リリティア①

******


「わかった――なんでもするッ! だからアルを……アルシュレイを助けてくれッ!」


 ――俺が叫んだ、その瞬間。


 彼女は紅色のケープを払いのけ、大きく両腕を広げた。


「お前が助けるのはそれだけではない! 受け止めよ! 己が身を器として呪いを封じ込めることあたわずは、この国の滅びと知れ!」


 白銀の髪と蒼い瞳をした白薔薇ヴァルコローゼと名乗る女性によって、その日――俺は呪われた。


******


 神聖王国ヴァルコローゼ。


 その始まりは遥か昔、神世と呼ばれる神様たちがいた時代だといわれている。


 白薔薇ヴァルコローゼの女神の加護を受け、聖女が王を助けたという伝説が各地に残っている古い国なんだ。


 いまも国自体が女神の加護を受けているなんて話も多く、国民は祝日に白い薔薇やそれを模したものを飾る風習がある。


 絡み合って円を描くいばらとその中心で大きく花開くふたつの白い薔薇が国の紋章であり、王の居城も白い薔薇を彷彿とさせる佇まいとくれば、女神信仰も相当なものだよな。


 ――けれど。


 第五王子である俺、齢二十のリヒトルディン=ヴァルコローゼは『出来損ない』だった。


 ほかの王族たちは美しい白銀の髪をしているというのに、俺は蒼に近い黒髪。


 ほかの王族たちは宝石のような深い蒼の瞳をしているというのに、俺は明るい翠の瞳。


 真面目に勉強するよりは、泥遊びをするほうが好きだし。


 長剣と盾で綺麗な型を演じるよりも、ダガーで汚く戦うほうが好きだし。


 王族たる言葉遣いよりも、民と同じ目線で同じように話すほうが好きだった。


 当然、「お前には白薔薇ヴァルコローゼの女神の加護がない」と馬鹿にされ、王にもなれないとはっきりしている。なら好きに生きたっていいだろ? ――そうだよな。


 だから『出来損ないのリヒト』なんて呼ばれても俺は気にしない。


 むしろ、なんとかなるさ! なんて持ち前の楽観的な考えでのらりくらりと生きてきたんだ。


 ――でも。そんな『出来損ない』の俺にだって気の置けない親友はいる。


 それが将来を約束された第一王子っていうんだから、驚くだろ?


 彼の名はアルシュレイ=ヴァルコローゼ。


 アルは勉強も戦闘もほぼ完璧な齢二十八になる俺の異母兄弟だ。


 彼が王になるなら神聖王国ヴァルコローゼは安泰だと誰もが認めるすごい奴で、俺はアルを影で支える立ち位置に就こうと思っていたりする。


 だけど――アルは変わり者でもあった。


 勉学に励む傍ら、僅かに得られる自分の時間にこの国の『禁忌』を調べることを趣味としていたからだ。


 触れてはいけないものに触れたがる、それが第一王子アルシュレイ=ヴァルコローゼなのだ。


 うーん……なんていうか、俺とは気が合ったんだよな。


 かたや、王族から外れた『出来損ない』。かたや、国の禁忌に触れたがる正当な王族。


 変わり者なのは一緒だったからさ。


 そんなわけで、アルは俺を親友だと言ってくれて『禁忌』を紐解くために俺を呼んでは仮説や実験結果を語り、調査の依頼をしてくれた。


 俺はそれに応えるために、頼まれた調査のほかにも城の内外で気になった物や場所、侍女や騎士、町に住まう人々が密やかに交わす噂話を提供している。


 ……今日だってそうだ。俺は調査報告をしようと昼間のうちにアルと約束を交わし、星々が瞬く夜中にランプの灯りだけが揺らめく薄暗い廊下をひっそり渡って彼の部屋に行った。


 それなのに。俺がいつものようにトトンと軽いノックをしてから扉を開けると――アルが部屋の真ん中に倒れ伏していたんだ。


 その隣には黒いダガーが落ちていて、彼の右半身はどす黒く変色していた。


「アル⁉ ……うぐっ」


 駆け寄ると同時に強烈な腐臭が鼻を突いて、俺は思わず左手の袖を鼻と口に押し当てる。


「……リヒト……」


 アルは左目だけを薄く開けて俺を呼び、黒くなった右腕を弱々しく持ち上げた。


 その手には手のひらに収まるくらいの古めかしい鈍色の鍵がひとつ。


「……ッ、どうしたんだ、なにがあった、アル!」


 咄嗟にその手を取ると、腐敗した腕はべっとりしていて、ぶよぶよとしたあるまじき感触を伝えてくる。


 なんだよ、これ……! こんな病気、見たことないぞ――!


 焦燥に駆られ視線を巡らせる俺に、アルシュレイは苦しそうに呟いた。


「――逃げろ、リヒト。僕たちは、嵌められた……」

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