魂魄部屋(ガフズルーム)~VR四月莫迦世界大量殺人事件
水原麻以
VRゲーム大量殺人事件
用水路をソーラーパネルで覆うと、発電効率が高まる以上の効果がある:米国での研究結果から明らかになることがわかったので神様にソーラパネル乞いをしてみた。
そしたら山ほどソーラーパネルが降ってきて裏の砂浜に突き刺さった。ついでに制服姿の女の子も落ちて来た。
早朝、悲鳴が聞こえるので行ってみたら、俺と同級生ぐらいの女子がソーラーパネルでボコボコにされていたのだ。
俺は喧嘩はあまり強くない方だ。しかし、女の子が「助けてー」というので、俺は手近なソーラーパネルで不良どもに立ち向かった。案の定、俺はボコボコにされたが女の子をどうにか守り抜いた。「怪我はないか?ぁ▼♀…」
すると彼女は俺の言葉を遮り「トラックの荷台に乗ってください」というのだ。
「竜宮城かよ」
思わずツッコんだ。このVRゲームは精巧でソーラーパネルを強請るような無茶ぶりも効く。特に本日解禁されたアジアサーバーは最新のAIを実装している。だが月額料金を払ってわざわざ浦島太郎をなぞるよりは勝手に遊びたい。
アイテムリストからログインボーナスのコンパクトカーを選ぶ。ぽっと出のこいつはアナログ式だ。ぶつかりそうになる。
俺は「トラックが来る」との警告メッセージを表示するとコンパクトカーに近づいた。
そしてコンパクトカーを止め、少女をトラックに乗せさせた。
「ありがとう。じゃあ、先導してくれ」
そういってトラックの後ろからついていった。
その時、目に見えない何かが俺に向かって振り下ろされた。俺はそれに耐えきれず、コンパクトカーから飛び出した。間一髪だった。大破したが無料アイテムに未練はない。明日も一日では遊びきれないほど貰える。材木から組み立てるログハウスを持て余して退会した人もいるほどだ。
「ありがとう。ぁ…」
そういって彼女の名前を呼ぼうとしても、声が出ない。このゲームはNPCの名前を定期的に呼ばせて二段階認証を行う。
そこで俺は、いったんログアウトして彼女の名前をマニュアルで調べようとした。だがログアウトアイコンがグレーになっている。
どういうことだ。いわゆるVRゲームで転生ってやつか。
それはあり得ない、と誰もが思うだろう。死者の魂がオンラインになる原理が意味不明だ。もしかしたら寝落ちして悪い夢でも見ているのだろうか。自分で自分を殴ったり引っ搔いたりした。痛みは感じる。俺は手の甲を血まみれにした。リストカットならぬフィストカットだ。それでもログアウトできない。何が何でも運営が異変を察知するはずだ。しかし、終了できない。そして彼女は確かに存在していたのだ。このNPCとは何度もクエストを共にしてきた。名前は都度変わるが使いまわしモブにしておくには惜しい愛嬌があった。邪悪な視点から覗こうとすると「貴方は優しい人ですから、冗談ですよねぇ」って良心を呵責させる。そんな子だった。俺はそんな感傷に浸りながら、彼女に話しかけた。
そして、俺は水平線をよぎる電光掲示に気づいた。黒字に赤いLED。ドットが冷酷に告げている。ここは
そういうだったのか。ここにいるこいつらはNPCじゃない。チャットでトラックの女に呼びかけた。本名はアスタリスクで伏字されている。俺はアイコンとアバターを見比べながら「彼女は君の…、彼女の魂、なのか?」と言った。
彼女は「私、本当なら死んでるんだよ。でも、ちょうどその時、私は他の人たちに出会って…」
いつの間にか砂浜は大賑わいだ。
彼女の声に俺は反応した。
そういえば思い出した。運営が四月一日に因んだイベントを用意すると新着情報にあった。これのことか。急いでヘルプを開く。
※
なるほど。しかしこの説明文が真であるとは限らない。ここは
運営は何をさせたいのか。
エイプリルフールネタで自分の訃報を流す手口は悪質ではあるが昔から定番だ。死者プレイで遊びたい内容は限られてくる。不謹慎だがあの世で駆け落ちしようとか異世界転生ごっこのステ振り体験とか思いつく。
だが俺は転生したら何々する系より前者を選んだ。クエストでいつも一緒の彼女と一緒になりたい。
考えが自然と口に出ていた。
「どうやら君は、君の魂を見つけたようね」
