Theophrastus von Hohenheim & Veninum Lupinum
澤田啓
第1話 毒殺の美学
アイが狂おしい程に全身を痙攣させ、今まさに絶命の
口の端から血液の混じった赫い泡のような唾液を垂らしながら、断末魔の苦痛に耐えているアイの姿を……猛毒を盛って彼女を弑そうとしているマイは、
そしてもう一方の人物であるミイは、眼の前で喉を押さえて死の舞踊に勤しむアイのことも……自身の隣で恍惚とした表情をし、荒い息で豊満な胸を上下させている興奮状態のマイのことにも興味がない様子……磨き上げた鏡面が如くに凪いだ湖のように静かな瞳で、二人の人物をチラリとも見ようとしていない。
アイに盛られた毒物は、ルネッサンス期のボルジア家に伝わる悪名高き
アイは毒が混入された
その後にアイの口も大きく開かれ、頸部を締め上げられて絞首刑に処された罪人の如く……顔色は赤黒く変化し、空気を求めて喘ぐような音を発した。
ヒュウヒュウと喘鳴のような呼吸音を続けたアイは、赤黒さから上白紙のように脱色された如き肌色となり……棒切れかと思えるような姿勢で俯せにパタリと倒れた。
そして冒頭の
ビクビクと激しく
それでもミイは、アイにもマイにも
それから程なくしてアイは、その生命の輝きを失い糸の切れた操り人形の如くに事切れた。
マイは……そしてミイですらその状況を茫然と、死へと至ったアイの狂態を静かに見つめていることしか出来なかった。
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僕は……僕としてその生を終える前に、待ち望んでいた人格の統合を成し得た。
女の肉体を持って産まれながら、男の魂を所持していた僕と云う人間は……父にとってどのような存在だったのだろう。
母を喪くした父は、その代替品として僕を抱いた。
魂は悲鳴を上げながら、父に凌辱され続け……何度も何度も真夜中の暗闇の中で父に犯され穢されてイった。
肉体は歓喜の声を上げながら、父から快楽を与えられ続け……何度も何度も真夜中の暗闇の中で父に犯され穢されてイった。
その背徳的な許されざる暮らしの中で、僕の
しかし僕はアイとしてマイに殺され、ミイに見守られながら死んでイった。
僕は僕に殺され、僕に見守られながら死んでイったことによって……僕はようやく人格の統合を果たし終え、僕は全ての僕と僕の死を
そして最終的にマインとして再びこの世に生まれ落ちた僕は、誕生の悦びを感じた直後に……この
【Poison Suicide:完】
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※
ここより始まる短編(掌編)集は、直接パラケルススと関係があるわけではなく……当時の社会に毒の牙を剥いた如きに生きたパラケルススのように、私も筆先より滴る毒を以って世界に噛みついてやろうと考えているだけである。
昏い知識と黒い諧謔性を駆使する予定の短編(掌編)集であればこそ、筆者が長編の創作に倦み疲れた時の筆休め的に存在するモノであるので……定期的な更新を期待することなきよう読者諸兄にはご理解を賜りたいと願う。
2021.4.1
澤田啓 拝
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