ヴァルコローゼ②
――どこか埃っぽい空気が溜まる地下通路を抜け、俺たちが出てきたのは巨大な書庫だった。
第四片の一画、一階と二階をぶち抜いて造られたその部屋には、ずらりと本棚が並んでいる。
部屋全体を見渡すことが難しいほどの暗闇のなか、本が浮かび上がっているようなその光景は圧巻だ。
「……すごい……」
予想通りとはいえ、開かずの扉の向こうがこんなふうになっていたなんて信じられないな。
思わずこぼすと、リリティアは手近な本を一冊抜き取りそっと表紙を捲った。
「うむ。保存状態も申し分ない。……閉ざされていたのが功を奏したのかもしれぬな」
彼女は本を戻すと、小さく息を吸い――。
「……灯れ」
「お、おお……」
リリティアの大きな蒼い瞳が光を纏うと、書庫が一気に明るくなった。
それは淡い光で……そうだな、レース越しの月の光みたいだ。
なにが光っているのかと聞かれてもわからないんだけど――綺麗なことは確かである。
「よし。あまり明るくはできないが、これで読むのには困らないだろう。……さあリヒト、まずは私が贄にされたあと、なにがあったのかを調べるぞ。
「わかった」
俺は頷いて、まずは『神聖王国ヴァルコローゼ』の歴史に関わりそうな本を探すことにする。
俺の背より高い本棚を順番に見て回るしかないけど――この量だからなぁ。
背表紙をざっと眺めるだけでもかなり時間が掛かりそうだ。
神世から続く国だって言われているけど、考えてみたらユルクシュトル王より前の時代の話はあまり聞いたことがない。……そういう話も見つけられたら、アルシュレイが喜ぶかも。
……しばらくすると、離れたところにいたリリティアが言った。
「リヒト。どうやらここは私が贄にされてからそう経たないうちに閉鎖されたようだ」
「え? そんなことわかるのか?」
「どれもこれも作られたのが第一王子ユルクシュトルが王の時代か、それ以前のようだからな……やはり私が贄にされてからなにかあったのだろう」
「……ユルクシュトル王ね……よく授業に出てきたんだよな。国を愛するが故に容赦ない王で、たくさんの妃がいたとかなんとか……傍若無人だって話もあれば、優しく有能だったなんて話もある。
ユルクシュトル王のことを俺が覚えていたのは、アルのお陰だろう。
そして、彼は悲劇の王でもあるのだ。
傍若無人になった彼の王は、次に王になる者によってその命を奪われるのだ。
「たくさんの妃? なんだそれは……歴代の王はただひとりの妃を娶っていたはずだが――ん、リヒト、見ろ。噂をすればこの絵画――歴代の王たちだ」
「絵画?」
考えを巡らせているとリリティアに呼ばれ、俺は我に返って本棚から顔を上げた。
行ってみると……本棚と本棚の間に俺の胸元まである絵が何枚も重ねて立て掛けられている。
俺はそっと絵を動かして覗き込み――息を呑んだ。
「これって――」
「リヒトと同じ蒼い黒髪と明るい翠の瞳だろう? 王になると絵画が贈られるはずだが――ふむ。ユルクシュトルのものはないようだな」
そう。そこには俺と同じ髪色と瞳を持つ王が描かれていたのである。
「ユルクシュトル王というか……それ以降の王の絵画すら見たことないよ」
俺はそう応えてから、思わずふるり、と体を揺すった。
こんなにもはっきりと描かれているのに、蒼い黒髪と明るい翠の瞳を持つ王たちの存在はいままでずっと隠されていたってことだよな? そこまでして隠したい理由があったのか?
「……ふむ。ここまであからさまに隠されているのも気になる。
リリティアが難しい顔をして言うので、俺は頷いて、再び手近な背表紙を順に辿り始めた。
そして――ある本でふと手を止める。その黒い本の背表紙にはなにも記載がなかったんだ。
なんだ、この本?
引っ張り出して開いてみると――それは重い文で始まっていた。
其は偽りの王、ユルクシュトル。
「……リリティア。これ、ちょっと見てくれるか」
背中を冷たい手で撫でられたような気分だった。……なんだよ、これ。
俺はリリティアに本を差し出す。すると、彼女は本を開く前から目を瞠った。
「これは聖域だ。この本は祝福によって隠されている。――私の一族の誰かが書いたのか……?」
ん……祝福によって隠されている?
一瞬なにか違和感を覚えたけれど、それは形にならずに消えてしまう。
そのあいだに本を受け取ったリリティアはいそいそと表紙を開き、最初の文にきゅっと眉根を寄せると――俺に向かって頷いた。
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