【二十九年一月末日】 少し軽くなりました

 俺の呉への転籍まで二ヶ月を切った。その為に俺と入れ代わりで退役する前ちゃんが本腰を入れて、管制艇の作業について指導してくれるのだという。直線と曲線、そして数字が入り交じった美しい図面が海図台に乗る。そして前ちゃんが、削られていない真新しい鉛筆を指し棒にし、点と点を指し説明を始めた。

「SAM《サム》があーなってこーなって……ちょくちょく暴走するから気をつけろ」

「暴走するの!?」

「時々な」

 時々ふざけながらも丁寧に教える前ちゃんの表情は心なしか、以前よりも柔らかいように感じた。

「前ちゃん、年取ったね」

「弓、やっぱり洗濯機やらない」

「ごめん」

「この図面はお前にやるからな」

「うん、ありがとう」

 素直に礼を言えば前ちゃんは満足そうに笑って、また図面を指して話し始める。その顔は三年前に竜宮へと旅立った、家哉いえとし兄さんそっくりだった。 

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