桜が好きな私のトモダチ

みらい

桜が好きな私のトモダチ

 すずこが桜を観に行きたいと言い出した。

「桜なんてそこの校庭に沢山咲いてるよ?」

 考えなしにそう答えると「白樺には風情がない」とバッサリと切られてしまった。

 すずこは毎年この季節、決まった場所に必ず桜を見に行くという。彼女のルーチンなのか、なぜに私がそれに誘われたのか分からないけれど、すずこの数少ない友人に私が該当するから消去法で選ばれたという事だと思う。

「別にいいよ。今年はまだお花見とかしてないし」

「さんきゅ」と桃色の唇を突きだしお礼を言うと、すずこは満足そうに自分の席へと戻っていった。


 すずことは小学6年生から同じクラスで、来月高校2年生になる私たちは、5年連続で同じクラスになっている。6年目も同じクラスになれるかは学校側の裁量だけれど、なぜだろう。漠然とまた同じクラスだろうと思い込んでる私がいる。


 すずこは中学3年生から読者モデルの仕事を始め、JC、JKをメインターゲットにした人気ファッション雑誌によく載っている。

 170センチを越える高身長に細身な体型。よく手入れされた腰まで伸びる濡れ羽色の髪。猫のように丸っとした瞳とふんわりリップ。

 簡潔に言えば美人なのだ。

 そんなすずこは、薄っぺらな紙面から何千何万というティーンエイジャーの支持を得て、今ではSNSのフォロワー数も10万越えと実質有名人になっている。

 しかし、本格的な芸能活動をしていこうなんてさらさら考えていないすずこは、特に深くも考えず私と同じ進学校へ入学してしまい、すると、ほら見たことか、入学初日からミーハーな生徒がすずこの周りに集まってきた。

 しかし、社交性が壊滅的なすずこは、初対面のクラスメイトに思わず「うるせーーーー!」と怒鳴り散らしてしまい、そうなれば誰も寄り付かないどころか、Twitterですずこの悪評をツイートツイート、バズりにバズってバズったけれど、優しい世間様は破天荒という都合の良い称号で彼女の事を救ってくれた。

 そんな幸運な女子高生読者モデルが私の友人。

 金守すずこ。


「桜ね~」

 校庭に咲く桜は曇り空の下、強風でわさわさ揺れていて、もちろん桃色の花びらはヒラヒラではなくバサバサといった様子で宙に舞っていた。今夜は大雨予報だけれど、週末までもつだろうか?

 もしかしたら明日には桜の木は丸裸にされているかもしれない。

 すずこのガッカリした顔を思い浮かべると、鉛のような何かが私の心を重くする。うむ、素直に言えば悲しい。

 どうか神様、週末まではこの桜を散らさないでください。枝にボンドか何かで固定してください。

 私はそう切に願うのだった。



「グッモーーーニン!」

 晴天の空の下、待ち合わせの駅前では見るからに浮かれたすずこが私にむかって大袈裟に手を振っていた。

 駅前の桜の木にはしっかり花びらが残っていて、これなら今日の目的地も大丈夫だろうと安堵する。桜は意外とたくましい。

 視界に映る高すぎるテンションに思わず笑みが零れそうになるけれど、何だかそれも癪だと思う私は、口をつむいでなるべく平静を装いすずこに歩み寄る。すると、彼女の格好に妙な違和感を覚えた。

 ダボいパーカーにキャップを被り、しかも、まさかのノーメイク?私が男だったらあまりの手抜き具合に速攻脈なしと判断するだろう。

 読モをするだけあって、ノーメイクでも外出出来るポテンシャルを持っているけれど、学校や普段遊びに行く時はもっとお洒落じゃん?今日はどうした?と、私の訝しむ表情に気付いすずこは、白い歯を見せニカっと笑った。

「桜を観るときはね、自分を飾りたくないの。素のラフな姿で観たいんだよね。その方が気持ちが楽なの」 

 すずこなりのジンクスなんだろうか?

