第25話.食堂での談笑

 


「話す場所、ここでもいいか?」


 イザックが立ち止まったのは東宮の食堂だった。

 広々としており、見渡す限りでも五十席ほど席の用意があるようだ。

 今は午後二時という微妙な時間帯だからか、使用している人数は少ないようである。


 イザックに続いて、ルイゼは食堂の奥側にあるソファ席に座る。

 仕切りこそ無いが、他の席とは距離が離れている。

 人目のない環境にならないようにと、未婚であるルイゼに配慮してくれたのだろう。


「ありがとうございます、タミニール様」


 ルイゼが感謝を口にすると、イザックは人なつっこい笑みを浮かべる。


 話をしようという提案に頷いたのには理由があった。



(私は、王族としてのルキウス様を――そして、この十年間のルキウス様のことを知らない)



 ルイゼと接するときのルキウスはいつも優しく、穏やかな青年だ。

 しかしきっと、秘書官という近しい立場の人から見た彼はまたルイゼの視点に映るものとは異なっているのだろう。それを知りたい、とルイゼは思ったのだ。


 それに、


(私も単純に、この方と話がしてみたい……)


 ルキウスと王都に出かけたその日から、密かにルイゼにはずっと気になっていたことがある。

 できれば、それについてもイザックに訊いてみたいと思っていた。こんな機会は二度とあるか分からないのだから。


 注文していたティーセットとアールグレイのクッキーが運ばれてくる。

 ルイゼがカップを口元に傾けると、イザックがのんびりと口を開いた。


「いやぁ、しかしこうしてルイゼ嬢と会う機会が早々に巡ってきて良かったぜ。あ、というかさっきからルイゼ嬢……って勝手に呼んじゃってるんだけど、なれなれしくて不快か?」

「そんな風に呼ばれるのは新鮮なので、構いませんよ」


 ルイゼがにこやかに返事をすると、イザックは「そりゃ良かった」と歯を見せて笑う。

 その姿は、とてもじゃないが高級官吏には見えない。というより……王宮よりも街角で見かける方が自然な気のする気安さだ。


(というより、たぶん)


 ルイゼは薄々と気がついていた。



 ――、イザックはそういう態度を取っているのだと思う。



(私のことを、試しているというか……見定めようとしているというか)


 秘書官といえば、ルキウスにとって腹心の中の腹心と言える立場の人間だ。

 そんな彼が、突然ルキウスの傍に現れたルイゼのことを計ろうとするのはおかしなことではない。


「それでどうする? オレもルイゼ嬢に訊きたいことはいろいろあるが……ルイゼ嬢はなにか話したいことはあるか?」

「ルキウス様とタミニール様のお話を聞きたいです」


 ルイゼは即答した。

 すると目を丸くするイザック。


「ルキウスのじゃなくて、ルキウスとオレの?」

「はい。おふたりの、できれば幼少の頃の話とか」


 イザックが首を捻る。


「……ん? オレがガキの頃からルキウスと知り合いだって言ったっけ?」

「お伺いはしていませんが……タミニール様がルキウス様を呼ぶときの声音に、親愛の情が篭もっているように感じられたので」


(ただの友人――という感じでもなくて。深い絆が感じられる)


 率直にそう答えると、イザックは感心した様子でソファにもたれ掛かる。


「おお、そんな風に聞こえたのか……って人から指摘されると何か恥ずいな」


 どうやら照れているらしい。

 ルイゼはくすりと笑った。イザックの態度が、ルイゼを試すためのものだとしても――そこに嘘偽りは感じられない。

 実際の彼もこんな風に、飄々としていて、つかみ所がなくて……面白い人なのだろうと思う。


「そういえば、何度か王宮の本宮ですれ違ったこともありますよね」

「えっ! 覚えてんの?」

「はい。話しているうちに、徐々に思い出したんですけれど」


 王宮の回廊ですれ違うとき、いつもイザックは忙しそうだった。

 ルキウスの秘書官ということは、主君の居ない間の留守を預かるだけでなく、その代行としての責務が生じるということだ。


 ルイゼには想像することしか出来ないが――その立場は並大抵の努力では務まらないはずだ。


(ルキウス様は、タミニール様のことをとてつもなく信頼しているんだわ)


