第88話.奔走と活躍

 


「ルイゼちゃーん、【光の洋燈ランプ】の魔術式、書き換え出来たわよ」



 外装作製課の課長・ギダたちと設計図を広げ話し込んでいたルイゼは、その声を聞いてくるりと振り返った。

 振り返った先には、イネス本人ではなく鏡が置かれ――その中には、手を振る彼女の姿が投影されていて。


「すぐに行きます!」


 ギダに一言断ってその場を離れる。

 部屋を隣に移動すれば、イネスやハーバーといった術式刻印課・第三研究室のメンバーのみならず、課長であるフィベルト以外の課の所員……合わせて十一人が、ルイゼのことを迎えてくれた。


 イネスが指し示す、十五もの長机の上に所狭しと並べられた魔道具――という圧巻の光景を前に、ルイゼはぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます、イネスさん、皆さんも。こんなにたくさんお願いしてしまって」

「何言ってんの。ルイゼちゃんに頼まれたんだもの、いくらだって頼まれるわよ!」


 任せなさい! と胸を張るイネスに、「調子良いなぁ」と周囲が明るい笑い声を上げた。


 現在、魔道具研究所は、三週間後に控える魔道具祭の準備に追われていた。


 開けた場所で、なるべく多くの人数で集中して作業に取り掛かりたかったため、現在は全室が空き部屋となっている七階の研究室をすべて借りている状態だった。

 しかし、そのおかげで全室それぞれに、ルキウスの厚意で東宮より借りた【通信鏡】を配置し、情報伝達に要する時間を短縮しながらの連携が取れている。


(【通信鏡】はとても高価だから、研究所にも二つしか置いてないのよね……)


 効率は上がったものの、魔道具祭を取り仕切る立場となったルイゼは休まず動き続け、まさに目が回るほど忙しい状態となったわけだが、そんなことで音を上げるつもりはなかった。


 ちなみに研究所の所員たちには通常業務があるため、それに支障を来さない程度の範囲で魔道具祭の準備をするようにというのが暗黙のルールである。

 アルヴェイン王国全土の魔道具生産を一手に引き受けているのが魔道具研究所なので、それは当たり前の話で……【冷風機】が飛ぶように売れる夏を乗り越え、全体的に魔道具自体の受注は減りつつあるが、それでもゼロというわけではないのだった。


 そして魔道具祭用に、新しく製作が許されたのはたったひとつの魔道具だけだ。

 だが、それでも事足りているのは、この研究所で長い間、保管だけされていた魔道具をである。


 それが可能だった理由は、たったひとつ。

 最初にルイゼとアルフが一律調整課の仕事として行ったのが、大量の魔道具を無造作に詰め込んだ倉庫の掃除だったからだ。


 そのおかげでルイゼは、この研究所に保管されている魔道具の種類と数について、事前にかなり正確に把握することが出来ていた。

 ルイゼが課長会議で具体的な案を提示することが出来たのも、この情報があったからこそだ。


 魔道具を一から組み立てる必要はなかったので、体験型魔道具ブース用の魔道具については、魔術式の一部書き換えと動作確認だけで済んでいる。

 だから外装設計部署、外装加工部署、外装作製部署については、新型の目玉魔道具開発に全力で取り掛かってもらうことが可能となった。


 そのことを踏まえると、ルイゼは思わずにいられなかった。


(もしかしたらエニマ様は、それを見越して……?)


 さすがにそれは、考えすぎなのかもしれなかったが。


「みなさーん。軽食を作ったのでどうぞー」


 そこにガラガラとカートを引きながらミアがやって来る。

 色とりどりの具を挟んだサンドイッチや、湯気を立てるポットを目にした所員たちが歓声を上げた。


 この研究所の寮でも、ルイゼのことを侍女としてサポートし続けてくれているミアだが、あまりに有能故に最近は寮の食堂でも活躍しているのだ。

『食堂の料理長との仁義ある戦いがありまして……』とはミアの言で、本来は部外者である彼女が厨房に立ち入れるようになるには、並々ならぬ苦労があったらしい。


 目が合うと、ミアはにっこりと微笑んでみせた。


(あ……)


 ルイゼは気づいた。にこやかな表情だが、その目がまったく笑っていないことに。


「もちろんルイゼお嬢様も。しっかりとお食事は取ってくださいませ!」

「あっ、ありがとうミア……!」


 接近してきた彼女にサンドイッチを差し出され、ルイゼは慌ててそれを受け取った。

 空いている椅子に座り、お行儀良くもぐもぐと頬張る。


「ああっ、エフィーちゃん! 相変わらず可愛い!」

「みんな! エフィー様がご登場だぞ!」


 白猫のエフィーもミアと一緒にやって来ていたらしい。

 所員たちに囲まれて欠伸を漏らすエフィーは、最近は好き勝手に所内を歩き回っているようで人気が高いようだ。


「フフ……これで魔道具研究所のアイドル三人が揃い踏みですね……」


(な、なんだか変な声が聞こえたような……)