 6年目になるのに私は意外とこの子の事を知らない。新しいすずこを知れるのは嬉しい反面、少し寂しくもある。

 そんな私の複雑な感情など知るよしもないすずこは「しゅっぱーつ!」と私の手を引き改札へと歩いていく。


 電車に揺られること1時間半。

 1人ならまだしも、2人で他愛もない話をしていればこんな時間はあっという間。お互いが飼っている犬と猫の写真を見せ合いながら、不毛な犬猫論争をしている間に目的地へと到着してしまう。

 電車を降りホームに立つと、遠出をしているという高揚が胸を満たす。

 改札を出て、駅構内の6番出口から外に出ると、春の陽気が私たちを迎え入れてくれた。

 見慣れない風景に辺りを見渡しながら「どこで桜が見れるの?」と小首を傾げると「こっちこっち」とすずこは私の手を握り案内してくれる。


 不思議な町だ。

 木造建築の平屋。大きな煙突のある銭湯。廃船が浮かぶ川に掛けられた赤い橋。駄菓子屋の前ではうまい棒やよっちゃんイカを頬張っている子供達。

 そして、町を囲むように建てられた高層ビルとマンション群。さながらこの町はジオラマのようだ。

 すずこはすれ違うお爺さんに、こんにちはと会釈をする。「知り合い?」と聞いても「違うよー」と笑って答える彼女は、まるでこの町の住人のように思えた。

「いつから此処には来てるの?」

「う~んとね。小学校低学年ぐらい」

 もうかなり昔からだ。

「あたしって小6で転校してきたじゃん?」

「そうだね」

「ここではないんだけど、ここから少し離れた所に住んでたのね。で、春になると桜を見に両親がここに連れてきてくれてたの」

 すずこは転校してからも、春になると桜を見にこの町に訪れていたらしい。それだけ愛着のある町に私を連れてきてくれた事が、口には出さないけれど、嬉しかった。


 5分ほど歩くと神社があり、すずこはお財布に小銭が500円玉しか入ってないからと、その500円玉を放り投げ1分ほどお願いをした。

「お願い長くない?」

「500円分のお願いしなきゃもったいないよ」

「現金なヤツ」

 思わず吹き出してしまうと、すずこも釣られて笑い、知らない町でこの子とアホな会話をしている事が妙に可笑しくて楽しいと思えた。


「ほら、川が見えてきたでしょ?」

 すずこが指を指す方角に視線を向けると、さっき見た川とは違う大きな川が眼前に現れた。

 川沿いの遊歩道には桜の木が植えられ、風に吹かれて優しく揺れる枝からは、はらはらと舞う桜吹雪が幻想的に映った。

 先日の雨のせいで、花を蓄えていない枝もあるけれど、それでも充分に花見を満喫出来るだけの桜が咲いている。

 隣のすずこを見ると、すずこは何か懐かしむ表情をしていて、その顔はとても優しい顔で、私の胸の奥で何かが締め付けられる音がした。

 

 並木道を歩きながら、すずこは舞い散る花びらをキャッチする遊びをしている。私も気付かれないように目の前に飛んできた花びらを素早く掴むと、柔らかい花びらの感触が手のひらに伝わった。

 周りでは老夫婦や外人さん、カップルがスマホで写真を撮っている。

 私もそれに習ってスマホを構えるけれど、画面に映る桜は実際目に映る桜より、う~ん…物足りない? 加工をすればそれっぽく見えるだろうか?とも思ったけれど、そんなのは嘘になると変な意地っ張りが顔を出す。

 すずこはというと、スマホを構えようともせず、桃色の花を歩みを止めずゆっくりじっくりと眺めていた。

「すずこは写真撮らないの?SNSに上げたら相当映えるんじゃない?」

 すずこと出掛けると彼女の仕事柄なのか、よく写真を撮ってはSNSにアップをしている。

 妙に加工技術が高いすずこは、景色や食べ物、動物だったりを実際よりも美しく彩りファンの人たちへと発信している。すると、いいねいいねいいねいいねと5分もすれば何百のいいねがすずこの写真に付けられる。一夜明ければ数万いいねだ。

