第8話 炎上の結末
ジョモは『一風変わった少年である』と言われて育ってきた。
幼少期より集落の皆からそう評価され続けたので、多分それが正しい解答なのだろうと本人も自覚はしていた。
ジョモは他の少年達が大人の真似事をし、狩りと称して小動物を追い回したり、おやつ替わりの小魚を罠で捕らえたりしている間も、彼はずっと理想の土を探していた。
そう、もっとずっと小さな子供が夢中になり、すぐに卒業してしまう泥団子遊びから脱却できず今日この日まで他の誰とも交われず……他の誰とも協働することなしに孤高の中でジョモは生きてきたのだ。
しかしこの日のジョモには天啓とも呼べる閃きが到来し、森の大木を真っ二つに切り裂く稲妻のような衝撃と共に……彼の脳髄の奥深くへと舞い降りたのである。
その天啓に導かれるままにジョモは、泥団子が乾き切らぬ内にペタリと手のひらで押し潰し、丸く平べったい土製の板を作った。
そして別の泥団子達は両手でコロコロと押し転がし、細長い蛇のような形へと整えていく。
最初に作った丸い土製の板へ、十数匹はいるであろう泥の蛇どもをグルグルとぐろを巻くよう縦に積み重ねる。
そのままでは安定性に欠けるため、ジョモは重なり合う泥蛇の胴体の隙間を指で潰しながら埋めて、もっともっと更なる高みへと蛇どもを導いた。
ジョモの満足する高さまで成長した丸板の上の蛇は、完成した今となっては凡そ蛇のようには見えず、咲き誇る直前の花の蕾のように上へ行くほど広がっていく、底があり表面がスベスベとした円筒形のモノへと変じてしまった。
そのモノが持つのっぺりとした立ち姿に、孤独な自分を重ねてしまったジョモは、寂し過ぎる自分がこう在りたいと祈るような思いで、自分が構築したモノを飾り立てることとした。
そこいらに落ちていた木の枝と木の皮、それにジョモの手指と余り物の泥団子、身の回りにある全てを活用してジョモは自分の分身とも云えるモノを着飾らせる。
傷ひとつない滑らかな泥の肌に木の枝で文様を刻み込み、木の皮のガサガサとした凹凸を押し付け全体に木皮模様を転写する。
そして円筒形上部の平板な拵えを指で捻って、それまでの印象とは対照的な、えも言われぬ不安定で妖しい美の化身へと変形させた。
余った泥団子は小さく千切り、形を自在に変化させ、美しき立ち姿へと進化したモノに捧げる宝飾品としてその身に纏わせる。
己の熱情や報われぬ自身への憎悪、そして周囲の無理解への怒りを込めて作られたモノに対してジョモは、炎に魅入られた羽虫のように自分自身の眼を切り離すことが出来なくなってしまった。
あまりに美しくあまりに哀しいその造形に見惚れていたジョモは、自分だけが知っている秘密の小さな洞窟へ己が創造したモノを安置した。
それからもジョモは毎日のように
しかしジョモなとっての幸福な日々も、長くは続かない運命であったようだ。
生きるために必要な狩猟採取の糧を集めることすら疎かにし始めたジョモに、彼の父が大いに怒っていたのだ。
ある日ジョモの父は、我が子が毎日のようにどこへ出かけ何をしているのか、追跡し突き止めることにしてみた。
そこでジョモの父は見てしまった、己が死んだ後に家族を養うべく育てた筈の総領息子が、幼児のように泥団子を作り、その泥団子を集めては悦にいっているみっともなくも恥ずかしい姿を。
雄叫びを上げたジョモの父は、己の息子が驚愕のあまり茫然と立ち尽くすのを見ながら、ジョモの許へと駆け寄り、硬く握った拳で我が子の頬を殴りつけた。
怒りの感情に任せて何度も何度もジョモを殴った彼の父親は、やがて我が子に背を向けて森の中へと姿を消した。
しばらくして戻って来たジョモの父は大量の枯れ枝を背負い、火の着いた松明を持って、ジョモを見ることすらせずに小さな洞窟へと入って行った。
へたり込むジョモの前に再び現れた彼の父親は、洞窟へ入る時に持っていた筈の全ての荷物を手放していた。
そして時を置かず洞窟の中から煙と赤い光が見えた、ジョモの父親がジョモがその人生を賭けて創作したモノを焼き払うために火を放ったのだ。
それから数日の間、ジョモは煙と高熱を吐き出す洞窟の入り口前で泣き続けた。
鎮火後にジョモが洞窟へ入ると、モノは全て無事であった。
それどころか高温の焔に焼き締められ、ただの
集落にモノを持ち帰り、人々にモノを見せると、皆はそれを心から欲した。
やがてジョモの作ったモノは、その頑強さと水密性の高さから煮炊き用の鍋や保存容器として活用され始めた。
ジョモの作った土器である『ジョモ式土器』……後世の人々に『縄文式土器』として知られる存在が誕生した瞬間の逸話である。
【Burning Clay:完】
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縄文土器は大森貝塚を発掘したモースによって見出され、貝塚土器など様々に呼ばれたが、結局……縄目文様という発想から命名された「縄文式土器」の用語が定着した。
しかし佐原真は土器の名称に「式」を使うことの不合理を説き「縄文土器」の名称を使うことを提唱し、以後この名称が一般化した。
今日においては「縄文土器」の用語が用いられることが多いが、その場合は「縄文(縄目文様)が施された縄文時代の土器」と云う狭義の縄文土器の意味と「縄文時代の土器一般」と云う広義の縄文土器である二つの意味で用いられる。
2021.5.4
澤田 啓 拝
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