二
彰をDDHの屋敷へ送り届けた時、俺は事の重大さをまだ理解してはいなかった。ただ、顔を真っ青にした【いせ】の様子を疑問に思ったぐらいである。青い顔で一旦帰るように俺に促し【いせ】は俺から彰を受け取り、すぐに奥へとひっこんでしまった。それから自分の部屋にたどり着いた直後の事だった。立派な体格をした大きな【魚】が転がり込むようにして俺の部屋にやって来た。
「どうした!?」
【いせ】の使いであろう【魚】はビチビチと畳の上を独特なリズムで跳ねる。モールス信号になっているようだ。
『フ・ナ・ダ・マ・ア・バ・レ・ル・ イ・ソ・ギ・コ・ラ・レ・タ・シ』
「……どこに?」
俺の声に答えるように【魚】は俺の服の裾をひっぱる。DDHの【魚】だけあって力も強い。【魚】に引っ張られるままにあっという間に着いたのが、つい先ほど彰を届けたDDHの居宅。そしてその前には鬼のような形相の【いせ】がいた。
「彰がお前を呼んでる」
低く重い声音でそう言われ着いてくるように促される。今までにない雰囲気に生唾を飲み込み、【ひゅうが】に続く。【ひゅうが】が止まったのは廊下の先の一番奥の部屋の前、入れと目線のみで伝えられ襖に手をかける。部屋の中には敵意と恐怖を剥き出しにした彰がこちらを睨み付けていた。立ち上がる体力すらないのに、その姿は【フナダマ】よりも手負いの獣だと感ぜられた。彰と目が合った瞬間、背筋に緊張感が走る。
「…………【こんごう】」
彰が俺の名前を呼ぶ。その声はまるで助けてくれと懇願しているようにも聞こえた。彰が俺に這い寄る。先ほどの剥き出しだった敵意は嘘のようになりを潜めている。
「なんだ?」
彰を刺激しないようにできるだけいつも通りに、警戒心を悟られないように声をかける。彰は首だけを持ち上げて、俺を見上げる。
「…………」
「…………」
「……【こんごう】、抱っこしろって事だよ」
「だっこぉ?」
【いせ】が俺に耳打ちをする。二十年以上生きている【フナダマ】の要求とは思えない内容に思わず顔が歪む。
「説明は後でするから、今はとりあえず、な?」
【いせ】が俺の肩を押し込むようにして、下へ座らせる。声は穏やかだが、その目は決して笑ってはいない。さっさと言う通りにしろということだろう。
「しょ、彰?」
名前を呼び恐る恐る手を差し伸べると、彰はすり寄り息を大きく吸い込んで俺の腰に手を回し足の間に収まる。熱い息が俺の腹に当たる。彰は深呼吸を繰り返し俺の足の間で身動ぎをする。そして、少し呼吸が穏やかになった頃に動かなくなった。
「あー……彰、寝ちゃったね」
【いせ】が呑気な声をあげる。
「で、説明してもらおうか」
睨み付けると【いせ】は苦笑いし、口を開いた。
「【こんごう】……お前、彰に依存されたんだ」
彰を俺から引き剥がし布団に転がした後、【いせ】に改めて伝えられたのは地獄の鐘の音だった。彰は【フナダマ】の性質に加えて人に依存して精神を安定させる。その対象が【はるな】から俺に刷り変わってしまったとのことだった。
「俺はこれから四六時中こいつに付きまとわれるのか?」
「そうだね」
「それは、つまるところ、俺に自由はなくなったということか?」
「そうだね」
「いや、俺にも仕事がだな……どうにかならないのか?」
「どうにもならない。彰が決めたことだから。あと忠告したよね、行くなって」
「うっ……ほっとけなかったんだよ」
「自業自得ぅ」
彰の頭上で【いせ】にすがるが、根本的な解決策は見つからず時ばかりがいたずらに過ぎるばかりだ。
「まあ、がんばれ【こんごう】。俺たちもできることは手伝うからな」
【いせ】の呆れ顔がこんなにも憎々しく感じたのは後にも先にもこれっきりだった。
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