初バズり
スマグラの動画をチェックし、問題ないことを確認。もうすぐ、公開の時間だ。
毎日投稿宣言の動画は、一日で千回近く再生されている。期待を買うことができたのか、登録者数もぐっと増えた。
「もう、千人じゃねーか」
こまめにSNSを更新しているのも地道に効いている。拡散が拡散を呼び、フォロワー数も順調に伸びている。
実際、モカの顔を出しているから、視聴者やフォロワーには男性が多い。生物としての真理だろう。だが、意外にも、それ以外にも中高生の女子ファンが付きはじめている。彼女らがコメントやらで言うには、
「モカちゃん、かわいい!」
だそうだ。
彼女らにしてみれば、二十代のモカは完全なる大人で、自分たちの十年後の姿を重ねる対象を常に求めているのだろう。とマーケティングのコンサルタントみたいなことを想像してみるが、そこで俺は思い立ち、モカにメッセージを送る。
「チックタックのアカウントを作ろう」
チックタックは中高生に大人気の媒体で、音楽に合わせてダンスしたりネタ動画をアップしたり、特定のお題に合わせてパフォーマンスしたりと、短い内容で手軽に楽しめ、誰でも参加できる。ビューチューブのように編集の手間もなく、あらかじめアプリに搭載されたツールで簡単にエフェクトが掛けられたりする。
じっくり何かを追求する、というよりは広く、浅くの情報に慣れたデジタルネイティブにはうってつけのこの媒体と中高生の拡散力に、俺は着目したわけだ。
「チックタック?ええけど、何すんの」
「色々やってみればいいさ」
「ハルタ先生にお任せしますー」
さっそく、アカウントを開設する。ビューチューバーならぬチックタッカーというジャンルで活躍する人もいるほど、人気の媒体だ。すぐにトレンドがどのようなものであるのか、誰が人気なのかチェックし、ノートに書き留めていく。
そうしているうちに、夜八時。スマグラの動画の公開の時間だ。
何度も、何度も更新ボタンをクリックする。その度、再生回数が伸びてゆく。
「すご、もう二百」
モカも同じようにしているらしく、メッセージが引き続き鳴る。
「今から行っていい?」
「今から?ええけど、撮影?」
「明日の動画を撮らなきゃ」
ある程度ストックができれば、休日に撮影、バイトの日に編集という風にできる。それまでは、空いている時間にモカの家で小さい企画を撮影していくしかない。
「撮影用にお化粧して待ってますー」
どうやら、モカもまんざらではないらしい。
とりあえず、コンビニのカップ麺を片っ端から買い、それを全部混ぜてみた、ということで二人で食うことにしよう。有名どころの動画を見てみても、そういう小さな企画が案外安定的な数字を持っていたりする。ついでに、チックタックの動画だ。トップビューチューバーもこぞって利用しているから、彼らがやっている流行のお題に乗っかり、同じダンスを撮影しよう。
モカの自宅に到着した俺は、大量のカップ麺の入ったコンビニの袋を置くやいなや、チックタックの撮影を始めることを提案する。モカはばっちり化粧済みで、家着のくせにオシャレというスウェット——俺でも知っている有名ブランドのもので、モカの前職の所得水準が知れる——姿だった。
二人で動画を見ながら振り付けを確認する。同じパソコンの画面を覗き込むから顔と顔の距離が近く、ふわりと化粧と髪の匂いが漂ってくるが、それどころじゃない。
チックタックの振り付けは、誰でもできるように極めて簡単だ。愚鈍な俺と不器用なモカはそれすらもこなせない恐れがあるが、完璧じゃなくてもいい。それもまた愛嬌だ。
「行ける?」
モカと眼を合わせる。
「ハルタ君こそ」
「隣で驚け」
チックタックを撮っている様子もビューチューブ動画の素材に使えるかもと思い、スマホ以外にモカのカメラも回しておく。
音楽。さっそく、二人ともリズムに乗り切れていない。
振り付け開始。音楽に合わせて体を揺らし、ときおり手を前にして開いたりピースサインをしたりという簡単なものだ。
