第98話.秘書官は歩く2
長机に頬杖をつき、ルキウスはその麗しすぎる
「俺に興味のないシャロンが、ルイゼを相手に俺の婚約者を自称し、わざわざ研究所にまで押しかけてきた。……この事実が公になればどうなると思う?」
「そりゃあ……サイアク婚約の話がなかったことになるんじゃねぇの?」
婚約話が持ち上がっているにも関わらず、自国の王子に付きまとう令嬢というのはかなり聞こえが悪いだろう。
――つまり。
「は? それじゃあ……婚約を白紙に戻すのが狙いってことか?」
政略結婚を嫌ったシャロンが、ルキウスの存在を利用したということか?
肯定を意味して顎を引いたルキウスが、少々首を傾げる。
「だとしても方法が馬鹿っぽいが」
「……だな。すげー馬鹿っぽいな」
公爵令嬢相手に失礼過ぎる相槌だったが、イザックも正直そう思う。
なんというか、シャロンの行動には無駄が多いし確実性がない。
今のところ空振りに終わっているという現実も、それを物語っている。
(オレが思いつくだけでも、もっとシンプルで確実な方法が三つはあるぞ)
たとえシャロンが、彼女が"強い執着を抱く相手"とやらに操を立てたのだとしても――考えなしの言動を繰り返したことによって、ルイゼはどれほど傷つけられたことか。
ルイゼの友人であるイザックとしては、なんとも腹の立つ話だった。
そしてイザックさえ苛立つのだから、目の前の男の抱える怒りは尋常なものではないだろう。
そう思ったのだが、なぜかルキウスの表情は凪のように静かである。
「……ルカ?」
「いや……」
珍しく歯切れ悪く、ルキウスが首を振る。
「シャロンの真意については、夜会でも聞くつもりだが」
「ああ。三日後だったな」
魔道具研究所で開かれる魔道具祭――その一日前に開かれる夜会のことだ。
カリラン公爵を通して招待状を受け取ったルキウスだったが、公爵の娘であるシャロンの意志も相応に働いている気がする。
自宅で謹慎し、最近は少し大人しくなってきたようだが。
(にしても……)
「ルカ、急に話を変えて悪いんだがいいか?」
「なんだ」
「暗黒魔法の件だ。……魔道具が持ち込まれた疑いのある国が分かった」
ルキウスの表情が変わる。
――暗黒魔法。
未知の魔道具を用い、人の心を操るその魔法について、水面下でイザックや王都の騎士団は調査を進めている。
現在、最も問題となっているのは十年間で密造された大量の魔道具の行き先である。
というのも、判明している唯一の被害事例でも、魔法省大臣が思いのままに操られてしまったというとんでもない代物だ。
魔道具研究所の地下で製造された魔道具は、馬車によって運ばれていた。
街道のあとは航路を使った形跡があると判明し、なんとかその行き先も絞り出すことに成功したのだ。
広げた地図上のとある国を指し示すと、ルキウスが眉を寄せる。
「エ・ラグナ公国か」
アルヴェイン王国より南にある、四方を海に囲まれた島国――エ・ラグナ公国。
エ・ラグナ公国は、その名の通り王族はなく、貴族を頂点としている国である。
現在の大公は隣国であるアルヴェイン王国に対し友好的で、両国間では同盟が結ばれている。
そんな公国にはとある特徴がある。
というのも、年がら年中暑い国のため、精密な仕掛けを施された魔道具のほとんどが動かないのだ。
そのため魔道具はあまり発展せず、海上・鉱山での魔石や宝石の発掘、それに魔物素材を使ったアイテムの制作によって発展してきたという経歴を持つ国だ。
そのことから王国側の貴族とも交友が多く、国をまたいで婚姻を結ぶ貴族もそれなりに多いのだが。
「…………面倒だな」
渋い顔をするルキウスに、イザックも同意の溜め息を漏らす。
もしもセオドリクの陰謀に、公国の人間が加担していたとなると――間違いなく面倒だ。
