晴の雪

@udud

第1話

晴の雪


 ある夏の話。僕は恋をした。でも夏には似合わないくらい暗くて冷たい。それでも僕は今も記憶の中に鮮明に残っている。"この場所"に来た今でも。


 「いらっしゃいませ〜」

 自分で言うのも変だが覇気のない声だ。家から近いからってだけでコンビニのバイトなんてしなければよかった。バイト先に同年代の友達もいないし、何より楽しくないしめんどくさい。

 「お弁当温めますか?」

 「お願いします」

 「お箸は何膳おつけしますか?」 

 「1 つで」

 「お会計995円になります。」

どーせ1000円出すだろうと思い、と言うよりほぼ無意識的にお釣りの5円を準備していると、同い年くらいの女性客は、小銭で払い切ることが我が使命かのような表情でズボンのポケットから取り出した緑の長財布を漁り始めた。しばらくその女性客が小銭探しに没頭している間に弁当の温めの方が終わってしまった。980円くらい会計皿に置いた後彼女の手は止まり、すみませんやっぱり1000円からでお願いします。と言った。僕は最初に準備していた5円をとり、お返しが5円になります。とぶっきらぼうにいい、商品を渡した。夜の11時、同い年くらいの、肌が病的に白く少し痩せている女性客は「ありがとうございます」と言って店の外に出た。

顔は、、、タイプだった。


 大学生の夏休みといえばいろんなところに遊びに行って、いろんな人と遊んで、真夏の太陽みたいに熱々の恋愛をする。なんて想像していた。でもせっかく頑張って入った大学の夏休みは家で寝てるか、ゲームしてるか、バイトしてるか。サークル入れといわれるかもしれないが、それはそれで"メンドクサイノダ"。


「いらっしゃいませ〜」

いつもと同じこの覇気のない声が自分の個性だとも思い始めているとその日同じ時間に入っていた御年50歳の元自衛官だと言いはる池田勝良さんに「もっと声張れ」と怒られた。嫌いだ。このおじさんの顔は僕には受け付けられない。たぶん元自衛官も嘘だと勝手に思っている。最近の憂鬱も相まっただろうか、なぜか無性に腹が立ったので次の客が来たらビビらせるくらいでかい声出してやろう。

"ピンポーンピンポーン"

開戦のゴングに聞こえた。

深く息をすって

「いらっしゃいませーーー!!!!」

入ってきた客が異常なほどビクッとしたので、僕は冷静になり池田さんを見た。鬼の形相だ。もしかしたら本当に元自衛官かもしれないとその時は思えた。目を合わせていられずもう一度今入ってきた客を見るとこの前のあの女性客だ。

この前と同じ商品をさっさと商品棚から取ってレジに持ってきた。

「お弁当は温めますか?」

「お願いします」

「お箸は1膳でいいですか?」

「はい」

「お会計995円になります。」

また緑の長財布から小銭を漁る音が聞こえた。

「さっきは大きい声出してすみません。少し魔がさしてしまって。驚きましたよね?」

彼女は漁る手を止め、こっちを見て

「大丈夫です。ちょっと驚きましたけど、元気がある人は素晴らしいと思います。」

と言った。

謝っている立場で申し訳ないが、やっぱり顔がタイプだ。この人の顔には何か特別な魅力を感じる。

結局彼女はその日も1000円を出して店を出た。


夏休みが中盤に差しかかった頃、大学の友達と近所の夏祭りに行くことになった。近くの公園で毎年夏に開かれる小さな夏祭り。最後に花火も打ち上がる。夕方の5時に友達の家に集合し、男4人で夏祭りに行った。男だけでむさ苦しいが何もない夏休みの退屈しのぎにはなるだろう。

ひと通り夏祭りを堪能すると花火までまだ時間があったので肝試しをしようということになった。幽霊など生まれてこの方見たことはないが怖いものは怖い。子供じゃなくても人とはそう言うものだ。肝試しは、夏祭りが開かれている公園から、僕がバイトをしているコンビニの近くの墓地を縦断して1番奥の楠に、さっきみんなで買ったラムネを置いて戻ってくると言うルールだ。しかも1人づつ。じゃんけんで順番を決め僕は最後になった。

3人目が帰ってきたので次は僕の番だ。

「くそ〜なんでこんなことしないといけないんだよぉ」

墓地に入ると愚痴が独り言として出てしまうがそうしないとやってられない。

肩は上がり、背中は曲がり、心臓ははち切れるそうなほど収縮運動を繰り返している。

早く戻りたい。

切実にそう思っていると、例の楠が見えて来た。それが見えて一瞬緊張がほぐれて小走りでそこへむかう。

「さっさとラムネを置いて、公園に...」

視界の端に何か(誰か)を捉え、僕は動きを止めた。こういう時人は、一目散に逃げたいはずだが、その何か(誰か)を目視する行動をなぜか止められない。僕もその例に違わず、怖くて頭がクラクラしているにも関わらず、それを見る行動を止められなかった。