 だから、すずこが一切スマホに触れない事が不思議に思えた。まず今日の格好からしていつもと違うのだから、桜を前にしたすずこは軽く別人とも言える。

「桜はね写真で撮ったら綺麗じゃなくなるの」

 そう彼女は残念そうに言った。

「桜はこうやって歩きながら、風に揺られてる姿を観るのが一番綺麗なの。足を止めてじっくり観るのもちょっと違うかな。視界を流れてくピンクの景色が好き。本当は写真に残して毎日観てたいけどね。でも、あたしはそれを綺麗とは思えないから」

 記録に残らない刹那的なものに美しさを感じるという事なのだろうか?スマホの画像フォルダを開き、さっき撮った写真を見れば、画面の中の桜はやっぱり今目の前に咲く桜に比べて味気ない。

「そういうわけで、あたしはこうやって毎年大好きな桜を観に来るの」

 だからね、と彼女は付けたし。

「今日は来てくれてありがとう」

 嬉しそうに言葉を紡ぐすずこの柔和な笑顔を直視出来なくて、視線を反らしながら私も「私こそ誘ってくれてありがとう」と小声で返す。

「えへへ」

 しまりのない笑顔ですずこは私の腕にしがみ付くと「まだまだお花見ツアーはこれからだー」と私の腕を引っ張り並木道を歩き出す。


時刻は17時を回った頃、私とすずこは何周も並木道を歩き、その目に桜を焼き付け、やっと満足したといった様子で、今私たちは公園のベンチで缶ジュースを飲んでいる。

「いやーーー観たねーーー!沢山観たねーーー!」

「いや、足パンパンなんですけど」

「沢山歩いたからね!」

 誉めてるわけじゃないのに、すずこは満足気に胸をのけ反らしている。

 まぁ、確かに綺麗な桜を見れて得したという気持ちの方が勝ってはいる。

「来年も白樺は一緒に見に来てくれる?」

 左右の指を絡ませながら、すずこの瞳に走った不安の色。珍しく弱気を見せるもんだから、私も真面目に答えなきゃいけないらしい。

 彼女はこれからも私とあの景色を見たいと言う。何を今さらと、遠慮する仲か?と、これまで誘ってくれなかったのが逆に心外だぞと、言いたい事は山ほどあるけれど、それでも私はこの子が今1番欲してる言葉を口にするべきなのだろう。

「もちろん。来年も誘わなかったらぶっ飛ばす」

「うん。うん!うん!」

 何度も頷くすずこの爛々とした瞳を見つめながら、頭からキャップを取り上げると、わしゃわしゃすずこの頭を撫でまわす。

 もしかしたら来月のクラス分けで違うクラスになる可能性だって0じゃない。でも、これからも腐れ縁は続くのだろうと、そんな風に不確実な確信を持てる喜びが、私とすずこの今1番収まりの良い関係なんだと思う。



「白樺さ、足疲れたならあれやってみなよ!」

 すずこは公園の一角を指差すと、そこには足つぼを刺激する凹凸が敷き詰められた小さなコースがある。「いや、あれは疲れと言うかは健康とかのやつでしょ?」

「白樺は自分が健康って言いきれます~?」

「いや、腐っても10代だし!平気だし!」

 いやいや、あんなの歩けるはずないじゃん。見るからに痛いでしょ。

「すずこはどうなのよ?」

「え?あたしは全然平気だよー」

 そう言うと、靴を脱ぎ平然と凹凸の上を歩き出す。マジかよ?

「モデルですからね!健康面はちゃんと気に掛けてるのですよ!白樺は夜更かし魔神だからね~」

 図星を突かれる。確かに深夜にゲームや動画とか観てるし、ジャンクなフードも大好きだし。

「え?白樺さん、もしかしてビビりですか?」

「はぁ?ちげーし!歩けるし!」

 買い言葉に売り言葉。

 自分の健康を信じ靴を脱ぎ、私は大きく一歩を踏み出せば。


「いったーーーーーー!」


 絶対に口に出してやらないけど、こんなバカみたいな時間を過ごすの、大好きだよ、すずこ。

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桜が好きな私のトモダチ みらい @debukinoko

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