二人二脚

片喰藤火

二人二脚


随分前に書いた短編作品ですが、カクヨムにも載せておこうと思って

うpしておきます。

2000編頃が懐かしいです。


じゃべ君が動画化してくれた動画があるので、よろしければこちらもご視聴ください。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm18940170


                                     


二人二脚



一方は誰からも期待されているランナー。

一方は誰からも期待されていないランナー。

境遇も性格もまったく対照的なランナーがいました。


ある時、誰からも期待されていないランナーが、交通事故で右足を失ってしまいました。

誰からも期待されていなかったので、誰にも知られず、ニュースにもなリませんでした。


同じ時、誰からも期待されていたランナーが、交通事故で帰らぬ人となってしまいました。

誰からも期待されていたので、ニュースで報道され、皆から悼まれました。



誰からも期待されていないランナーは、運良く移植手術が受けられる事になりました。

「ありがとうございます。これでまた走ることができます。お礼が言いたいので、

 この足を移植させて頂いた方のご家族を教えては貰えないでしょうか」

それを聞いて医者は申し訳なさげに言いました。

「すまないが規則で言えないんだ。だが、その感謝の気持を忘れずにリハビリに励みなさい」

誰からも期待されていないランナーは、医者の言葉の通り、リハビリに励んで移植させてもらっ

た恩に報いることにしました。


誰からも期待されていないランナーはリハビリに励み、そして再び走れるようになって、只管に

練習を重ねました。

すると、今までのタイムを次々に更新して徐々に注目されるようになりました。


幾つもの大会を制して、とうとうオリンピックへの出場も決まりました。

「そうだよ。今までのタイムだって悪くはなかったんだ」

少し良い気分に浸っていると、突然頭に声が響きました。

「お前の人気は俺の実力だ」

その声に驚いて辺りを見回しても誰もいません。どうやら移植した右足が話しかけてきたようで

す。

「お前が喋ったのか?」

期待され始めたランナーが尋ねると、右足は誰からも期待されていたランナーの足だと答えました。

そんなバカな……と、期待され始めたランナーは思いました。

右足は続けてこう言いました。

「そんなんでいい気分に成れるなんてな。だからてめぇはあの程度だったんだよ」

その言葉を聞いてムッとしました。

口調が誰からも期待されていたランナーそっくりなのです。だから本人だと確信しました。

誰からも期待されていたランナーが亡くなった事は、手術後に新聞を読んで知ったのですが、まさ

かそのランナーの足が、自分の足に移植されていたとは知らず、少し残念に思ってしまいました。


期待され始めたランナーは、期待されていたランナーを尊敬はしていましたが、上から目線で

馬鹿にするような口調と、誰からも期待されていた事を妬み、嫌っていたのです。

「お前だって僕より少し記録がいいだけで、もてはやされてへらへらしてたじゃないか」

「そりゃそうさ。だが、俺の方が実力が上だったから皆にもてはやされて期待されたんだ。 

 今お前が期待されてるのは、俺が死んでるからだ。タイムはまだまだ俺のが上だ」

「うるさいな! お前はもう俺の足なんだ」

「ほぅ。そうかい(笑)じゃあ自分の力だけでやってみな」

その後は右足に話しかけても返事はありませんでした。



その出来事以来、期待され始めたランナーは足が思うように動かず、タイムが著しく下がってしまいました。その事をコーチが不安げに言いました。

「このままだとヤバイぞ。大丈夫か?」

「……大丈夫です」

誰からも期待されるようになったランナーは、再び誰からも期待されないランナーになってしまいそうでした。

誰からも期待され始めたランナーは自分の右足を叩きました。

「いてぇな亀ヤロウ」

「お前のせいだな!」

「おいグズ。何を勘違いしてるんだ? 『お前の足』なんだろ? だったらお前が走ればいいじゃねーか。休もうが手を抜こうが俺の勝手だろ」

「なぁ頼む。俺と一緒に金メダルを目指してくれ」

「ふふ……。ふへへへへ。嫌なこった。一緒に金メダル目指そう? 寝ぼけるのもいい加減にしな。

 当日俺はお前を転ばして大勢の前で恥をかかせてやるよ。そして盛大に笑ってやらぁ」

「黙れ! ふざけやがって。俺は真剣に練習をしてるんだ。本番だって邪魔はさせない。お前は

 何時も大して練習せずに記録を出してはへらへらしてやがった。目の前でちょろちょろ邪魔だったんだよ!」

期待されなくなりそうなランナーが珍しく声を荒げて言いました。

期待されていたランナーは、実際溜め息なんてつけないのに、深く息を吐くように言いました。

「…………。俺がたいして練習してない? 何を言っている。知ってるだろ? 俺がオリンピックに出場……いや、

 金メダルを取るためにどれだけ練習してたのかを。お前は俺を抜くためだけに練習してたのか? 違う

 だろ? 金メダルの前には俺以外にも沢山お前を邪魔する奴がいるぞ? 