「人?」(同時に幽霊だと無意識的によぎる)

暗くてよく見えず、少し近づくと、

「ヒューーー  バーーン」

夏祭りの花火の音が聞こえた。僕がモタモタしている間に花火が始まってしまったのだ。早く戻ってみんなと花火を見たかったが。しかしその花火の光で何か(誰か)の姿がはっきり見えた。

あの女性だ。995円を小銭で払いたがるあの女性客だ。ある一つの墓の前に正座し、両手を合わせ目を閉じている。

「あ、あの!」

僕は何故だか声をかけてしまった。

彼女も不意に声をかけられて驚いたのだろう、ビクッと肩を上げてやや後ろに倒れながらこちらを見た。無計画に声をかけてしまったのでただ花火の音だけが聞こえる時間が少し続いた。彼女は驚いているから何かこっちから話さないといけないと思い、2.3発の花火の音を聞いた後、声を発した。

「あの、、近くのコンビニでいつも買い物してくれる方ですよね?僕そこのバイトしてるんです。」

彼女はまだキョトンとしている。

「ほ、ほらこの前大きい声でいらっしゃいませー!って言った店員です!」

「あ!あの!」

ピンと来たようだ。

僕は少し安心し、こんな時間に一人でお墓参りですかと聴くと、彼女ははいそうですと少し悲しそうに答えた。

「店員さんこそ何してたんですか?」

僕が肝試しの事情を話すと、彼女はくすくすっと笑った。

「半年前くらいに母が亡くなったんです。」

彼女が唐突に話し出した。

彼女の両親は小さい頃に離婚し母親が女手1つで面倒を見てくれていたという。まだ、母親の死を受け入れきれないからこうしてお墓に来ないと気が休まらないのだと。

「そうだったんですか...」

「すみません、、辛気臭い感じにしちゃいましたね、、私、二之宮といいます。二之宮 晴(はる)。」

「僕は、名雲 陸です。」

花火のフィナーレを一緒に見た雰囲気でちゃっかり連絡先をゲットできたのはラッキーだった。



太陽が僕らをいじめてくる。その年の夏の中で1番暑い日だった。前日に雨も降っていたのでじめじめもしていた。しかし、その日はそんな不快感など感じられないほどの緊張が僕の精神を侵食していた。その日僕は初めて二之宮さんをデートに誘った。洋服もこの日のためにGUで大学生っぽいやつを2時間ほど悩んで買った。服に合わせて靴も新調した。髪もいつもより高いおしゃれな美容室で切ってもらった。戦闘準備よし。待ち合わせ場所でしばらく待っていると彼女の姿が見えた。一気に強まった心臓の鼓動が開戦のゴングだ。


「すみません!お待たせしました!」

彼女は真っ白なワンピースを着ていた。そこに透き通るほどの白い肌も相まって夏なのにまるで雪のようだった。爆裂しそうな心臓の鼓動を感じながら、僕も今来たところです。といい、初デートが始まった。僕が待ち合わせ場所に30分前集合していたのはここだけの話だ。

初デートは、予約していた店の場所を間違え結局40分遅れで入店したことと、その店で緊張しすぎて食器を落としてしまったこと、そして何を話したか全く覚えてないことを除けば大成功だった。ふざけてそう言っているのではない。その日の帰り道僕は勇気を出して告白し、彼女は首を縦に振った。そして彼女は僕を"陸"と呼ぶことになり僕は彼女を"晴"と呼ぶことになった。これを成功と言わずしてなんというだろうか。彼女を見送ったあと空に舞い上がりそうな気持ちになった。しかしその反面、彼女には両親がいない事を思い出し、同時に僕が護らなければとも思った。


僕らはできる限り一緒にいる時間を過ごした。海にも行ったし山にも行ったし遊園地にも行った。どこそこ行きもするし、一緒に家でのんびりもした。とにかく一緒にいたかった。彼女もそう思っている気がする。一緒にいればいるほど彼女のことを好きになり、僕も好かれていると感じることができる。でも同時に彼女は何かとても重要なことを僕に打ち明けず1人で抱え込んでいる様な気がした。その"何か"が知りたかった。それをどう聞き出そうか悩んでいた。


