第134話.秘書官は聞く

 


 宴の場が最高潮に盛り上がる頃。

 その騒ぎから抜け出したイザックは、待ち合わせ場所へとひとり向かっていた。


 もともとは一緒に向かう予定だったルキウスは居ない。

 彼のほうは、イザックより一足早く庭園から姿を消していたのだ。

 護衛も連れずに他国で行動するのはいささかどうかと思うものの、アルヴェイン王国とエ・ラグナ公国との友好関係は長い。危険は少ないと判断したのだろう。


(そもそも、そんじょそこらの刺客じゃルキウスに太刀打ちできないしな)


 十数人程度の暗殺者が放たれたところで、ルキウスが窮地に陥ることはまずない。

 それに大事な用事をすっぽかしてでも、ルキウスが向かいたい場所があるのもよく知っているし。


(オレになら任せていいと思ったんだろうし)


 信頼によって預けられたのだから、悪くはない。

 そうしてイザックが向かった先は、侍従長であるナイアグの私室である。

 何回か訪ねたことがあるので、特に迷うこともなく部屋の前に辿り着く。


「いらっしゃいませ、イザックくんー!」


 叩扉するなり、弾むようなナイアグの声に出迎えられた。

 声のイメージ通りの笑顔が、イザックを部屋へと招き入れる。


「お久しぶりです、ナイアグさん」

「本当に。十年ぶりだね、イザックくん!」


 年上のナイアグは、出会った当初からイザックにものすごく友好的だ。


 あれはまだ、ルキウスが魔法大学に入学する直前のこと。

 フィアンマも大公に即位しておらず、公子である彼と、王子であるルキウスに仕える二人はすぐに打ち解けた。……主に個性的な主に仕える上の、苦労話で。


「あ、あのイザックくん。このたびは本当にすみませんというか、なんというか……」


 気がつけばナイアグは沈痛な面持ちをしている。


「なんの話です?」

「シャロン様……じゃなくて、令嬢の保護の件を伏せてたからさ」

「その件なら、おもしろかったのでおきになさらず」


 実際にだいぶおもしろかった。

 フィアンマは、ルイゼがシャロンではないと見抜いた上で傍に置いていた。

 ルキウスとルイゼが再会したとき、二人がどんな反応をするか試そうとしたのだろう。


 あのときのルキウスの動揺っぷりに、内心フィアンマは驚いていたはずだ。


(大公殿下、ルキウスおちょくるの好きだもんなー)


 今までは、フィアンマがどんなちょっかいをかけてもルキウスが動じることはなかった。

 だがルイゼのこととなると話は別だ。ルイゼが関わってしまうと、氷のようと揶揄される男はどこまでも冷静さを欠いてしまう。


(ますますルイゼ嬢は、大公殿下に興味を持たれるかもしれねえけど)


 まぁ、そのあたりはルキウスがなんとかするだろう。

 なんにせよルイゼは無事だったのだ。それはフィアンマのおかげなのだから、別にナイアグが謝る必要はない。


 イザックは陽気に笑うが、ナイアグは恐縮しきっている。


「令嬢にも申し訳ないなと思っててさ。騙すような真似をしちゃったから」

「あの子、ものすっごく心広いから大丈夫だと思いますよ」

「うん、それはちょっと話しただけでも分かる……」


 落ち込みっぱなしのナイアグを見て、話題を替えようとイザックは思い立つ。

 そもそもこの部屋を内密に訪れたのは、ナイアグを励ますためではないのだ。


「それで、お願いしていた件はどうでした?」


 優秀な侍従長も本題を思い出したらしい。

 文机に仕舞っていた分厚い紙の束を取り出す。原本ではなくコピーしたものだろう。見れば紙の束は床にまで何十も置かれている。


「ここ十年間、アルヴェイン王国より輸入された積み荷のリストを洗い直してみたけど、その中に問い合わせてもらった商品――黒い石がついた地味めな首飾りとか、似たような品物はなかったよ」

「……マジですか」

「うん。特に隠し立てする理由もないから」

「いや、十年分の積み荷の内容をこの短時間で再調査してくれたのがすごいなと」


 もともとルキウスが内密に依頼していた件だ。

 知っているのはフィアンマとナイアグだけのはず。フィアンマが細々とした作業を手伝うはずもないので、ナイアグは他の仕事もこなしつつ、全てのリストに目を通してくれたのだ。

