第8話 ここで、最初にわたしをみた時のハナシ
「しばらくは、絶対安静だな。意識もすぐには戻らんだろう」
つまりは、命は助かったということか。
「感謝します」
「感謝するのはこっちさ。こいつを救ったのは、あんただからな。自己紹介が遅れたな。アレクロス・コレクターだ」
「クラウン。クラウン・セマム」
まだ口馴染みのない名を名乗り、わたしは握手を交わした。
アレクロスは、50代前半ほどの男性で、人種という観点からみて、
ここは、彼が営む
「少し待っててくれ。マクティナが着替えを用意してる。俺のお古で悪いが、その姿では外に出れんだろう」
「すいません」
マクティナというのが、彼女の名前のようだ。
「場所を移そう。静かに寝かせてやりたい」
「分かりました」
わたしは彼に連れられ、隣の診察室へと移った。
消毒中とおぼしき医療器具。棚に整然と並んだ薬瓶の数々。田舎の診療所としてはなかなか整った施設に思えた。もっとも、まともな医者にかかった経験のないわたしの立場では怪しいところはあるが。
「ところで、あんたは旅の者か?」
カルテらしきものを書きながら、アレクロスが聞いてきた。彼の書く字や、瓶のラベルの文字は初めて目にするものの、どこか馴染みがあり読解もできた。一応は、ここの住み人として創りなおされたので、その辺の適応はできるようだ。
「どうなんだ?」
「ええ、まぁそんなとこで」
わたしは、濁しつつも嘘にならないよう答えた。
「にしては手持ちの物が何もないな。お前さんも賊に獲られたのか?」
「そういう訳でもなくて」
「では、丸腰でマンガス団のいる森を抜けてきたのか?」
「無謀でしたかね」
「自殺行為だな。それに、無一文だろ」
言いながらアレクロスは、机に置かれた赤い巾着のような袋を軽く持ち上げ落とした。
ジャラリと子気味いい音が鳴る。
ここでは貨幣が中心なのだろうか。どのみち、彼には下手な誤魔化しは通用しないだろう。
「うまく言えないのですが、着の身着のまま放り出されたといいましょうか」
「罪でも犯したのか?」
「数えきれないほど。でも、感謝されることも結構していたみたいで」
「扱いに困った結果、追放か?」
「そんなとこです。一方的に連れてこられたので、ここがどこかもよく分かってません」
「確かにこの辺では見ない顔つきだな。もしかして、辺境大陸の出か?」
「辺境…、ちなみにこの大陸の名前は?」
「アクシスだ。最も知られた中央大陸の名だぞ」
「初めて聞きました」
「これはもはや確定かもな」
アレクロスは、1人で合点がいったようにしているが、わたしの事を信用しているのだろうか?
「案ずるな。これでも人を見る目はある」
また心を読まれたようだ。もしや、彼は姿を変えた
「ありがとうございます」
わたしは、改めて礼を伝えた。どこまでかはともかく、信用してもらえたのが嬉しかった。
「ちなみに、この村の名前は?」
「
「待たせちゃったかしらね」
そこに、マクティナが入ってきた。
「ネイスはもう大丈夫みたいね」
「適当に見繕ったわ。遠慮せずに着て」
「ああ。でも本当にいいのですか?生憎持ち合わせが…」
「水臭いこと言わないでよ。恩人に対して、これぐらいのことはさせてちょうだい」
「空き部屋があるから、そっちで着替えるといい」
「こっちよ」
着替えを受け取ったわたしは促されるままに、部屋へと入った。
そこは、未使用の病室で、中央には清潔そうなベッドが置かれていた。その横には、血の汚れを落とすためか濡らしたタオルも用意してもらっていた。
わたしはとりあえずベッドに着替えを置き、すっかり血で変色してしまっている上着を脱ぎ捨てた。
「…」
思わず動きが止まった。
見知らぬ男が目の前に現れたからだ。
少しして、それが壁に掛かる鏡に映った自分であることに気づいた。
鏡に近づき、まじまじとわたしはわたしを観察する。
確かに顔の形状や印象は、彼らとは少し違うようだ。若干、以前のわたしの人種にも近いところがある。
それにしても、若い。
皴ひとつない肌。筋肉が盛り上がったたくましい肉体。
これが、わたし。
これが、クラウン・セマムか。
わたしはようやく、ここでのわたしに出会えたようだ。
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