第101話.慌てる第二王子
魔道具祭当日の朝、ルイゼは忙しく動き回っていた。
一律調整課と呼ばれる小さな課に所属するルイゼの役割は、魔道具祭全体の円滑な進行係である。
研究所の一階全体を使って稼働中の、三つある体験型ブースはそれぞれ順調に動いているか。
それに隣に設けられた販売ブースの列の整理と、物品の補充。これは主に『無限の灯台』の販売員が務めていてくれるので、ときどきサポートする程度である。
他にも二階の、『片目の梟』から一時的に預かった古い魔道具の展示スペースの見回り。
研究所の外の屋外テントに設けられた飲食ブースの様子も確認し、休憩スペースでも問題が起きていないかを逐一チェックしていく。
飲食ブースでは研究所の寮で腕を奮う調理人たちと、ルイゼの侍女であるミアが活躍してくれていた。
そして、中でも最も人が集まっているのが、ルキウスの新作魔道具――【空間加湿器】の展示ブースだ。
水と風の魔石を併用しており、空間そのものを加湿することで、肌を保湿するという生活魔道具だ。
まだルイゼが特別補助観察員として研究所に通っていた頃に、所全体で開発に取り組んでいたものである。
ルイゼ自身も少しだけ開発に携わったし、名づけた魔道具でもある。無事に審査も通過したため、こうして魔道具祭にて発表されることと相成った。
王都や近くの街の店に魔道具祭の貼り紙をさせてもらったのだが、そこにもルキウスの名前と、彼の新作魔道具がその場で発表されることもきちんと記されている。
(第一王子であるルキウス様の名を、客寄せに使うような真似は許されないと思ったけれど……)
だがルキウス自身から、いくらでも使っていいと達しがあったのだ。
『君にならどこに名前を書かれても困らない』とまで言われてしまえば、断れるわけもなく……ルイゼは彼の厚意をありがたく受け止めることにした。
というわけでルキウスの名を使った以上、混み合うことが予想されていたので、三階の大きな角部屋を使って展示しているのだが……予想以上に混雑が激しい。
朝から妙齢の女性や貴族の令嬢たちがどっと押し寄せ、その勢いは増していくばかりだ。
販売スペースの混雑ぶりも凄まじい。ルキウスの名前の効果だけでなく、【空間加湿器】が美容を促進する魔道具であったことも大きいだろう。
古今東西、女性は美容法の流行と究極を追い求めているものなのだ――というのを、ルイゼもこの騒ぎで痛感していた。
(ルキウス様は、魔道具祭のために新しい魔道具を造っていると仰っていた……)
しかし今回、彼から申請があったのは【空間加湿器】のみなので、おそらくは開発が間に合わなかったのだ。
ルキウスは多忙な身なのだから致し方のないことである。そう分かってはいるのだが。
(また次の機会に、ぜひ拝見したい……!)
期待のあまりうずうずしてしまうルイゼである。
彼の造り出す魔道具はいつも独創的で、アイデアに満ちているから――早く見たくて仕方がないのだ。
他の所員たちは何人か手伝っているようだが、まだルイゼはどんな魔道具なのかも知らなかったりするし。
そのあともルイゼは、人が一箇所に集まりすぎないように、手の空いた所員と協力して誘導を行いながら、全体の進行をチェックしていく。
そうして慌ただしくしていると。
「……盛況のようだな」
「フレッド殿下!」
護衛騎士に周りを固められて現れたのはフレッドだった。
金髪碧眼の整った容姿をした彼は、それだけでも人目を集めるが、本人はまったく気にしない様子でルイゼに近づいてくる。
「お久しぶりです。お元気でいらっしゃいましたか?」
「ああ、うん。……元気だ」
どこかぎこちなく、後頭部を掻いているフレッド。
そんな彼が、自分の元婚約者だと思うとルイゼは少し不思議な気分になる。
(でも、今のほうが……以前よりずっと気楽というか、話しやすいというか)
昔――婚約者同士だった頃は、お互いに肩に力が入っていて、まともに相手の顔を見てもいなかったような気がする。
そんな風に感じることは、フレッド自身には伝えるつもりはなかったが。
研究所で働き出したことで、ルイゼが王宮に行く機会は減ったので、最近はフレッドと会う回数もかなり減った。
リーナによって従者の多くを失いかけ、一度は王族としての責務を果たせないとまで噂されたフレッドだったが、信用回復のために奔走したおかげで、その一部は無事王宮に戻ってきたそうだ。
現在では以前よりも精力的に公務にも取り組んでいるという。これはイザックから聞いた話だ。
フレッドもルキウスと同じく、魔道具祭に力を貸してくれていた。
そんな彼は数回、所員の激励のために魔道具研究所にも顔を出していたそうだが。
「偶然ですが、一度もお会いできなかったですものね」
「……偶然……」
「?」
首を傾げると、フレッドが慌てた様子で顔を背ける。
「いや。その……僕が言うことでもないと思うが、君は自分が思うより過保護にされているから」
(過保護?)
フレッドがどこか気まずげに、太い眉を眉間に寄せている。
よく意味が分からないながら、「そういえば」とルイゼは頭を下げた。
「馬車の件も、ありがとうございます」
「大したことじゃないさ」
魔道具研究所は少々立地が悪い。
そのため、王都のみならず近隣の街から直通の馬車を配置してほしい、と案を出したのだが、その手続きを請け負ってくれたのがフレッドだったのだ。
そんな彼に何かお礼ができればいいが、王族であるフレッドに何ができるだろうか。
(あ……そうだわ)
「所内に体験型魔道具のブースをご用意しているんです。宜しければ、ご一緒に如何ですか?」
「……!」
魔道具研究所のことを、フレッドにもよく知ってもらうチャンスである。
そう思っての何気ない提案だったが、なぜかフレッドは顔を真っ青にすると。
「ふ、不用意だぞルイゼ!――じゃない、レコット伯爵令嬢。どこで誰が聞いているか分からないんだ」
キョロキョロと周囲を見回しながらフレッドが、早口でそんなことを言う。
ルイゼはへんてこな反応に、きょとんとしてしまった。
(なんだか挙動不審だわ……)
「えっと……ブースを巡るのは難しい、ということでしょうか?」
「まぁ、そうだ。そういうことになるな」
「……そうですか……」
本当はあまり、魔道具祭に興味はないのだろうか。
そのせいで、無意識にルイゼは悲しげな顔をしてしまったらしい。
「そ、そう悲しそうにすることないだろう。というか、そのほうがまずい。僕が殺される」
(殺される……!?)
あまりに物騒な物言いに、ルイゼは息を呑む。
王族であるフレッドを狙う人物が、まさかこの場に潜り込んでいるのだろうか。
「違うっ、そうじゃなくて……! ああもうっ、つまりだな!」
ゴホン! ゴホン! と何度も咳き込んでから。
フレッドは、ぽつりと呟いた。
「――体験型ブースとやら、案内してもらえるか」
固まるルイゼに、ボソボソと続ける。
「その……た、たまーに、ごくまれーにだが、リーナに手紙を書いていてな。彼女にも、魔道具祭がどんなものだったか教えてやりたいから」
(たまに、じゃないのでは?)
しかし、それをこの場で指摘するほどルイゼは鬼ではない。
聞こえないよう小さく笑ったルイゼは、フレッドに頷いた。
「かしこまりました、殿下」
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