「なんだってー!? そうか、それは良かったぜ」
俺は安心した。彼女はまた人間らしい声で話すのだ。AIかどうかぐらい聞き分けはつく。まだまだ音声合成技術は未熟だ。
彼女も魂の声を聴き取ったのか、何かを決意した声だ。
「でもこんなところで死にたくないよ、死にたくはないよー!」
彼女の魂は俺に語りかけてくる。
ログアウトできないのはどういうことだ。
俺はようやく気づいた。
(「君は本当に自殺願望者なんだな…」)
つまり、本心としては恋人なんかいらない。ただ一人で死ぬのは寂しいということだ。
((「君は本気で自殺を望んでいるんだな… じゃあね」))
俺は看取ることにした。彼女がどこに住んでいてどんな状態でログインしているかわからない。服薬していたりガス充填させていても助ける方法がない。
((「「さよなら。魂」))
俺は彼女の魂の声を聴いて、なんだか涙が出てきた。
魂の恋人というが口で言うほど簡単ではない。
これでようやく、俺は本当の恋人・彼女に会えたという気持ちになる。
しかし冷静に考えてみてこんな四月莫迦な話はない。オンラインゲームで自殺や孤独死を捗るなんて犯罪じゃないか。だからおそらく運営はバカなセルフ訃報に教育的指導を与えたかったのだろう。
これは本当によくできたシミュレーションゲームだ。とことん本気にさせてくれる。
「魂を解放する」というイベントをクリアすれば脱出フラグが立つ。
チャットウィンドウから彼女はアバターを操作した。ぷうっと風船のような分身が膨らむ。ブヨブヨした三等身のスライムみたいだ。
(「私はこれからこの魂を解放する。だから貴方も魂を開放してくれないか?」)
俺はうなずいた。今日は四月一日だ。新年度の始まり。
「やっと会えるね」
しかしまたもや冷静な俺の良心が警告する。
魂を解放に失敗してしまったらゲームオーバーじゃないか。肉体はただの抜け殻になる。ゲーム内の事とはいえ、アバターはゾンビになってしまう可能性がある。
「ええ、貴方が死んでも私は貴方を魂を解放しに…」
彼女がPK(プレイヤーキラー。味方の金品を狩る裏切り者)出会ったらなすすべがない。
「いや、俺が解放しよう。君と一緒に同時に」
(「本当? でも、本当に殺そうと思ったりはしないんだよ?私は君をどこまでも信じている」)
魂の声でそんなことを思っていらっしゃるのか。
俺は何だか恥ずかしくなってきた。
(「ありがとう、貴方はこれから私と一緒に旅をするんですか?」)
魂との会話が止まってしまった。
何だ、こいつはどこか胡散臭い。
「旅するという事はどういう事だ?」
すると彼女はキョトンとして「浦島太郎の別ルートをたどるんじゃ?」
ああ、そうだった。すっかり忘れていた。俺はソーラーパネル乞いをした時点で彼女とフラグを立ててしまっている。その伏線を回収する義務がある。
「コンパクトカーぶっ壊れちまったしよ。そのお前の竜宮城?どうすんべ」
すると彼女はブヨブヨした魂を四つん這いにした。
そんなことをされても、どうすべきかさっぱり俺には分からない。
ゼスチャーから察する魂か肉体を乗り物にしてどうこうするらしいのだが。
しかしそれ以前に彼女が本当に俺を殺そうって思ったりしたら…
やっぱり俺は彼女を…。
疑心暗鬼を生ずというが彼女を信じることにした。
「ああ、もういいよ。分かった。魂があなたの体を使って俺を連れて行くで良いんだね」
『魂はプレイヤーの体を使ってどこにでも行くから自由について行っても良いし、コンパクトカー型の魂に乗って行こうと思ってもいい。魂は心がある物だから、どんな形でもいいの。それと、自由になった魂同士は
(「それはどういう理屈なの?」)
彼女は俺の説明を最後まで聞かず、言いたいことだけ言って話を続けた。
「魂にコネクトすれば、ログインしたままの肉体から解放される。オンラインを経由せずにあなたの魂は直接、体へと戻るんだ」
なるほど、つまり回線を迂回して魂のコネクトと称するルートを経由することで自分の肉体の制御を取り戻せるのか。
これはなかなか手の込んだプログラミングだ。というか、ログアウトできないまま転生しました式の思考に凝り固まった奴らには脱出不能のトラップだ。
