リヒトルディン=ヴァルコローゼ①

 ――ユーリィと別れて部屋に戻る途中……どうもリリティアが難しい顔をしているのが気になって、俺はとうとう話し掛けることにした。


「どうしたんだ? リリティア」


「……リヒト、聞いてほしいことがある」


「聞いてほしいこと?」


 もしかしたらユルクシュトル王子のことか……?


 緊張を隠して聞き返すと、リリティアは難しい顔のままこちらを見ずに頷いてみせる。


「神世の王とやらが代々の王の体を乗っ取ってきた――その方法についてだ。……実はな、白薔薇ヴァルコローゼの一族は、己の身に宿した穢れや呪いを自分の術では集約できない。だからほかの者が術を使って取り除くか……己の命と引き換えにほかのなにかに集約させるしかない。後者は集約が可能な範囲もそう広くはないんだ」


「……え? だとすると……王が代わるときって――」


「そうだ。神世の王とやらは次の王を呼び寄せ己の命を奪わせる、もしくは自ら命を絶つことで次の王の体を乗っ取るのだろう」


「いや、いや待て。それだと、ユーリィの言うアンデュラム王は……!」


「――ああ。おそらくは帰ってなどこない。……あるとすれば、命のない――体だけだ」


「そんな――」


「まあ、案ずるな。呪いを司る神世の王とやらは白薔薇ヴァルコローゼの術が効くようだし、私がすべて封印具に集約させればいいことだからな。体を失えば自由に動くこともできまい」


「そうだけど――嫌な気分だよ……」


「……そうだな、すまない」


「いや、リリティアが謝ることはないけどさ」


「違うんだ、私には謝る理由がある……実はな、ここからが本題なんだリヒト。お前のような『本来の王族』に穢れや呪いを集約させた場合は、もっと複雑でな。白薔薇ヴァルコローゼでも集約することができなくなる」


「……ん? えっと、すまない。言っている意味が――」


「そうだろうな。……簡単に言うと、お前のなかで浄化されるのを待つか……一度お前の呪いを誰かが直接受け取って、それを改めて集約することになる」


「え、俺の呪いを? 直接受け取る?」


「……詳細はそのときに説明するが……それがなかなか心を折りにくるからな。伝えておこうと思ったんだ」


「ちょ、ちょっと待てリリティア。まさか、君が受け取るつもりじゃないよな?」


「――さあ、どうだろうな?」


「だ、駄目だって! つまり一度呪われるってことだろ? これ、その、すごく熱くてつらくて……! ……あー、ええと。とにかくなんとかならないのか? 封印具とか、そのへんの石ころとかに移すとか……!」


「残念ながら、『人間』が受け取らねばならぬ。諦めろ」


 いや、いやいや。なんだよ諦めろって!


「そ、それなら浄化まで待とう……! そうだよ、それがいい」


「それではいつまで経っても左手に手袋をすることになるぞ? そもそも、いまの状態では浄化よりも呪いの進行が早いから無理だ。大丈夫だリヒト。なんとかなる!」


「なっ……」


 俺はくすくすと笑うリリティアに、絶句するしかない。


 ――俺、ここまで楽観的じゃないだろ、そうだよな? 絶対に!


 けれど、何度聞いてもリリティアは「受け取らない」とは言ってくれなかった。


 そのときがきたら考え直してくれるといいんだけどな……。


******


 ……アルシュレイが穏やかな寝息を立てている部屋に戻って、風呂に入り正装に着替えた。


 きっちり湯を張り直し扉を開けると、今日も今日とてリリティアはソファで眠りこけている。


 ユルクシュトルって呼ばれたことを思い出して胸は痛んだものの、このままにしておくわけにもいかないからなぁ……。


 ……本当はユルクシュトル王子がリリティアに想いを寄せていたことについて聞きたかった。


 知りたい、リリティアがどう思っていたのか。


 でも……「自分も同じ気持ちだ」なんて言われたらどんな顔したらいいかわからないし……。


 はあ……こういうとき、どうしたらいいんだろう。


 ラントヴィーに相談はちょっと違う気がするよな。


 メルセデスも……直接聞けばいいじゃないか、なんてその場で口にしそうだし。


 クルーガロンドは――うん、たぶんどちらかといえば俺に近いんじゃないだろうか。


 俺はかぶりを振った。


「はあ……アル、早く起きてくれよ……なんかもう、変な気分だ」


 自分が動かないとアルシュレイは起きないとわかっているのについこぼして……俺はリリティアの肩をとん、と叩く。


「リリティア、起きて。そろそろ準備しないと」


「……むぅ、ああ、眠ってしまっていたか」


 彼女は白銀の髪を揺らし、瞼を擦った。


 今日も『ユルクシュトル』なんて呼ばれたら立ち直れないかもしれない。


 俺はため息混じりに腰に手を当ててリリティアを見下ろす。


 彼女は顔を上げると、眉をハの字にして二度頷いた。


「――――わかっている、リヒト。そんな不満そうな顔をするな、間違えたのは謝る……」


「んっ、ええ? な、なんのことかな」


「昨日、私が呼び間違えたのを気にしておろう? 顔に『不満』が巣を張っているぞ」


 リリティアは言いながら「ふあ」と欠伸を挟み、両腕を上げて伸びをする。


 え、俺、そんな顔していたか?


