第2話 ダイヤモンドより壊れない


帰国すると社内で長年憧れていた女性が結婚していた。


私は強い疎外感と失望と嫉妬心でやや自暴自棄になり折角の土産話も誰にも話す事なく誰も待っていない自宅に戻り一人でやけ酒をくらった。


もしも彼女が結婚してなければ願いは決まってたのに……時を遡らせるのは無理だと老婆が言ってたのを思い出した。


しかし、そこである事に気がついた。


「時を遡らせたいのは無理、って事は……止めるのは可能なのか?」


もしもそんな事が可能なら止まった時の中でできる事は無限にありそうだ。


止まった時の中で憧れの彼女だけじゃない、いろんな有名人やら芸能人にイタズラし放題じゃないか?


そんな素面しらふでは絶対にやらない様な願い事もヤケ酒の勢いで素晴らしいアイデアに思えた。


私は箱を胸の前で強く抱くと「止まった時の中で自分だけ自由に動けますように!」真剣に願った。


しばらくそんな馬鹿げた事をやっていたが流石にバカらしくなってきた時に箱がゴトリと動いた様な気がした。


私はちょっと怖くなって箱を置いた。


なぜか腕に違和感があった。


赤い点が無数にできてる気がするが痛みはない。


ふと目の前の掛け時計をみると秒針が動いていない事に気がついた。


あれ?


もしや成功したのか?


テレビのリモコンがあったので取ろうとしたがまるで、テーブルにくっついた様に動かなかった。


「あれ?」


それにしても、赤い点が気になるが、もしも願い事を叶えた代償だとしたらやすいものだとも思えた。


するとすぐ横に飛んでいる蚊を見つけた。


正確には飛んでいた状態で静止している蚊だ。


「やった!」


心の中で叫んだ。


そして最初にこの蚊を仕留める事を思いついた。


両手で思い切り蚊を打ち据える。


パン!


という音はしない、時間が止まっているのだから。


しかし広げた手はボロボロになっていた。


まるで鋼鉄の蚊でも叩いたかの様に。


そこで、私は遅ればせながら気がついた。


時間が止まった世界では決して他の人にイタズラなどできないという事に。


いや、人だけではない、ありとあらゆるものが時間のお陰で移動出来ているのだから当たり前だ。


時間の止まった世界では全てがダイヤモンドよりも硬い、いや硬いという表現が正確かどうか疑わしいがどんなに柔らかいものでも破壊不可能なものになる。


唯一自由に動ける自分自身を除いて……。


そんな事を考えながらふらふらと立ち上がり、外へ出ようと思ったが扉が閉まってる事に気がついた。


今度時間を止めるときには扉を開けておく事を気に留めなくては……それにしても、全身に出来ている赤い点はなんだ?


何となく違和感がある。


思考が遮断される。


なにかを見落としている気がする。

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