クルーガロンド①
******
部屋に戻った俺たちは廊下が騒がしいことに気付いた。
『……! ……ッ!』
なにを言っているのかはわからないけど、誰かが言い争っているように聞こえる。
こんなときになにやってるんだよ……?
アルの隣に本をそっと置いて、俺はリリティアに目配せしてから扉を開けた。
「……り、リヒトルディン王子……」
部屋の扉を守るように立っていた騎士が、ガチャリと鎧を擦り合わせて振り返る。
「……これ、なんの騒ぎかな?」
騎士は俺の問い掛けにまたもや鎧をガチャリと鳴らし、困っていますと言わんばかりの声で答えた――んだけど。
「それが、どうやらその……クルーガロンド王子がラントヴィー王子に……その、喧嘩……いえ、なにかお話を……」
「なんだって⁉」
俺はぎょっとして慌てて部屋から飛び出した。
廊下には深い蒼色の絨毯が一面に敷かれ、壁際の部分は白い糸で薔薇の刺繍が施されている。
壁にはランプが等間隔に並んでいるが、いまは昼間なので灯っていなかった。
『面倒なことになったな。あまり揉めると私たちの行動に支障が出るかもしれん』
リリティアが呆れたように言うけど……いやいや、本当に待ってほしい。
クルーガロンドのことだから、ラントヴィーに怪我でもさせてしまうかもしれない。
こんなときにそんなことされたら、ほかの王子と話すことすら難しくなる可能性もある。
『……ッ! ……!』
聞こえてくる怒鳴り声から察するに、第一片と第二片を繋ぐ渡り廊下あたりにいるのだろう。
俺はため息を付いた。
「……とすると、あの怒鳴り声はクルーガロンドか……はぁ、もうなにやってるんだよ……」
思わずこぼして駆け出した俺の後ろからリリティアが付いてきて、さらにその後ろ、騎士がガッチャガッチャと走ってくる。
……そうか、俺の傍にいないといけないんだもんな、あの騎士。
仕方ないとは思うけれど、少し可哀想な気もする。
――そんなことを考えながら緩やかな曲線を描く建物の廊下を抜けると、目的の人物たちはすぐに見つかった。
短めの髪をきっちり撫でつけた大男、第三王子クルーガロンド。
そして、前髪を含めたすべての髪――緩やかに弧を重ねている――を長めに整えた細身の男、第二王子ラントヴィー。
「……おい、なんとか言えよ第二王子ラントヴィー!」
「…………」
ラントヴィーよりもクルーガロンドのほうが親指の長さだけ背が高いが、体格に至っては二回りは違うので威圧感も凄まじい。
にも関わらず胸倉を掴まれたラントヴィーは無言。さらにはその前髪の下から、臆すことなく冷ややかな眼光でクルーガロンドを射貫いていた。
……ん、なんか思っている状況と違うな。
てっきりクルーガロンドが優勢に立っているものと思ったのに、なかなかどうして……ラントヴィーの纏う空気のほうが強い気さえする。
ラントヴィーは普段から物静かだけど、ここまで冷たい空気なのは珍しかった。
彼らの近くにはおろおろする甲冑の騎士がふたりいるが、あれも俺の後ろの騎士と同じ――憐れな護衛役だろう。
「お前がアルシュレイを襲ったんだろう? 第二王子様よ?」
クルーガロンドは額に青筋を立てながら、目を血走らせている。頭に血が上っているらしい。
『――まずいなリヒト。あのでかぶつ下手をすると穢れを生むぞ。なんとかして止めなければ』
隣のリリティアが切羽詰まった声で言うので、俺は走る速さを上げることで了承を示す。
そのとき、ラントヴィーが地を這うような低い声で言った。
「頭を冷やせ馬鹿者が。俺がやった証拠がどこにある?」
「はっ! 隠れていやがったろう!」
「……話にならん。退け」
「誰がお前の言うことを聞くか。アルシュレイはどうした」
「……無駄な時間を消費するつもりはない。退け」
「……このッ」
クルーガロンドが腕を振り上げる瞬間、どうにか間に合った俺は両手を伸ばして飛び付いた。
「やめろクルーガロンド!」
そのまま振り上げられた拳を掴み、後ろに思い切り引く。
「ぐ……ッ、誰だ、放せ――!」
クルーガロンドが吊り上がったキツい眼を俺に向け、はっと息を呑んだのがわかる。
「『出来損ないのリヒト』――!」
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