夏休みも終わりに近づいてきた。その日は晴と一緒に彼女の母親のお墓に一緒に行くことになった。お母さんに僕のことを紹介したいと言ってくれた。お墓参りとはいえ晴の母親に会うと思うと少し緊張していた。お墓に着くと晴は慣れた動きでお線香を取り出し火をつけ、香炉に立てた。僕も同じようにし、手を合わせた。

「お母さん、この人が陸だよ」

「はじめまして、陸です。晴さんとお付き合いさせてもらっています。」

綺麗に手入れの行き届いた墓石から晴をよろしくねと言われているような気がした。

墓石とその周りを2人できれいにした後、奥の楠の影で少し休んだ。僕はふと聞いてみた。

「晴のお母さんはどんな人だったの?」

彼女は目をつぶり、しばらくして目を開け、思い出を振り返るように夏の空を見ながら語り出した。

「私、お母さんのこと大好きだったの。いろいろあって離婚してから女手ひとつで育ててくれて、私を幸せにする為に沢山働いて、それでも嫌な顔ひとつせず一緒にいる時は笑って色んなこと話してくれし、私の話も楽しそうに聴いてくれてた。」

「いいお母さんだったんだね」

「うん!自慢のお母さんだよ!」

彼女がお母さんの話をする時は少し悲しそうだが、決まって幸福に満ちた表情をする。本当に大好きだったんだろう。しかし、父親の話はあまり聴いたことがない。離婚した後別々に暮らしていたのだから当然かもしれないが。僕は、もしやその父親に彼女が抱えている"何か"があるのではないかと思い、とても聴きにくかったが聴いてみた。

「お父さんは、、どんな人だったの?」

彼女の表情が一気に曇り、沈黙の時間が続いた。

「ごめんねっ、話したくないこと聴いちゃったね、」

僕はその時間に耐えられなかった。

「、、、いいの。陸には話したい。」

そう彼女は言って父親のことを話しはじめた。

曰く、晴は彼女の両親がまだ結婚をしていない19歳の時に出来た子でそれは望まれて生まれた命ではなかったそうだ。晴が産まれたことをきっかけに両親は結婚したが、晴が物心ついた時からの父の記憶は、母親か晴をアザが何箇所もできるまで殴り続ける姿だけだと言う。それに耐えかね、晴が4歳の頃、母親は晴を守る為に離婚を決断したそうだ。

そして彼女はこう続けた。

「最後に父親に、お前が産まれてきたからこうなったんだ。って言われたのがずっと頭に残ってる。お母さんが仕事を沢山して、死にそうになりながら帰ってきてご飯の準備をよろよろのまましているのをみたりすると、あの時の父親の顔と言葉が頭によぎった。お母さんが亡くなった時も、私のせいなんじゃないかって。」

彼女は話し終わると、膝を抱え嗚咽を漏らしながら泣いてしまった。僕は下手に何かを言うことは出来ず、ただ彼女の肩を抱き、背中をさすってあげた。

「ありがとう。話してくれて。辛かったね。」

僕はその時生涯をかけて彼女を護りたいと思った。


夏休み最終日、これから大学が再開するとあまり2人で行けなくなると思い、僕からもう一度晴のお母さんのお墓に行きたいと言った。そこでこれから晴を絶対護って行くと彼女のお母さんに誓おうと思っていたのだ。この前と同じように線香を取り出し、火をつけ、香炉に立てた。そして手を合わせ目を閉じた。

「(晴さんは僕が必ず一生大切に護り続けます。安心して見ていてください。)」

晴に聴こえると恥ずかしいから、心の中で言ったが、お母さんには伝わったはずだ。きれいな墓石が微笑んでいるように見える。

「よし、いこうか」

「なんも喋らないの?」

「そっちこそ」

「私は心の中で言ったからいいの!」

「僕も心の中で言った」

「え〜、なんて言ったの?」

「内緒だよ」

「ふ〜ん、じゃあ私も内緒!」

一夏過ごしたと言うのに雪のように真っ白な肌をした顔をくしゃっと笑顔で歪め、僕に笑いかけた。

晴は、雪だ。この雪が溶けてしまわぬように僕が必ず護ってあげるからね。

そう決意して振り返ると、後ろに見知らぬ男の人が立っていた。


「久しぶり、晴」


唐突に現れた40代ほどの無精髭を生やした男は彼女の名前を知っていた。


まさかと思い、晴の方を見ると、まるで鬼を見たかのように彼女は震えていた。


「そう怯えるなよ、覚えているだろ?お父さんだよ。」

「違う、あなたは、もう、お父さんじゃない。」

声を震わせながら、晴は答えた。

「お父さんじゃない。か、そうだよなぁ。お前たちにひどいことしちゃったもんなぁ。でも、俺だってお前なんかのお父さんになりたくてなったわけじゃないんだよ。」


この場から早く離れなければと思った。


「あの、なんのようですか!そんなことを言いにきたのなら、僕たちはもう帰ります!」

「君が誰だか知らないけど、君には用はないんだよ。」

無精髭の男は続けた。

「なぁ、晴。おまえらと別れてから俺はどうしてたと思う?5年間刑務所に入って慰謝料も何十万も支払わされた。もちろん仕事はクビで家族にも見放された。前科持ちには新しい仕事も家族もできない。この苦労がわかるか?」

