ラントヴィー②

******


 さて。ようやくゆっくり話ができる。


 俺は息を大きく吸って目の前の扉を眺めた。言わずもがな、第二王子ラントヴィーの部屋だ。


「ガムルト、悪いけど長くなるから。無理せず休んでおいてくれ」


「自分はリヒトルディン王子の護衛ですからご心配なく! もう少ししたら夜勤の者と交代にはなりますが、それまではここにおります」


 俺が言うと、甲冑を着込んだガムルトが朗らかに応えた。


 その隣には同じく甲冑がいて、どうやら中身はエマンのようだ。


「私もここにおります故、なにかございましたら申し付けください」


 うん……やっぱり見分けは付かないな。


 ふたりが示し合わせたように右の拳を胸に当てたので、俺はそんなことを考えながら頷いてノックをする。


『入れ』


 返事はすぐにあった。


 ――リリティアとともに慎重に踏み込んで扉を閉めると――そこには。


「……な、なんだ……?」


『……茶会でも開くつもりか?』


 大きな丸テーブルに椅子が三脚。


 薔薇の刺繍が施された白いテーブルクロスの上には色取り取りの茶菓子たち。


 ほんのり甘く香るのは茶葉だろうか……。


「お茶の用意をしておけと騎士に言ったろう?」


 律義なラントヴィーに、俺は愕然とする。


 彼は正装を纏い、長い前髪をしっかりと上げていた。


 普段は隠された切れ長の蒼い瞳の上、すっと筆の先を走らせたような細い眉が見える。


 ――こんなに身嗜みを整えた彼を見たのはいつぶりだろう。


 王子の食事会ですら正装なんてしていないのに。


「え、えぇと……」


 彼はテーブルの横に立っており、戸惑う俺に構わず椅子を引く。


 え、座れってことか? いや、王子が王子に椅子を引くか? 引かないだろ!


 混乱していると、ラントヴィーはふっと笑った。


「そこにいるのだろう? 白薔薇ヴァルコローゼ


「……ッ!」


 衝撃が足の先から頭の上までを突き抜け、俺はひゅっと喉を鳴らして息を呑む。


 心臓がどくどくと脈打って嫌な汗が滲んだ。


 ラントヴィーの眼は確かに、リリティアのほうへと向いていたのである。


 ラントヴィー……やっぱり、お前なのか? お前が――アルを……?


 咄嗟にリリティアを背に庇うと――彼女は静かに俺の腕に触れ、前に出た。


「ほう、私を感じたか。……初めましてと言えばいいか?」


 ふわりと揺れる紅色のケープ。


 瞳を蒼く光らせたリリティアが不敵に笑う。……聖域を解いたんだ。


 対するラントヴィーはふるりと体を震わせると、恭しく頭を下げ「お目にかかれて光栄です」と言った。


「……私が同席する茶会など滅多にないぞ?」


 リリティアは優雅に椅子に腰掛け、ラントヴィーが一歩下がる。


 彼女はそれを見て、俺を振り返った。


「リヒト。お前も座れ。せっかく招かれたのだ、楽しもうはないか」


「え、あ、ああ……」


 俺は慌てて彼女の隣に座る。思わずラントヴィーを窺うと、鼻先で笑われた。


「……そんな眼で見るなリヒトルディン。菓子も茶も最高級だ、毒もない。安心しろ」


「そ、そんな眼って……どんな眼……」


「とりあえず白薔薇ヴァルコローゼ、紅茶が冷めないうちに楽しんでいただきたい」


 ぐ……。


 言っておきながら俺をさっぱりと無視したラントヴィーに、思わず顔を顰める。


 リリティアは俺を見てくすくすと笑うと、優雅な所作で迷いなく紅茶を口にした。


 ……王女たちの誰よりも、優雅だった。


「いい香りだ――単刀直入に聞こう。黒いダガーを隠したのはお前か?」


 そして、彼女は静かに問い掛ける。


 ラントヴィーは少しも躊躇わず、眉ひとつ動かさずに頷いた。


「そうだ。……あのダガーは穢れた状態で、俺ではどうにもできなかった。危険だと判断し咄嗟に隠したが……穢れた侍女にすら見えてしまったようだ。未熟な術で申し訳ない。――先に知りたい。アルシュレイは無事なのか?」


 ……え、ど、どういうことだ?


 俺は驚いて、手にカップを持ったまま固まった。


「案ずるな。第一王子とやらは私の聖域に匿っている。……お前が怪しいと踏んでいたが……違うと言いたいようだな。さて、これはどうしたものか」


 リリティアがわざとらしいため息をこぼすと、ラントヴィーは薄い唇の端を持ち上げる。


「それなら俺は力になれる、白薔薇ヴァルコローゼ。『誰がやったかを知っている』からな」


「なに?」


 クッキーを摘まむリリティアの眉がぴくりと動く。


 けど、俺はわざとガチャンと音を立ててカップを置いた。


「ちょっと待て。話をどんどん進めないでくれないかな。ラントヴィー……どうして白薔薇ヴァルコローゼのことを知ってるんだ? アルを襲った奴のことも、ちゃんとわかるように説明してくれよ」


 俺が言うと、彼は紅茶をひとくち含んでからじっくりとリリティアを眺めた。


 本当にそこに彼女がいるのだと……まだ信じ切れないのかもしれない。


白薔薇ヴァルコローゼ、君の認識とは違うかもしれないが、話をしても?」


「構わない。齟齬そごがあればすり合わせよう」


「……では」


 そう言って……ラントヴィーは紅茶で喉を潤すと話し始めた。

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