第三章 【重大発表】コンビを結成しました。

初撮影

 昼間のモカは、俺が警察沙汰寸前突撃ストーカー案件をこなした夜よりも、ずっと痩せて見えた。いつも通りの念入りな化粧越しでも、彼女が傷つき疲れ果てたものが癒えきっていないのが分かる。


 俺たちの頭上には、京都タワー。どこにいるのか、周囲には蝉の声。

 もう、梅雨が明けたんだな、と何となく思った。

 七月二十四日。記念すべき、ハルタモカ一回目の撮影だ。


 あのあと入念にチャンネルの方向性や運営方法などを相談し、すでに登録者数が三百人ほどいる——俺の編集した動画のおかげか、何もしなくてもまた百人も増えている——モカちゃんねるをそのまま使い、二人の動画を投稿してゆくことにした。


 モカがバッグからカメラを取り出し、録画ボタンを押す。それを受け取った俺は自撮り用に持ち、頷く。

 せーの、と二人でリズムを合わせて、

「やっほー、みんな息してる?ハルタモカです」

 これが、俺たち二人の産声。

 ビューチューバーにおいて、動画のはじまりの挨拶というのは決まり文句を用いているのがほとんどで、俺たちにおいてはこれだった。


 弾むようなモカの言葉のリズムに合わせて、俺の特徴の薄い声。息してる?という俺たちの間での合言葉のようなものは、モカの希望もあってキャッチーさとスパイスのきいた挨拶の文句としてそのまま使った。


 ド底辺もド底辺。才能ナシ、ルックス最悪、貯金ナシの俺と、順調だったはずが挫折して自暴自棄になりかけていたモカ。

 俺はアトムのバイト代があるけれど、モカは今もって無職だ。貯金は相応にあるようだから、しばらくは問題ないだろうが、この二人の取り組みをなんとか早く形にしなければならない。


 ものの弾みで口にした提案。まさか、俺たちがほんとうにトップビューチューバーになれるなんて、そんな奇跡があるはずがない。だが、言葉にした以上、俺はやってみなければならない。駄目なら、お互いふつうに就職すればいい。世の中、仕事は一個だけじゃない。


 一年で、登録者数百万人。今の三千倍以上の数にするということだ。社会的にもビューチューバーとしてもド底辺の俺たちは、とにかく見上げることしかできない。


 見上げた先に重なっている、京都タワー。今から、これに登るのだ。

「はい、今日から二人でコンビということでやっていくわけですけども。はじめまして、ハルタです」

 カメラを自分に向け、わざとキザなポーズをする。俺が汚れ役に徹するほど、モカの人気が上がると考えてのことだ。


「今まで一人やったから、なんか変な感じやわ」

 モカ一人のときは主観視点で、俺が撮影した動画はモカの顔にモザイクを入れていた。だが、これからは容赦なくお互い顔出しをしていく。

「改めてよろしく、ハルタ君」

「よし、じゃあ早速——」

 と京都タワーにカメラを向け、

「出発ぅ!」

 と景気のいい声を上げる。


「京都タワーはね、モカ。どんな構造か知ってる?」

 館内に足を踏み入れ、対話形式を取る。

「え、地下ではご飯が食べられて、あ、銭湯もあって、上は——」

「チッチッチッ。甘いな」

「どゆこと?」

「そうじゃないんだなあ。京都タワーってのは、これだけ大きい建物なのに、柱や梁が無くて、外壁だけで荷重を支える構造なんだよ」

「へー、知らんかった!マメ知識!」


 事前に下調べをしていた京都タワーに関する知識を俺はぺらぺらと披露していく。これくらいのウザキャラでちょうどいい。


 最上階の展望台。地上百メートル、京都で一番高いところから市内を一望できる。

「あ、ほら、大文字山」

 山に字がでかでかと書いてあるというのが千葉出身の俺には不思議だったものだが、さすがに六年あまり住んでいると慣れた。

「今じゃ五山の送り火なんて言われてるけどさ、昔はもっと沢山の山に色々字が書いてあったらしいよ」

「へー、マメ知識その二だね」

「明治ごろなんかはもっとあっちこっちにあって、最近では『い』の跡が発見されたとか。守り手がなくなったり、戦争のどさくさで取り止めになったりで、今は五山だけになったって話」

「山に『い』とだけ書かれてもなあ」

 二人だと、テンポがいい。


 京都タワーのマスコットキャラがあしらわれた、たわわちゃん神社。プロポーズ大作戦という企画があったりで、カップルに人気だ。

「しかしまあ、モカもさあ」

 と、俺は突っ立っているたわわちゃんの等身大パネルに話しかける。

「いや、こっちこっち」

「あ、双子?」

「いや、似てるけども」


 ひととおり展望台の様子や景色を紹介し、カメラを止める。もちろん、事前に事務局に相談してカメラを回していいかどうかの許可を取り付けている。

 ビューチューブで公開するとはいえホームビデオみたいなもんですから、と言い、俺たちの場合は許可してくれたが、一般的にどうなのかは分からないから、みんなも撮影のときは確認してみてほしい。


 そのまま地下のフロアで、ランチを食べる。色々なお店が出ているフードコートのような構造だが、それぞれ有名店ばかりで造りもオシャレで、人気だ。

 モカはタコスサンド、俺は餃子。値段設定に俺の財布が悲鳴を上げるが、撮影のためと思って千円札をはたいた。

 俺の頼んだ餃子は皮はパリパリ、中はジューシーで最高だった。モカのタコスサンドも美味そうだなと眺めていると、一口ずつ交換しようとモカが提案する。


 この動画のタイトルは、「京都タワーで男女デート」だと決めた。カップル風だけど決してそういう間柄ではない、いわゆるビジネスカップルというテイストで押し出してゆく。


 記念すべき第一回目の撮影は、夕方までに終わった。モカのカメラからメモリーカードを抜き取り、そのまま持ち帰って編集。

 俺のうんちく話のところにはジョークを交えた解説を加えておく。たわわちゃんのくだりには、「※双子というよりはドッペルゲンガー。」とテロップを入れ、ボケを強調しておく。料理を映しているところにはキラキラのフィルターをかけ、より美味そうに見えるようにする。


 無言が続くところや、二人のかけ合いのテンポがずれているところはカット。なるべく、楽しそうに。これを見た人が実際にそこで感じるであろう空気を、映像に。

 そして、モカがより良く見えるように。俺がダサければダサいほど、ウザければウザいほど、モカが映える。


 動画の中のモカは、あのとき部屋の中で見た姿が想像もつかないほど楽しそうだ。白い歯を剥き出しにして手を叩いて笑い、なんでもかんでもオーバーにリアクションをする。


 これでいい。

 まずは、こういうところからだ。

 少しずつでいい。地ベタのド底辺でいい。だからこそ、見上げられる。京都タワーも真下に立って見上げるからこそ、それがどれくらいの高さなのかが感じられる。


 展望台からの景色。あそこが、一番高いところ。

 その中で、カットしたくだりがある。

「ハルタ君。誘ってくれて、ありがとう」

「登録者百万人になったとき、聞きてえもんだな」

「ううん。おかげで、笑えてるよ」

「そっか。ならよかった」

「頂上の景色は、すごいんやなあ。改めて今、思ったわ。連れてきてくれて、ありがとう」

 このモカの謎掛けのような台詞の意味は、視聴者には伝わらないし関係ない。

 だが、とにかく、京都タワーというのは俺たちのはじまりの動画には、最適すぎる題材だろう。

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