番外編1.恋をする瞳
日本の誕生石が、63年ぶりに改訂されたそうで。
12月の誕生石に灰簾石(タンザナイト)追加おめでとう記念で、突発的に緩めのお話を書いてみました。
きっとルキウスは12月生まれ、紫水晶(アメジスト)のルイゼは2月生まれで確定!…かも!
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「ルキウス様の好きなところ……ですか?」
ルイゼに聞き返され、彼女の目の前の席に座っていたイザックは「そーそー」と頷いた。
東宮内の食堂である。
王宮敷地内にある王立図書館にてルイゼを見かけ、声をかけたのが小一時間ほど前のこと。
多忙なルイゼだが今日は時間に余裕があるらしく、こうしてお茶に誘い食堂にやって来たのだ。
ソファ席で向かい合った二人の前、テーブルの上にはティーカップとお茶請けのお菓子が並んでいる。
口元に手を当てていたルイゼは、悩ましげに首を傾けた。
「……難しいですね」
「え? そうなの?」
意外、と目を見開いてイザックが問うと、ルイゼは眉を寄せている。
「はい。数え切れないほどありますから、この場で挙げきることは難しいです。タミニール様の休憩時間が終わってしまうかと」
「……っはは! そりゃあ難しいな!」
愉快そうにイザックは笑う。
その理由も、ちょっぴりずれた気遣いも、なんというか非常にルイゼらしい。
歯を見せて笑っていたら、つられたのかルイゼも照れくさそうに微笑んでいた。
「そのため、まずは分かりやすいところから挙げていこうと思います」
(……え!?)
「あ、いやー、それはまたの機会でいいや」
しかし天然令嬢なルイゼがそんなことを言い出したので、次はイザックが狼狽えてしまった。
ルイゼをからかって、その恥ずかしがる様子を楽しもうと思っていただけなので、実際にルキウスの好きなところを一億ほど挙げてほしいと考えていたわけではないのだ。
「いえ、ぜひ聞いてください。そしてタミニール様にも、ルキウス様の好きなところをたくさん教えてほしいです!」
だがルイゼは目を輝かせ、両手を合わせ、そんなことを無邪気に言ってくる。
イザックとしては堪ったものではない。何が楽しくて弟分の良いところを指折り教えなくてはならないのだ。それなりに挙げられる自信はあるが、そういう問題ではない。
「いやいやいや、マジでオレは大丈夫――」
「――なんて、冗談ですよ?」
えっ、とイザックは目を見張る。
見れば、ルイゼは悪戯っぽく口元に微笑みを浮かべていた。
彼女にしては少々行儀悪く、酸味の利いたチーズクッキーをこれ見よがしに口の中に入れてみせる。
いくらか上品な仕草だが、よくそうして放り込むイザックを真似ているらしい。その様子を見て、ようやくイザックは気がついた。
「……成長したな、ルイゼ嬢!?」
「うふふ」
嬉しげにルイゼが笑う。
会うたびからかっていたつもりが、なんと今回はルイゼがイザックをからかっていたらしい。
(そもそも最初から、オレはルイゼ嬢の手の中で弄ばれていた……!?)
挙げきるのは難しい、というのはなんとも
成長するルイゼ嬢ってば恐るべし、とイザックが恐怖やら感動やらを覚えていると。
「ルイゼ」
するとそこに、話題の渦中にあるルキウスが現れた。
今日も今日とて見目麗しい第一王子は、見ていられないほど蕩けた微笑でルイゼを見つめている。
そしてものすごく自然に、ルイゼの隣に腰かけた。
「なんの話をしていたんだ?」
(自然に座った! しかも自然と手を取った!)
「タミニール様に、ルキウス様の好きなところを伺っていたんです」
「ちょっ! ルイゼ嬢!」
が、まだまだルイゼは攻撃の手を緩めるつもりはないらしい。
にこにこと楽しげに暴露されて、イザックはちょっと本気で慌てた。
「ほう。それは俺も気になるな」
「お前も気になるなよ……ってそんなことより、ルキウスはルイゼ嬢のどんなところが好きなんだ?」
「逃げましたね」という顔でルイゼが睨んでくるが、可愛らしいだけでまったく迫力はない。
ルキウスはといえば、ほんの僅かに首を傾げていた。
「全て好きだが……その質問は、難しいな」
「そっか~」
「数え切れないほどあるから、挙げきれない」
「……そうだろうなぁ~」
そんな会話を聞いたルイゼが、無言のまま真っ赤になっている。
(ごちそうさま!)
