

突然の魔物の出現に、二人は建物の影へと身を潜めた。


「どうして…町の中は基本的に安全なはずじゃ…」


空がそう言うのも無理はない。

町の至るところには、国が設置したバリアデバイスで、魔物などの侵略を防いでいる…。

それは毎日、監視され、人の目によっても正常通り動いているかをチェックされている。

それなのにどうして…。


「あ…あっ…あれ!!」


突然空が何かに気づいたように、指をさした。

その先には、くの字にまがり、ビリビリと故障しているバリアデバイスがあった。


「なるほど…それで…」


逆に言うならば、バリアデバイスがなければこうやって人々の生活を脅かす存在が、いともたやすく侵入できる事なのだと改めて理解できる。


「空さん…絶対ここから動かないでください」

「え…えっと…え…???」

「そうでした…、私の名前がまだでした。私の名前は桜川 姫歌(さくらがわ ひめか)です」

「さ…桜川さんどうするんですか…動かないでって、何する気ですか…!危ないですよ!」


不安そうに見つめる空を、姫歌はにこっと余裕の表情で返す。


「そうですね、この先もし見たもので気づいたことがあっても、できれば内緒にしておいてください」

「あの…お願いです…一人にしないで…っ」


どこかへまた行ってしまうだろう雰囲気の姫歌に、空は泣きながら訴えた。

が、姫歌は敵のほうを見ながら真剣な表情で


「あのままあの魔物を放っておいたら、町の中で死人がでます。私はそれを…阻止します。大丈夫です、空さんを守るバリアを張っておきました。敵も気づくことはないでしょう。終わったらちゃんと戻ってきます。一緒に学校行きましょうね!」


そう言うと、姫歌は交差点のほうへ向かって歩き出す。


「あ…桜川さんっ…!!」


その声に空の方を振り替えった姫歌は、静かにと言うようにそっと口に人差し指をあて、微笑んで見せた。

それと同時に、白い霧がどこからともなく現れ、姫歌を包んでいく。

間もなくして現れたのは、白の髪に可憐な衣装に身を包んだ少女。

空にはそれが雰囲気から桜川姫歌なのだろうと悟った。

そして、その姫歌と思われる少女は黒い魔物に近づきながら歌いだす。




ねぇ 聴いて

私の声を この歌を


一人だと思っていた

ずっと みんなとどこか違う

周りになじめず 遠ざけた

どうしたらいいの

私はどうしたら 輪に入れる


そんな時 君に出会った

君は 私の手を引いて言う

おいでよと


世界が 変わったよ

キラキラで 楽しくて

ずっとこの時間が 続きますように




その歌詞を少女が歌い終える頃には、黒い魔物との距離は手を伸ばせば届くほどにまで近づいていた。

その歌を聞いた魔物は身体が硬直しうごけない状態になり、少女を睨んでいる。


「貴様…何者だァ!!」


「私は…皆を救い助ける者、Diva angel(ディーバ エンジェル)」


「Diva angelだとぉ!?」


そのままエンジェルは手を伸ばし、黒い魔物の胸元に触れた。

少し表情を変え、魔物を見透かすような目。

その目に見られた魔物は微動だにすることができないようだ。

それは先程までの優しさや温かさからはかけ離れた冷たい表情だった。


「あなたたちは遊びで殺しすぎます。本来ここは、あなたたちが遊びに来ていい場所じゃない。あなたのいるべきところへお帰りください。大丈夫、私は殺したりしません。その代わり、綺麗になって帰ってください」