 『どいてください』って言ってどいてくれるもんか。それに二人に金メダルをくれるなんて甘い幻想はない。

 栄光は一人のものだ」

「俺だって、オリンピックに出て、金メダルを取る為に……」

「そうだそれでいい。俺はお前に追いつかれたくない。お前が邪魔だった。記録を出しても何時

 も食いついてきやがるお前がな。こいつに抜かれて金メダルをかっ攫われたくない。

 正直言うと追いつかれるんじゃないかってヒヤヒヤして周囲の期待だの声援だの耳に入らなかったね。

 俺はお前に圧倒的差をつけて金を取る。悔しいなら俺を抜いてメダルを取ってみろよ亀ヤロウ」

「……だまれよ。足の分際で。亀のが早くゴールすんだよ、くそ」

期待されなくなりそうなランナーは、力無く言い返しました。

期待されていたランナーの言葉はもっともでした。だからこそ余計に悔しく思って、思うように

動かない足をまた叩きました。



ギリギリのタイムで調整が終わり本番当日を迎えました。

誰からも期待されていなかったランナーは、誰からも期待されるランナーになっていました。

移植手術の成功を全面に出して持ち上げるマスコミもいました。

しかし、彼の目の前には、死んだ期待されていたランナーの姿がありました。

期待や声援など彼の耳には届きません。

「ちくしょう。ちくしょう。絶対抜いて金メダルを取ってやる。お前なんかに負けてたまるか」

スターターがスターターピストルを鳴らして、ランナーが一斉にスタートしました。

大勢が走る中、期待されているランナーは周りが見えていません。

ただ目の前の期待されていたランナーを抜いて金を取ることだけしか考えずに走り続けました。


42,195キロメートル。

競技場の中へ入った所で、目の前に映っていた誰からも期待されていたランナーが見えなくなりました。

「どこだ。抜いたのか。くそ。テープは僕が切る」

誰からも期待されなかったランナーは

誰からも期待されたランナーとして一番にゴールしました。

「やった。やったぞ。アイツを抜いて金メダルだ。ザマァ見ろ」

そう呟いて駆け寄ってきたコーチに倒れこみました。


表彰式。

誰からも期待されたランナーは、沢山の人に祝福されました。

しかし自分はライバルを抜いて金メダルを取る事しか考えてなかったので、期待してくれた人達に申し訳ない気持ちになりました。

そしてゴールした時、考えてみれば右足からゴールしたので、僕は銀メダルじゃないのかと言う変な疑問が浮かんできました。

誰からも期待されたランナーは自分の首からメダルを取って、自分の右足に金メダルを縛ってあげました。

「おい!?何やってんだ?」

「いや、なんとなく。右足からゴールしたから……」

「……馬鹿だなぁ。お前は俺を抜いてったんだよ」

「お前を途中で見失ったから、正直抜いたかどうか覚えてないんだ」

「あぁ……。えー、そうだな……。俺……実はゴールの結構前で疲れて寝てたんだわ(笑)ウサギみたいに。

起きたらお前金メダル取ってやんの。(負けたよ。負け。俺の負け)(お前の勝ちだよ)。だから……この足はもうお前のもんさ。

おめでと。じゃあな」

「じゃあなって……おい!」

誰からも期待されていたランナーは口早に言い切ると、もう二度と喋ることはありませんでした。

誰からも祝福されたランナーはラストスパートの時、もしかして……と一瞬思ったのですが、

誰からも期待されていたランナーの言葉を思い出してその考えを振り払いました。

例えそうだとしても、その考えは自分の心の奥へと仕舞いこむことにしました。


誰からも祝福されたランナーが金メダルを取った後は、唯のランナーとしてチャリティーマラソンに出場したり、

コーチなどをして新人を育成しながら世界中を走り続けています。

ライバルに貰った右足と共に……。



―終わり―



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二人二脚 片喰藤火 @touka_katabami

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