しかもその場合、調査のためと大々的に協力を仰ぐのも厳しい。
大公や公子が無関係とも限らないからだ。誰が味方か分からない以上、迂闊な真似は許されない。
「機会があれば近いうちに一度、公国に行ってみるのも悪くないが」
「……え? ルカが行くのか?」
「他の人間に任せるわけにはいかないだろう」
ルキウスが嘆息する。
(まぁ、確かにな)
協力体制にある魔法省に任せるのが妥当だろうが、公国の重鎮たちを相手にしては魔法省がさほど役立つと思えないのも事実だ。
だから第一王子であり、国内外より王太子として認識されているルキウスが直接問題の国に赴くというのは、褒められたことでないにせよ、決してあり得ない手ではないが――。
しかしそこで邪推してしまうのがイザックの悪い癖である。
「まさかルイゼ嬢も連れてくつもりだったり?」
「さすがに、暗黒魔法の調査のために他国まで来てくれとは言いたくない」
それから、思い直したようにぽつりとルキウスが付け加える。
「……だが、改めて旅行に行くのはいいかもしれない」
「え?」
「あの子には、もっと広い世界が似合うから」
びっくりするくらい優しい顔つきだった。
至近距離で目撃してしまったイザックは思わず目を覆った。
独身が喰らうには、ちょっと多幸感が過ぎる。
(愛されてるな、ルイゼ嬢……!)
「庭師についてはどうだ」
「……おう!」
首をブンブンと音が出るほど振り、気を取り直して報告を続ける。
セオドリクが服毒死すると同時に行方知れずとなった、フォル公爵家に仕えていた庭師の男。
その男が暗黒魔法に関係しているのかは微妙なのだが、他の使用人たちによれば仕えて長い庭師だったということなので、他の情報収集ついでに調べていたのだ。
「名前はティモシー。年はおそらく三十代から四十代」
「おそらく?」
「十五年前だかにセオドリクに拾われたらしいが、いつも顔を隠していて身寄りもなかったそうだ。正確な年齢は分からないんだと」
そのあともいくつか、イザックは細かな報告を続けた。
服毒死したセオドリク・フォルの狙いに、果たして迫れているのかどうか――今のところは霧の中を手探りで進んでいるようではあるが。
だが、何かが喉の奥に引っ掛かっているような、嫌な感覚がある。
おそらく、ルキウスも同様の疑念を抱いているはずだ。
イザックはそれを言葉にした。
「……んで。シャロン・カリランの婚約話と、魔道具の行き先」
「…………」
「これ、たぶん無関係じゃないよな?」
シャロンにはエ・ラグナ公国の人間と婚約話が持ち上がっていて。
暗黒魔法を扱うための魔道具が、その公国へと持ち運ばれた形跡がある。
時期から考えても、無関係とは言い難い気がするのだ。
腕組みをしたルキウスが、天井を見上げる。
「今のところ断定はできないが、そうだな。……動くとしたら、魔道具祭だな」
「魔道具祭か」
――そこまでのことを思い返して。
夜道を歩くイザックは頭の後ろを掻く。
そろそろ日付も変わる。いよいよ魔道具祭が幕を開けるのだ。
イザックはもちろんルキウスについていくため、魔道具祭もそれなりに回れる予定である。
研究所には十年以上前のルキウスがしょっちゅう寄りついていたので、イザックにとっても慣れ親しんだ場所だ。
ルイゼが大いにプロデュースしたという今年の魔道具祭。
いったいどんなイベントが催されるのか、イザックもそれなりにワクワクしている。
「ふわあ、眠……」
いよいよ殺せなくなった欠伸に目元を濡らしつつ。
魔道具祭でのルキウスのスケジュールを脳裏に描き出しながら、イザックは王宮へと戻ったのだった。
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