「そ、そんなの、あんたのせいだろ、」

「お前は黙っとけ!!」

「いいか、晴。全てはお前が産まれてきたからなんだよ。お前さえ産まれてこなければ俺はこんなことにはなってなかったんだ!」


僕がもう一度晴を見ると、彼女は膝から崩れ落ち、涙がボロボロと溢れていた。


「晴!大丈夫か?!こんなやつほっといて早く帰ろう!」

とにかく早くこの場から離れなければ。その考えしかなかった。

僕は急いで晴をおこし、手をギュッと握りしめ、墓地の出口へ向かおうとした。僕らが一歩踏み出した刹那、男は肩にかけていたボロボロのバックから包丁を取り出し、文字通り鬼気迫る顔で一直線に晴へそれを突き刺そうとした。



「晴!!」


咄嗟に晴の前に出た。

幸いにも包丁は晴には届かなかった。代わりにそれは僕の腹に刺さっていた。


「陸ぅーー!!」

男が気が狂ったように逃げて行く姿を見て、僕の視界は霞んでいった。

「陸!陸!しっかりして!すぐ救急車呼ぶから!」

彼女の涙が僕の顔に落ちる。でも、顔の横を流れる涙には僕のも混じっていた。死ぬ感覚を味わったことをないが、今感じている感覚がそれだとはっきりわかる。死ぬのが怖いから或いは腹の痛みで涙が出ているのではない。晴をこれから護って行けないことを思うととても悲しくて、悔しい。ついさっきお母さんに誓ったばかりなのに。その約束を守れないから泣いているんだ。

ごめんね、晴


晴の声がどんどん遠くなって行った。




_______________



陸が私を庇って天国に行ってから1ヶ月が経った。

元父は、ちゃんと警察に捕まった。あの時あの人が再び私に言った、「お前が産まれてこなければ良かった」という言葉。陸が亡くなったのも私のせいだと思わせてくる。でも、実際その通りだ。


朝起きても部屋の隅でテレビをつけながらずっと布団から出れずにいる。そんな生活がずっと続いている。


その日は昼の2時くらいに起きて陸が働いていたコンビニに行ってみた。実は夏の初めからそこで働いてる陸のことが気になってて、少しでも意識してもらおうと、このコンビニに行く時はいつも同じ時間に同じ商品を買っていた。今日もいつもと同じ商品を手に取りレジに持っていった。

「995円になります。」

まるで自衛官みたいな顔の人が会計をしてくれた。

「(あー、また10円玉が足りない。1000円で買うか。)1000円からでお願いします。」

「5円のお返しになります。」


家に帰り、郵便受けに溜まっていた沢山のチラシをガサッと取って、部屋に入った。さっき買ったお弁当を食べようと思って椅子に座ろうとしたら、郵便受けから取ったチラシの中から一枚、白い紙がひらひらっと床に落ちた。

「何?これ」

手紙のようだが、その筆跡には見覚えがある。



晴へ


お元気ですか。

ちゃんとご飯食べてる?

僕がいなくなってから1ヶ月くらいたったね。

晴は、自分が生まれてきたことで家族が不幸になったと思ってるかもしれないけどきっとそんなことはないよ。

だって、僕は晴と一緒にいられた間はとても幸せだったし、あの時僕が晴をかばったことで晴が今、こうして生きていられていることをとても嬉しく思うから。きっとお母さんも僕と同じ気持ちだと思う。

だから、元気出して!

これから僕は、晴を直接護ることはできないけど、ここから見守ることはできる!

また晴と会えるまでずっと見守ってるよ!


陸より



何が起きているかわからなかった。でも理解するより先にその手紙の文字は私の涙で滲んでいた。


そのあと久しぶりにお母さんのお墓に行った。

「お母さん、久しぶり。この前陸と一緒に来た時私が言ったこと覚えてる?

"この人が私を一生護ってくれるから安心して見てて"って。

その約束ちゃんと守ってくれそうだよ。」



晴の雪 完

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