【三月二十七日 0700】

 今日はいい日だ。断言できる。先程まで降っていた雨は止み、寒くはないし、乗組員たちも皆いつも通り和やかな雰囲気でこの場にいる。見慣れた顔も見かけた。なにより同じ港に兄弟が久しぶりに三隻揃っている。

「弓哉もピカピカで文句のつけようもないな、久哉」

「長哉もくれば良かったのにな」

「無茶言うなよ」

 久哉と笑えば、ふと居るはずの弓哉が気になった。

「弓哉は?」

「さあ、久しぶりの呉だしフラフラしてるんじゃないか? それより前ちゃん、ちょっと来て」

「?」

 久哉に言われるままに付いていけば、人目に付きにくい所でヒョイと【道】に入った。歩きなれた道を久哉と二人で歩く。足音も影もふたり分、影はほとんど同じ形をしていて、そんな些細なことが今はとても嬉しい。些細で大きな幸せをかみしめながら進めば、住み慣れた我が家にたどり着いた。

「忘れ物か?」

「うん、ちょっとね」

 別に着いてこなくても良かったんじゃないかと、思うがここまで来たのだから最後まで付き合おう。自室の戸を開け、改めて明日から自分がここにいないことを実感する。昨日もこの布団で眠ったのに、なんだか遠い風景のように感じられて少し切ない気持ちになる。そこへ久哉がスタスタと入って行き真ん中でストンと座る。その顔つきはどこか兄の家哉を彷彿とさせた。

「忘れものは?」

「前哉、おいで」

 まるで兄のように俺を呼ぶ久哉。一体なんのつもりだろう。こいつは最後まで何かイタズラするつもりらしい。もう明日はないのだし、一つ付きあってやろう。言われた通りにそばに行き座れば、久哉の腕がスッと伸びてくる。そして、俺の頭を自分の肩口に押し当てた。

「【まえじま】、お疲れ様」

 まるで兄のような声音で久哉は言う。久哉は今どんな顔をしているのだろう。気になったが、顔を見ることができない。見てしまえばきっと色んな物が溢れてしまいそうだった。

「うん、ありがとう」

 やっとの思いで応えれば、今度は久哉が甘えるようにグリグリと頭を俺にこすりつけてきた。

「続きは向こうでしてもらって」

 久哉の顔を覗き込めば、そこにはいつものイタズラ者の笑顔がそこにあった。


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