第129話.楽しい見学会

 


 エ・ラグナ公国の技術開発局。

 多くの魔法具が発明されるというその場所に、聖地を訪れるような心積もりで踏みだしたルイゼだったが。


「エ・ラグナの魔法具の八割方は、ここで生みだされています」


 局内を歩きながら、隣のナイアグが自慢げに説明してくれる。


(でも、肝心のお部屋の様子がよく見えない……)


 先ほどからぞろぞろと廊下を歩くばかり。

 いくつか部屋はあるものの、どれも締め切られていて中の様子は窺えない。

 ときどきショーケースの中に飾られている魔法具を眺めることはできるものの、なんだか期待していたのとは違う。


 ナイアグは頬を流れる汗をふきふきと拭いている。

 若々しい外見なのに、そういった仕草からも苦労人な雰囲気がにじみ出ている。


「シャロン様、誘っておいてすみません。そのぅ、他国の方に詳細は見せられなくて……」

「ケチだな」

「うっさいですね。そういう決まりなんだからしょうがないでしょ」


 ハイルが茶々を入れると、ナイアグがぼやく。

 しかしそれも当然だろう。アルヴェイン王国の魔道具研究所も部外者の立ち入りは厳しく制限されている。


「ええっと、工場のほうでよろしければ、一部区画は見学できるんですが……」

「ご迷惑でなければ、ぜひ拝見したいです」


 ルイゼが笑顔で答えれば、ナイアグはほっとした様子だった。

 三人は護衛を引き連れながら開発局の渡り廊下から、隣の工場へと移動する。


 工場区画はかなり広く、開発局の三倍ほどはありそうだ。

 二十棟ほどの工場のうち、最も小さな工場へとナイアグに案内される。

 そこで作られているのは――、


「日焼け止めクリームですね」


 ルイゼはきらんと目を光らせる。

 工場の中ではいくつもの役割に分かれ、数十人の作業員が魔法具の生産業務に当たっていた。

 その工程を遠巻きに見やり、クリームの生産をしていると気がついたのだ。


(公国の日焼け止めクリームは、国の財政を立て直した一大事業だった)


 現在でも、数ある魔法具の中で売り上げの多くを占有するのがこのクリームだろう。

 主に貴族女性を中心に売り上げを伸ばし続け、今では各国から注文が殺到する商品。


 一目で見抜いたルイゼに、ナイアグが目を見開く。


「そうなんです。実は、日焼け止めという発想がどこから出たかというとですね――」

「ジャライア族がもともと、黄土で作った赤いクリームを肌に塗って生活していたからですよね。日除けだけではなく魔除けとしての意味合いもあったようですが、その風習が公国全土に広まったと聞いています」


 だがアルヴェインやイスクァイでは、顔を赤く塗るクリームは受けが悪い。

 特権階級の人間の場合、階級を誇示するために日焼けとは無縁の肌を見せつける傾向にあるからだ。

 そのため、公国の人々はクリームを改良した。美肌効果の高まる素材を組み合わせ、他国でも受け入れられるように開発していったのだ。


 邪魔にならないよう気をつけつつ、大きな釜や、精密ろ過の様子、容器への充填などの過程を遠目に見守る。


「ライスウォーター……麦のとぎ汁は公国で昨年発売されたヘアパックにも使われていますね」

「なるほど、配合している植物エキスはアロエとサボテンだったのですね」

「魔物素材は白スライムとクラーケンの足……。そういえば白スライムは水の浸透率が高いとか――」

「――ちょ、ちょっと待ってくださいシャロン様!」


 慌てたナイアグに止められ、ルイゼはようやく我に返って立ち止まる。


「す、すみません。つい夢中になってしまって……」


 研究所でも指摘されるが、一度集中すると他のものが目に入らなくなるのはルイゼの悪い癖だ。

 赤くなりつつ謝罪すると、ナイアグが「いえいえ!」と首を大仰に振る。


「ただ、驚いたんです。我が国の化粧品を喜んでも、シャロン様のように的確に成分を分析される方は今まで居なかったものですから」

「その、よく家で手作りの化粧品を作っていたので……」

「えっ、手作りの化粧品を!」


 ナイアグだけでなく後ろの護衛たちまで顔を見合わせている。


「そんなに難しくはないんですよ」


 この十年間、リーナに比べルイゼが自由に使える金銭は限られていた。

 化粧品やドレス、装飾品は自由に買えるわけではなかった。そこでルイゼは一部の化粧品を、ミアたちにも手伝ってもらい手作りしていたのだ。


 作った化粧品は侍女にも人気で、屋敷内をよく出回っていた。


(その一環で、アロマキャンドルも作るようになったのよね)


 しみじみとしていると、それまで黙っていたハイルがふと問うてくる。


「お前、大学生か?」

「いえ、私は――」


 さすがに魔道具研究所で働いています、とは言えない。


(今の私は、シャロン・カリラン……)


「父が魔道具を蒐集していまして、よく話を聞いていたので」

「その程度でそこまで詳しくなるか?」


 ハイルは半信半疑の様子だったが、ナイアグがぎろりと睨んだからか、それ以上は何も言わなかった。

 途中、ナイアグが用事があって抜けてからも、ハイルと意見を交わしながら工場内を見学して回った。


 ……その結果、五時間も滞在していたルイゼは、ナイアグの悲鳴と共にムシュア宮に戻されたのだった。




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