【purification‼】


「ウ…ウグアァアァァァ!!」


魔物のもがき苦しむ叫びと同時に、黒い何かが煙のようにはがれていく。

抵抗する様子もなく、そのまま魔物を包んでいた黒い何かは霧が晴れるように消えていった。

中から現れたのはオオカミ男のような姿をした獣で、間もなくしてスッっと何事もなかったようにその場所から姿を消した。

そして、先ほどまでそれを見ていた、エンジェルだと名乗る少女の姿も、いつの間にかその場所にはおらず、交差点には何もなかったように元通りになっている。


「何が…起きたんだ…」


交差点での魔物反応に駆け付けた軍の隊員達が途方にくれている。

もちろん緊急時の時の対応は適切で、マニュアル通りに実行されたことだろう。

そして魔物を排除するのに、これだけ早く解決できたことがあっただろうか。

今までにない速さと、その後に何も残っていない現場に隊員たちはただ驚くしかできなかった。

そして現場を見ながら、中佐が呟く。


「Diva angel…彼女は一体…、何者なんだ」


――――――


学園には春の訪れを告げる桜の花が満開に咲き、初々しい新入生を歓迎するように、さわやかな気持ちのいい風が吹いていた。

先ほど近くの交差点で魔物の襲来があったことで、職員は安全の確保に走り回っている。


「入学式早々から大変そうですね…」


自分達には何事もなかったかのように姫歌が言うと、空は


「桜川さんって何者なんですか…?」


と少し呆れながら問いかけた。


「そう…ですね…。少し家系が特殊で…幼いころから訓練されて育ちました。でもあまり他人に言えない事情があって、今回の事は緊急事態だったので対応したんです。どうして言えないのかは、追々話せたらと思うので、今は内緒にしておいてくださると助かります」

「ふむ…。まぁ私は…先ほど助けていただいた身ですし…、桜川さんがそう言うなら…」

「名前、好きに読んでくれていいですよ。それに、敬語もやめましょうか。もうお友達ですし」

「って言ってる本人が敬語なんですが…それは…!…っぷ、あはは!」


そういいながら二人は笑い合う。

そして新しい上履きに履き替え、体育館へと向かった。


「姫歌は何科なの?」

「私?聖歌教育科だよ。歌は結構得意なんだー。空は?」

「私は技術開発科。科は別々だねー」

「そっかぁ…、なら部活とか何か考えてる?」

「うーん…特に今のところは…、一応いろいろ見て考えようかなっ…わっ」


空が誰かとすれ違いざまにぶつかった。


「わっ…ご…ごめんなさいっ!!」

「あぁ…ごめんごめん、こっちこそよそ見してた」


そこにいたのは二人の男子。

一人は空とぶつかり謝っている、オレンジ色の髪、オレンジ色の目の男子。

話し方からも親しみやすそうな青年である。

もう一人は白髪で赤目の、雰囲気が怖そうな長髪の男子だった。

長い髪をハーフアップにして束ねており、空達を横目で見ているが話さない。


「どっか俺以外にぶつけたり怪我したりしなかった?…ってか新入生??」

「はいっ、今日から学園でお世話になります!」

「ほう!ぶつかったのも何かの縁…、君たち創作部に入らない?」

「創作部…?」

「そうそう、いろいろなものを自分たちの手で作る部活動。なんでもいいんだ、彫刻やイラスト、アクセサリーやゲーム、曲とか作ってるやつもいるかな」

「おぉ…凄そう…」

「部活動の目的はいろいろな創作を体験して、自分の人生の今後のやりたいことをある程度決める、かな。趣味あったほうが人生楽しいからね」


オレンジ髪の男子が説明している横で、真剣に話を聞く空とは別に、姫歌は後ろにいる男子を真剣な眼差しで見つめていた。

その視線に白髪の男子は気づいたようで、一度姫歌に視線をやると直ぐにそらした。


「てつ…そろそろ時間」

「あ?あぁ、そうか…。じゃあ君たち興味あったら第三校舎の3階工芸室まで来てね。じゃね~」


そう言いながらてつと呼ばれた男子と白髪の男子は去っていった。

その後ろ姿を、姫歌はぽかーんとしながら眺めている。


「姫歌…、もしかして…一目ぼれ…!?」

「……はっ!!えっ…あ、違う違う違う!!」


首をブンブン横に振り、少し赤らめながら恥ずかしそうに姫歌が返す。


「違うの…ただ…、私が昔出会った人に…似てる…気がして…」

「ふむ…!その話詳しく~!!」

「やっ…いやっ…まだ小2くらいの時の話だって!!ね!!それより入学式始まっちゃう!!いこ!いこ!!」


スタスタと速足で空の前を歩いていく姫歌。

そしてその後ろ姿を、少し離れた廊下の窓から先程の白髪赤目の男子が足を止めて見ていた。


「…ん?あれ、どうした?お前が足止めて振り返るとか珍しいな…。大抵の人間気にしないのに」

「いや…悪い、気のせいだ。気にしないでくれ」

「ほぉ…、まっ…そういうことにしときますか…」


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