 いったいどれほど莫大な時間がかかったのだろうか。


「ルキウス殿下から頼まれたことだから、当然だよー!」


 ナイアグが照れくさそうに頬をかいている。

 その顔を見て、イザックは十年ぶりの勧誘をしてしまう。


「あの、やっぱりこっちの国に来ていただけません?」

「うん。そうしたいのは山々だけど、あの奔放なお人を放っておけないから……」


 なんやかんやフィアンマの人柄を慕っているナイアグなので、公国を離れる気はないようだ。


「そもそも王国だけじゃなくて他国からも、装飾品の類が持ち込まれることはあまりないんだ。だからルキウス殿下の言うような商品が大量に運び込まれていたら、自分の印象にも残っていたと思うんだけど」

「公国では硝子工業や宝石の加工産業が発展してますもんね」


 そうそう、とナイアグが頷く。

 つまり公国で、付加価値のない地味な装飾品を大量に仕入れる理由は乏しいということだ。


 しかも宮殿での儀式や儀礼の類はほぼナイアグが管理している。

 彼や監督責任者の目をかいくぐって、公国に魔道具を大量に持ち込むことは不可能に近い。


(じゃあ、暗黒魔道具はどこに行ったんだ?)


 セオドリクは馬車で港湾都市に暗黒魔道具を運び込み、航路を使っていた。

 騎士団の調査結果からしても、その点は間違いないだろう。


(たとえば他国を経由して公国に運び込んだ? でもそのほうがリスクが増すよな?)


 魔道具研究所の地下で秘密裏に製造していた魔道具が、何者かに見つかる確率は下げたいはずだ。


「……ナイアグさんだったら、どうします?」

「うん?」

「誰の目からも隠したい物って、どう処理しますか?」


 ナイアグには詳細を話していない。

 暗黒魔道具のことを打ち明けられないので、そうせざるを得なかった。それでも善意で協力してくれている。


「陰謀の内容が分からない以上は、推測は難しいけど……そうだな。じゃあたとえば、フィアンマ様の目線になって考えてみると」


 なぜここでフィアンマが出てくるのだろう?

 不思議に思いつつ、イザックは耳を傾ける。


「海に丸ごと廃棄するとか、どうだろう」

「廃棄?」


 暗黒魔道具を、海に廃棄する?


 思いがけない言葉にイザックは目を丸くする。

 しかしナイアグは悪戯っぽく笑ってみせると。


「それはルキウス殿下とイザックくんが必死になって探すほど、重要か……危険なものなんだろう?」

「…………」

「あの人は性格悪いから、頑張る人の上を行って爆笑するの好きじゃない。だったら常人の考えつかないようなことをするかなって。……いやごめん、これ冗談だから忘れてね」


 苦笑するナイアグだが、イザックはしばらく黙って考え込む。


 研究所の地下で大量の暗黒魔道具が発見されて。

 しかもそれらは十年前から秘密裏に造られており、他国に輸出されていると判明した。


 当然、ルキウスは血眼になりその行き先を探す。

 だがその動きを読んだ上で、セオドリクが動いたとすれば。


(それもあり得るか……?)


 公国に出発する直前に、ロレンツを通してガーゴインから連絡があった。


 その内容を踏まえれば、もしかすると――。


「ナイアグさん、いい線いってるかも」


 きょとんとするナイアグにそれ以上話しかける余裕もなく、イザックは考えを巡らす。

 この件は、さっそくルキウスに話しておきたいところだが……。


(今見つけたとして、絶対キレられるな)


 ようやくルイゼと再会できたばかりなのだ。

 二人が今どこで何をしているか、イザックには分からないけれど、自分がお邪魔虫であることは間違いない。


(部屋に戻ってきてからでいいか?)


 その瞬間だった。


「おいナイアグ!!」

「どわーっ!?」


 ナイアグが大声を上げて飛び退る。

 というのも唐突にドアを破ったのはフィアンマだった。


「ちょ、ちょっと! ノックくらいしてくださいよ!」

「お、ちょうどいい。秘書官も居るな」

「聞いてます!?」


 一気に冷静さを失って喚くナイアグだが、フィアンマは一向に気にしていない。

 だいぶ酒臭い彼は、あれからもずいぶんと飲み続けていたらしい。笑顔を形作るイザックに向けて言い放つ。


「秘書官。お前からもルキウスに伝えておいてくれるか?」

「何をですか?」


 燃え盛る炎のように金色の瞳を輝かせ、フィアンマは宣言する。



「明日、ルキウスと決闘をする!」



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