クルーガロンド③
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訓練場があるのは騎士たちが生活している第五片の一階だ。屋内と屋外があり、俺たち王子の剣術の授業もそこで行われる。
屋内訓練場は壁に沿って大きな鏡が設けられ己の型を確認することができるようになっていて、屋外訓練場は大小さまざまな人形が用意され剣術を磨くのに使用されていた。
当然、普段ここを使うのは騎士たちだ。
鍛錬に励んでいた彼らは俺たちに気付くと、ざわめきながら場を空けてくれた。
俺の腫れた左頬にぎょっとする奴もいるけど、気持ちはわかる。
『――訓練場は多少綺麗になったが――変わらぬな』
リリティアがほうとため息をこぼしているのを横目に、俺は騎士たちに「すまない」と告げながら第三王子クルーガロンドを追い掛けた。
彼は屋内訓練場の中心でくるりと振り返ると、太い腕を組む。
「おい、どいつでもいい。剣と盾を貸せ! 実戦用のものだ!」
一番近くにいた騎士が慌てて自分の武器を差し出すと、彼はむしり取るような動作でそれを引ったくりガンと打ち鳴らした。
訓練用の武器ではなく真剣。クルーガロンドの奴、相当お怒りらしい。
『ま、まさか真剣でやるつもりなのか? 鎧も装備せず?』
青ざめるリリティアに俺は肩を竦めてみせる。
さすがに厚手の革の鞘に収めたままにするんだけど、怪我――主に打撲や骨折だな――の確率が格段に跳ね上がるのは事実だ。
訓練用の剣は軽すぎるので、熟練の騎士たちはこうやって打ち合うことも多い。
斬れないように刃を潰したものを使用したこともあるそうだけど、重傷者が出て以来この形に落ち着いたらしい。
……この方法による刃こぼれについては考慮されていないんだけどな。
「あ、あの、リヒトルディン王子――」
俺の近くにいた別の騎士が慌てて武器を差し出してくれるけど――俺は首を振る。
「ああ、すまない。今日はこれで戦うから大丈夫。クルーガロンドの剣の鞘と俺のダガーに合う鞘、準備してもらえるかな」
腰に下げたダガーを撫でると、彼は困った顔をした。
『大丈夫?』みたいな反応をするのは止めてほしいなぁ。
ちなみに鍛錬中の騎士は甲冑を着ていないので顔が見えている。俺たちに付いてきた騎士は兜を被っているので、ほかの騎士たちと一緒に少し離れた場所にいるのが一目瞭然だ。
『鞘を装着するのか――しかし――いや、もうなにも言うまい』
リリティアは不安そうだけど、覚悟は決めてくれたらしい。
いまは声を掛けてあげられないので見ていてもらうしかないけど、俺は小さく頷いてみせる。
大丈夫。なんとかなる、きっと。
「――おい『出来損ないのリヒト』。いい物をくれてやる」
そのとき、クルーガロンドが剣を左手に持ち、右手でなにかを投げて寄越した。
どこに隠していたのか――がらん、と転がったそれに俺は目を瞠る。
「クルーガロンド、お前、これ――!」
――それは。リリティアを磔にし、第一王子アルシュレイ=ヴァルコローゼを呪ったはずの黒いダガー。
「犯人の手掛かりだからな。俺が預かっていた。――お前にぴったりだろう?」
「――確かに俺はダガーを使うけど……」
さすがにそれを使う気にはなれない。
辞退しようとした瞬間、リリティアがそっと俺の背に触れた。
『リヒト。もう止めはしないが――あれは呪いを浄化できる封印具――器なんだ。持っておけ』
「…………ええと」
そういえばそんなことを聞いた気がするな――でも、封印具って確か
とにかく、そう言われたら拾わないわけにもいかない。
俺は黒いダガーを紅色の手袋が嵌まった左手で拾うと、右手で自分のダガーを抜いた。
盾みたいに使えるし格好良いから二本使いの練習をしていることは確かなんだけど……まさかこんな形で披露することになるとは。
……そこに、鞘を頼んだ騎士が戻ってきた。
彼は俺のダガーに慣れた手付きでささっと革の鞘を装着すると、頭を下げて離れる。
どういうわけか、ちゃんと二本分持ってきてくれていたのはありがたい。
「それじゃあこのダガー、使わせてもらうよ。――いいぞ、クルーガロンド」
俺はすぅ、と息を吸い、右手を引いて左手を前にダガーを構え、膝を緩く曲げた。
同じく鞘を装着したクルーガロンドはギラギラした蒼い瞳で俺をじっくりと観察し、唇の端をゆっくりと持ち上げていく。
静寂が満ち充ちて、緊張感が高まっていく。
――俺たちは同時に踏み切った。
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