 振り返るとハーバーが、慌てて目線を逸らして口笛を吹いていた。


 不思議に思いつつルイゼは短い食事を終え、再び立ち上がる。

 開きっぱなしの扉を見ると、ちょうどアルフが走り込んできたところだった。


「アルフさん! 【光の洋燈】三百個の術式刻印が完了したので、検査管理部署に回してもらえますか?」

「了解っス! あ、【もふもふ君】も十八体とも稼働中だからチェックよろしく!」

「分かりました!」


 すれ違いざまにアルフと情報を共有しながら今後の動きを確認し合うのも、お互いにかなり慣れてきた。


 一律調整課の課長を務めるエリオットはといえば、現在は魔道具祭で商会を誘致するための段取りを進めてくれている。

 ルイゼも最初の接触時は挨拶に出向いたのだが、『無限の灯台』側はかなり乗り気の様子だった。


(魔道具の話で商会長と意気投合しすぎて、エニマ様には睨まれてしまったけれど……)


 それ以降、ルイゼは商会との話し合いに連れて行ってもらえなくなってしまい密かに反省していたりする。同時にちょっと悲しかった。

 灯台には無限の魔法が眠っている――なんて謳われる商会の長なだけあり、彼はそれはもう博識で、ルイゼの知らない各国の魔道具の特徴なんかについても教えてくれたのである。


(ルキウス様と三人でお話したら、それはもう盛り上がるはずなのに……!)


 ……などと真剣に惜しむルイゼだったが、実際にそれを進言すれば年上のその人が唇をむっと曲げるとは、まるで想像がついていなかったりする。


 うずうず考えながらも、点検表を手に廊下をてくてく歩く【もふもふ君】たちの動作チェックをするルイゼ。

 先日はシャロンが、この四足歩行のぬいぐるみたちに追われて怯えていたが……こうして改めてみると彼らの外見は名前通りにもふもふしていて、かなり可愛らしい。


(でも、小さい子だと怖がるかしら……? もう少し歩行スピードを落とせないかフィベルト室長に相談したほうがいいかも)


 魔術式に歩行スピードについて注釈を加えるのが良いか。

 ただ、【もふもふ君】は基本動作を『歩く』『手を挙げる』『手を差し出す』の三動作に限ったところ、どうにかコストと噛み合って実現できた奇跡の代物だそうなので、時間のない中で魔術式に手を出すのは悪手な気もする。


 何せ、魔道具開発において起点でありながら最も難解なのが魔術式の構築なのだから。


(下手に魔術式を弄るよりは……祭りの間だけに限定するなら、魔石の量を絞るほうが手軽よね)


 サイズが一定以上の魔道具には動力として、内側部分か、あるいは外装に連結された、魔石入れと呼ばれるポケットが設置されている場合が多い。


 例えば【通信鏡】。

 会議室に設置するようなミラー型の物には、必ずこの魔石入れが付属している。


 では【通信鏡】のコンパクト型――持ち歩きのためサイズが小さめの物はどうかと言うと。

 そういった小さめの魔道具の場合は、魔石入れを内部に仕込むのも付属させるのも不可能のため、魔道具の外装自体に砕いた魔石を直接取り込んでいるのである。


 つまり、魔石の取り替えはまったく効かない。

 ミラー型と異なり、コンパクト型の【通信鏡】は魔石が尽きたら寿命を迎える使い捨ての魔道具なのだ。


 高度な技術を用いた魔道具なのもあり、長期間の稼働を可能とするために魔石は最高品質のものを使わざるを得ないので、値段は下がるはずもなく……一般的にはまず手に入らないという事情があるのだった。


(ミラー型はルキウス様が十五歳のときに開発されたけれど、コンパクト型はその五年後にイスクァイ帝国で発表された)


 付け加えるなら、コンパクト型を生み出したのもルキウス張本人と、彼に協力した外装設計が得意な大学生たちだったという。

 魔術式と異なり、魔道具外装については三年間の待機期間を過ぎれば開発者以外でも改良品を考案・発表して良いという国同士の決まりがある。それでもルキウス以外に、あの【通信鏡】の新型を考案できる逸材は居なかったのではないかとルイゼは思っている。


(コンパクト型の【通信鏡】……ルキウス様は贈ってくださる、と仰ってくださったけれど)


 ルイゼとしても長年、解体したいと夢見てきた魔道具のひとつだ。

 欲望を優先し「ぜひ」とその言葉に頷きたいところだったが……個人的な事情により、その有り難い申し出には首を左右に振って。


 その理由を躊躇いがちに答えた直後……あのときのルキウスの返答を、ふと思い出しかけた。


(い、今はそれどころじゃないわ……!)


 ルイゼは慌てて思考を打ち消す。

 ちょっと顔が火照っている気がする。必死に、目の前のウサギ耳を生やした【もふもふ君】に意識を戻そうとした。


(【もふもふ君】も魔石の量を限定すれば、出力が下がるので自ずと速度は制限できるはず……)


 などと心の中で思ったときだった。


 気がつけば廊下の隅に、顔見知りの姿があって――ルイゼはとんとん、と落ち着きなく点検表を叩いていたペンの動きを止めたのだった。


(あれは……エニマ様と、ユニ先輩?)




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