【三月二十六日】

 二十三年と少し前、支綱が切られたその日は晴れであった。梅雨の湿った不快な空気を振り払い、暗い建家から海に滑っていく感触を、海の水の冷たさを今でも覚えている。

「【まえじま】」

 二十三年間呼ばれ続けた名前を口に出せば、あの日の記憶が脳裏をよぎる。【艦霊】は幸せだ。自分が望まれ、祝福されてこの世に生み出されたことを、生まれた瞬間から知っているのだ。

「明日も晴れたらいいな」

 薄暗い部屋の窓から見る空は、海の色を湛えていた。


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