 思わずぺたぺたと頬を触ると、立ち上がったリリティアが人差し指を俺の鼻先に突き付けた。


「まったく……お前は楽観的なうえに感情がだだ漏れだ」


 彼女は双眸を眇めて唇を尖らせると、するりと俺の横を抜けて洗面所に入っていった。


 いや――いや、待て。


 だだ漏れってなんだよ、っていうか、どこまで? どこまで漏れているんだ?


 まさか、全部じゃないよな――?


 結局、俺は答えの出ない問いを繰り返し、ソファに顔を埋めて唸るしかなかった。


******


 夕飯時になると、当然のようにラントヴィーとメルセデスがやってきた。


 彼らは当たり前のように正装だ。この習慣はなくしてもいいと思う。


 ところが、俺は運び込まれる食事を見て――首を傾げた。


 あれ? 『蜜芋みついも』のスープがない――。


『リヒト、これが『蜜芋みついも』のスープなのか? その割に芋が見当たらないが』


 同じことを思ったらしく、姿を隠しているリリティアが聞いてくる。


 彼女が見ているのはただの野菜スープだったから、俺は首を振った。


「材料がなかったのかな……楽しみだったのに」


 呟くあいだに準備を終えた侍女たちが部屋を出ていく。


 それを見送って、リリティアは蒼い瞳を光らせ聖域を解いた。


 ――今日のドレスは濃い緑色をした細身のものだ。


 肩は出ているけど、鎖骨のあたりから首元までを覆うレースから薄く肌が透けて見える。


 どちらかというと大人っぽい雰囲気で、昨日とはひと味違っていた。


「まさに白薔薇ヴァルコローゼ――貴女は孤高の華だ。その姿にほかの華たちが頭を垂れてしまうだろう」


 全員が席に着き、ラントヴィーがさっそく褒め称えたところにメルセデスがため息をこぼす。


「君はどこからそんな言葉が出てくるんだろうね。白薔薇ヴァルコローゼ、今日も似合っているよ」


 リリティアがふたりの会話にころころと笑って、食事が始まった。


 ちなみに、今日の俺は冴えている。


 リリティアがドレス姿で洗面所から出てきたときに、ちゃんと伝えたからだ。


 ――『えぇと、今日のドレス――大人っぽいな』


 リリティアには「無理するな」と笑われたけどさ。


 そんなわけで俺たちは今日の状況を共有した。俺とリリティアがユーリィと話したことだ。


 神世の王についてはちゃんと話したけれど、俺はユルクシュトル王子の気持ちについては触れなかった。


 リリティアにとってもわざわざ触れられたいものじゃないと思ったし――俺自身、言い出すのが恐かったんだ。


「――ユーリィも悩んでいたろうね」


 メルセデスはそう言ってパンを口にすると、少し考えるような素振りを見せる。


「どうかしたか? メルセデス」


 聞くと、メルセデスは輪郭に沿って整えられた白銀の髪を揺らしながら言った。


「……これはさっき聞いた情報なんだけど、ユーリィは夕飯の準備の途中で王に呼ばれて中央片に向かったみたいだなんだ。気に掛けておいたほうがいいかもしれない」


「王に……? ……それで『蜜芋みついも』のスープがないのか。気になるな」


 俺が応えると、ラントヴィーが口元を拭ってから俺を見る。


「リヒトルディンの好物だな。……どちらにしても朝を待ってユーリィに聞くのがいいだろう。念のため、どこまで信用していいのかは考えておけ」


「ラントヴィー、俺の好物なんてよく覚えてるな。……わかった」


 思わず言うと、メルセデスがくすくすと笑った。


「リヒト、君いっつも嬉しそうな顔で『蜜芋』をおかわりするじゃないか。皆知っているよ」


 ――え、そうなのか? そんなにわかりやすいのかな?


「ほら見ろ。リヒトは感情がだだ漏れであろう?」


 隣にいるリリティアが言うので、俺は腕で顔を擦った。



 食事のあと、リリティアはラントヴィーとメルセデスに白薔薇ヴァルコローゼの術について聞かせていた。


 メルセデスが眉を寄せながら手を握ったり開いたりしているから、もしかしたら術の才能があるのだろうか。


 封印具についても話しているあたり、上手くいけばふたりも手伝ってくれて……アルを早く起こすことができたりするかもしれないな。


 俺はというと――思ったより疲れていたみたいで。


 いつの間にか、すっかり眠ってしまっていた。

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