モカは安物の可動式フィギュアみたいにぎこちなく、俺はアマゾンの奥地で見つかった新種のサルみたいにオーバーアクションだ。
動画として成立するか、とこの僅かな時間で俺の脳は激しく旋回する。
なにか少しでも面白いことを。そう思い、アイドルのように華麗にターン。
瞬間、俺の三半規管が行方不明になり、バランスを崩す。そういえば、もう三十時間以上寝ていない。
「あ、あ——」
さらに足元のラグマットが俺の軸足を捉える。
そのまま俺の身体は一瞬宙に浮き、アメリカのアニメのように静止し、落ちた——というようなイメージを描いた——。
モカが思わず目を瞑るほど大きな音。
転んだ表紙にリビングのガラステーブルを後頭部で叩き割ってしまった。俺の身体は逆さまになり、テーブルのフレームに支えられて尻をカメラに向けて両脚を開くような無残な格好になっている。
「ハルタ君!」
慌てて駆け寄るモカ。
「大丈夫!?」
「ご、ごめん。ガラス危ないから、あっち行ってろ——」
モカは、何か自分にできることは、とあたりを見回し、俺の悲惨な有様を無表情に見つめているカメラに手を伸ばした。
「止めるな!」
それを、俺は鋭く制した。
「回しててくれ」
テーブルを破壊して——文字通り「台無し」と編集でテロップを入れよう——しまいモカには申し訳ないが、カップ麺なんかよりずっとインパクトのあるものが撮れた。この奇跡を逃す手はない。
「やば、ハルタ君、血が」
え、と頭にやった俺の手には、べっとりと血のり。
試合前のプロレスラーのような声で俺は吠え、驚く。
ひとまず二人の動転が落ち着いたのち、散らばったガラスは粛々と片付けられた。俺の頭の傷もはじめこそ激しく出血していたが、強く押さえていればすぐに止まった。
「ほんまに、大丈夫?」
「マジでごめん。モカこそ、大丈夫?」
「うん。わたしは平気」
「これ、バズるぞ」
「アップすんの?」
「当たり前だろ」
モカはふう、と息をひとつ浮かべ、困ったような顔をした。
「ハルタ君が怪我してるとこを面白おかしく流すっていうのは、わたしは嫌やなあ」
「何言ってんだ。俺は、汚れてナンボだぜ」
「でも——」
「絶対バズる」
「なんか、申し訳ないし」
「頼む。アップさせてくれ」
モカに懇願するようにして、今の様子をすぐアプリで編集し、チックタックにアップした。
「ほら、見てみな、モカ」
さっそく、再生されている。それも、信じられないような速さで。他のSNSにもシェアしてみると、こちらも爆速で伸びてゆく。
「ヤバ。ほんまに——?」
モカは信じられないといった様子で、鳴り続ける通知を眺めている。
——可哀想だけど、爆笑した。
——令和で一番面白い動画。
——残念すぎるwww
リアクションがリアクションを呼び、もう止まらない。
「ビューチューブにも上げよう。カメラのカード、貸して」
俺はモカからそれを受け取ると、すぐに家を飛び出した。
結局、その動画は、僅かな期間でチックタックで二十万回、ビューチューブで十万回、各種SNSのリアクションで一万以上という盛大なバズりっぷりであった。
連動して、俺たちのチャンネル登録者数も劇的に増える。
ハルタモカ、開設一ヶ月弱にして、登録者数八千人。これから、まだまだ増える。テーブル破壊動画の翌日にまたモカの家で撮影したカップ麺企画もあるし、そのあとの休日に行った西本願寺、東本願寺もある。なんだかんだでほぼ毎日会っている。モカは俺の企画力と戦術眼に任せきってくれているようで、楽しそうにしている。
SNSでのバズりというバックグラウンド。モカのキャラクター性。多くのビューチューバーのような面白おかしい企画モノ以外に、京都在住ならではの名所巡り。これもビジネスカップルのデート動画という形で提供すれば、確実に若年層の支持を得ることができる。
いける。そう確信できた。
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