 イザックのような部下が居なければ、ルキウスは十年間も国を空けることは出来なかったのではないだろうか。


 そんなことを思うルイゼの期待の目線を受けつつ……イザックは話し出した。


「ルイゼ嬢の指摘は当たり。オレとルキウスは乳兄弟でさ。オレの母親がルキウスの乳母だったんだが……」


 それはルイゼにとっては知りようもない――ルイゼと出逢う前の、ルキウスの話から始まった。




「……えっ! 大学の合格通知が出た後に、そんなことが?」

「そうそう。あのときの親子喧嘩っぷりは、もうすごくてさぁ」


 ケラケラとイザックが笑う。


「陛下もルキウスの才能は国内に留まらせるべきじゃない、ってのは認めてたんだけどな。でもルキウスは如何せん、当時はまだ十六のガキだったろ? 他国に渡らせるのは危険じゃないかって、王宮内でも反対意見が多かったんだよ」

「そうだったんですね。王都ではどちらかというと、称賛の声の方が多かったようですが」

「国民にとっちゃ、帝国の大学に自国の王族が通う――なんて、名誉以外の何物でもないもんなぁ」


 うんうん、とイザックが大きく頷く。そう言いながらも、イザック自身がルキウスの功績を最も誇りに思っているようだった。


「最終的には王子としての仕事を放棄しての留学は認められない! って陛下が怒鳴りつけて、ルキウスはその一言にキレて、数日でアレを完成させたんだ」

「え? …………アレってもしかして」

「そう、【通信鏡つうしんきょう】! これさえあれば公務は問題ないでしょう! つって、陛下の反対を退けたんだよ。さすがにこれには陛下も根負けしたんだよなー」



(まさか【通信鏡】に、そんな誕生秘話があったなんて……!)



 世界を繋ぐ偉大なる魔道具が親子喧嘩の末に生まれたものとは思っていなかった。


 その他にも、イザックの話は聞いていて新鮮で面白いことばかりだった。


 小さい頃から研究熱心だったルキウスは、年頃の少年たちで集まって遊ぶより、ひとりで本を読んだり魔法の練習をするのに熱心だったのだそうだ。

 風魔法の練習をしていたら、散歩していた王妃の日傘を飛ばして大騒ぎになったこともあったという。


 抜けているところがあり、顔を洗いながら寝ていたことがある。

 運動神経がとびきり良いので、お茶会を逃げ出して木の上で本を読んでいたこともある。

 意外に食べ物の好き嫌いは多く、生魚は好まない。


 ……などなど。

 次から次へと、ルイゼの知らないルキウスの話が飛び出してくる。



(私の知っているルキウス様とは、ちょっぴり違う……)


 ルイゼにとってのルキウスは、誰よりも優しく凛とした男性だが……イザックの語るルキウスは、少し違う。

 それが少し悔しいような気もするが、それを差し引いてもイザックの話はきいていてとても楽しい。

 イザック自身も、ルキウスとの思い出を口にするときはずっと楽しそうで――たまにわざとらしく悪しげな物言いをするが、結局のところ、ルキウスのことを誰よりも尊敬しているのが伝わってくる。


 そしてイザックの話に笑顔で相づちを打つ間に。

 ……やっぱり、とルイゼは確信を固めつつあった。



(もう、間違いないわ。きっとこの方が!)



「タミニール様。あの、ひとつ確認してもよろしいでしょうか」

「おう。改まってなになに?」


 ルイゼは目を輝かせ、いよいよ気になっていたことをイザックに訊いてみた。



「タミニール様は、幼い頃にルキウス様のことを『ルーくん』と呼んでいましたか!?」



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