四の五の言っても始まらない。エイプリルフールは今日一日。限定イベントを楽しもう。
「よし、解放するぞ。せーの」
ガクンと視界が揺れて身体が空気より軽くなった。
俯瞰するとブヨブヨした魂と腑抜けたアバターが回遊している。
まるで竜宮城だ。
肉体と魂が遊離しアクセス権が公開された世界。魂のコネクトだ。
(「私は何でも使って良いの?」)
彼女は首をかしげたが、こっちも首をかたむける。自分で言い出した癖にやはり目の当たりにして怖気づいたか。
俺はまだ魂に繋がれる覚悟も無くて。
そんな俺に対して、ブヨブヨな俺魂はこう言う。
(「さぁ、ログインから抜けて体の中に戻るんだ」)
魂の証言はありがたい。素直に信じれば元には戻れるんだろう。
しかし俺は自分で判断して行動したいと思っている。
(「誰に乗っても良いのよ、でも私はこれを使っていきたいから」)
彼女は優しい声でそう言った。そしてふわりと魂に跨った。
でも、やはり俺には怖い。
本当に魂に繋がれるのか、自分の体を使えるのかは気になるところだ。
それ以前に彼女は身も魂も本物なのか
正直、俺は彼女の魂の声も声だけで判断できるようになっていない。
しかし、彼女は少しだけ俺の方を見て質問した。
(「何を迷っているの?」)
イベントをクリアしないと前に進めない、ということは分かる。
(「今日という日はフェイクであれどうであれ、1日しかないんだぞ」)
そうだ。悔やんでも悩んでも時は刻々と過ぎていく。歳月は非情だ。そして待ってくれない。
俺は俺魂の言葉を信じてみよう。
◇ ◇ ◇
某年四月一日。ホスティングサービスの太陽発電所衛星のソーラーパネルに異常が発生した。スペースデブリの直撃と思しき映像をアマチュア天文家が撮影している。バラバラに壊れた残骸は大気中で燃え尽きた。
だが高高度スペースプレーンや成層圏プラットフォームに影響が出た。マイクロウェーブによる電力供給が絶え、予備のソーラーパネルを展開したところで力尽きた。それらは次々と墜落した。
いっぽう、ログイン中のプレーヤーに人的被害が出た。ログイン中のバイタルサイン測定を担う皮膚接触型センサーに過電流が生じたのだ。
同時に公式ホームページ、SNSアカウントが乗っ取られ
さらにログインしたまま死亡したプレイヤー全員の個人アカウントに「セルフ訃報」が投稿されたのだ。
「嘘だと思ってた」
遺族や友人知人が涙ぐんだ。
これに関しては大規模なハッキングが報告されている。ただ、奇妙な点がある。いわゆるサーバー負荷を狙ったブルートフォースアタックなら無意味なパケットが送り付けられるはずだ。
今回は違った。大量の有意情報が転送されている。量子暗号で多重に秘匿されている。
が、破棄された電文にARHGAP11という塩基配列が混ざっていた。
これは人間の大脳皮質に多く含まれる特有の遺伝子だ。
オカルト系のまとめサイトで陰謀論がささやかれている。何者かがプレーヤーの魂を持って行った、と。
「それって記憶をアップロードする手段が見つかったって好義に解釈できるんでね?」
「不老不死だって?バカも休み休みに言え」
のちにかかる事件を調べた某・
「でもよー。ARHGAP11ってあれだぜ。人間の脳にしわを作る遺伝子だぜ。サルの胎児に移植してみたところ、あり得ない筈のそれが発生したというね」
「それって、お前、人類は玉手箱を開けちまったと言うの?しわつながりでこじつけるの、苦しくね?」
「そうは言ってもな…」
閑人はソーラーパネル乞いイベントに現れたというプレイヤーの名前を明かした。
「ログインネームおとひめってよ」
「うせやろ?」
好事家が仰け反ると天井ELテレビに文字放送が流れていた。「本日、四月莫迦ゲーム死事故より十周忌」
「緊急解析特番。魂魄部屋の意外な犯人像に迫る?」
「人類は玉手箱を受け取ったのか??」
「犠牲者の全データは捧げられた??」
「今夜、緊急解明!」
「嘘か真かは自己責任!」
魂魄部屋(ガフズルーム)~VR四月莫迦世界大量殺人事件 水原麻以 @maimizuhara
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