イザックはすくっと立ち上がった。
このままではこの天然カップルの気に当てられてしまう。独身男にはなかなか酷だ。
そろそろ退散し、大人しく仕事に戻ろうと思ったのだった。
◇◇◇
(タミニール様には、ああ言ったけれど……)
やたら明るい笑みと共にイザックが早足で去って行ったあと、ルイゼは考えていた。
いつもイザックに何かと遊ばれているので、今日はちょっとした仕返しのつもりだった。
しかし――冷静になって考えると。
(ルキウス様の、好きなところ……)
隣に座る彼の横顔を、見上げてみる。
「ん?」
するとすぐ隣に気がつく彼は、ほんの数秒で気がついてしまう。
目が合うとそれだけで、ルイゼの心臓の鼓動は驚くほど高鳴ってしまう。
(ルキウス様は格好良くて。頭脳明晰な方で。王族としても、魔道具の開発者としても、多くの方から信頼を寄せられていて……)
でも、それだけではなくて。
今も、不思議そうに首を傾げるのはルキウスの癖なのだと思う。
見下ろした先にあるルイゼとちゃんと目が合うよう、首の角度を下向けて、ルイゼの表情を覗き込むように傾けてくれるのだ。
(男の人らしい喉仏とか。触れている手の、骨張った感触だとか。白い肌がすべすべしていることとか。凛々しい眉毛とか。あとあと、ルキウス様の香りも好き。胸いっぱいに、吸い込みたくなるくらい……)
明かり取りの窓から射し込む陽光は、ルキウスの銀髪を透かしている。
さらさらと流れる銀色の髪は、まばゆくて繊細な糸のようで、触れたときの感触を思い出すだけで胸がドキドキする。
それに――。
「……瞳の色」
「瞳?」
呟きを聞き咎めたらしく、ルキウスが瞳をしばたたかせる。
長い睫毛が、彼の頬に影を落としている。瞬きのたびに揺れる影を、ルイゼの目は愛おしい気持ちで追いかけてしまう。
「はい。ルキウス様の瞳って、お美しいですよね」
勢い余ってそう伝えると、ルキウスは首を捻った。
(相手の言動の意味を計りかねるとき、眉間にぎゅっと皺が寄るのも好き)
「自分では、あまり考えたことはないが」
「普段は青紫色に見えますが、角度によって青く見えたり、紫色に透き通ったように見えたりするなって」
言いながら、無意識にルイゼは手を伸ばす。
ルキウスの目を、至近距離からじぃっと見つめる。
それこそ宝石のように麗しい
「……紫色か。それだと、ルイゼの瞳と同じ色だな」
「私よりもルキウス様のは、色味が柔らかくてきれいです」
意気込んで伝えると、ルキウスがくすりと笑う。
(右のほっぺにだけ、えくぼができるのも可愛くて好き)
好きなところだらけで、とてもじゃないが言葉にしきれない。
どうしよう、と思った直後だった。
――唇をかすめるように、感触が触れていた。
一秒にも満たない触れ合いだ。
しかし触れたのは間違いなかった。僅かに残った熱が、それを証明している。
ルイゼは一瞬固まったあと、思わず周囲を見回す。
幸いと言うべきか、ソファ席の近くには人の姿はない。誰にも気づかれてはいなさそうだ。
しかし、ここは東宮の公共の食堂なのだ。
「……ル、ルキウス様。誰かに見られたら……っ」
「だって、君がキスしたいのかと思って」
恥ずかしいことを平気で言われて、ルイゼの頬が熱を帯びる。
照れて逃げ出すと思ったのか、ルキウスの手がルイゼの腰に回された。
宥めるように、愛おしげに触れる。
「嘘だよ。俺がしたかったんだ。今日、会ったときからずっと」
「…………っ」
「……だからもう一度、いい?」
低く掠れた声で囁かれて、ぞくりと背筋が震える。
答える代わりに、ルイゼはルキウスに触れた。
横髪を掻き分けて、柔らかな頬に触れる。目尻の近くを不用意に撫でれば、ルキウスが微笑む。
(今は、)
艶やかにさえ見えるその笑みを、知っているのはきっとルイゼだけなのだろう。
(ちょっとだけ、赤く見える……)
そう伝えてみたら、どんな反応をするだろうか。
試してみたかったのに、言葉は彼の唇に塞がれてしまった。
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