第280話 謝神祭

「えへへ~」


 上機嫌に俺とリンネの間に挟まれているのは宿屋の娘のラムである。俺たちは手を繋いで連れだって歩いていた。しかし、謝神祭当日ということで出店が多く立ち並び、人の群れが列をなしているため、かなり遅々とした動きだ。


 ラムは手伝いと言っても本当に忙しくなると、まだまだ小さいラムでは邪魔になってしまうので、祭を楽しむ俺たちが彼女を預かる事を願い出たのだ。


「本当に宜しいんですか?」

「ああ。構わない」


 ラムの母親であるレイムはかなり恐縮していたが、俺たちが乗り気である事が分かると、最後には預かる事を了承してくれたのだった。


 俺達はゴンドラに乗って水路に入り、中央水路に進路の舵をきる。


 謝神祭ということもあって何の変哲もない日常に比べて出店の数が滅茶苦茶多く、中央水路の両脇を出店船が埋め尽くしていると言っても過言ではない程だ。


「お店が一杯!!」

「なんだ?見たことがあるんじゃないのか?」


 中央水路に辿り着いてズラリと並ぶ屋台船を見てラムが目を輝かせているので、不思議に思った俺はラムを見下ろして問いかける。


「ん~。おウチ忙しいし、私はいつもお部屋でお留守番なの」


 俺の質問に口元に人差し指を当てて空を見上げながら答えた。


 ラムは宿屋の娘。こういう時こそ稼ぎ時だろうからな。忙しくてほとんど構ってやることもできないだろう。それも考えると尚更今日は預かることが出来て良かったと思った。


「そうだったのか。来れてよかったな?」

「うん!!」


 そう言って正面に座るラムに笑いかけて頭を撫でると、彼女は俺にニコリと笑い返した。


 本当に子供ってのは何でこんなにも可愛いんだろうな。


「ラム、何か欲しいものがあったら言うのよ?」

「いいのぉ?」


 リンネが優しい聖母のような笑みを浮かべてラムを見つめると、ラムは少し遠慮気味の表情をしながらリンネを見返す。


 少しモジモジしていて、ホントは寄ってみたいお店があることが丸わかりだ。


「私たちはこれでもお金持ちだから大丈夫よ。遠慮なんかしなくていいわ」

「やったぁ!!あっ!?」


 リンネの言葉に、嬉しくなったラムがバッとその場に立ちあがって喜びを表現しようとすると、船の上のなのでバランスを崩して倒れそうになる。


「ほらほら、船の上で暴れた危ないぞ」

「えへへ、ごめんなさーい」


 俺が慌ててラムの体を支えてやったら、彼女は頭を掻いて照れ笑いを浮かべた。


 しょうがない子だなぁ。


「キュルルルルルルルッ(あんたたち本当に家族みたいね)」


 メグも少し振り返り、俺たちを優しい瞳で見つめながらそんなことを呟いていた。


「ほら、何を見て見たいのかしら?」

「んーとねぇ、あれ!!」


 俺に元の位置に座らされた後、リンネが再度聞き返すと、ラムは両脇の屋台船を見回して一つの船を指さした。


「なんの店だろう」

「行ってみましょ」


 俺たちは一つの屋台に船を近づける。


「らっしゃい」


 そこには滅茶苦茶渋いおっさんが座っていた。


 店に並んでいるのとうもろこしに茶褐色のソースをかけて焼いている食べ物。香ばしい香りを漂わせ、日本人の俺がついつい誘われてしまう匂いを放つその料理は、そう、その名も焼きとうもろこしだった。


「ラム、これが食べたいの?」

「うん、食べたーい」


 ラムはゴンドラから身を乗り出して焼きとうもろこしを涎を垂らしながら見つめて呟く。


 こりゃあかなり好きな食べ物なんだな。


「これはなんていう食べ物だ?」

「焼きモロコシだ」


 店主にトウモロコシの名前を尋ねると、まんまな名前が帰ってきた。


「焼きモロコシを三つくれ」

「あいよ」


 俺は人数分の焼きモロコシを購入すると、二人に一本ずつ渡した。


『いただきます!!』


 俺たちは中央水路の先に進みながら焼きモロコシを頬ぼる。甘みのある実と消費の香ばしい塩気がマッチして美味い。俺の場合郷愁が入って尚更に美味さを感じている。


「うまうま」

「おいしいわね」


 ラムとリンネも隣あって並び、美味しそうにモグモグと食べている。しゃくしゃくと食べている姿は親リスと子リスみたいだ。


 俺たちはモロコシを堪能し終えると、色々な店を冷かしたり、時には商品を購入しながら進み、メイン会場である海に辿り着いた。そこには俺たちのような観光客も地元民も含め、沢山のゴンドラが集まっていて圧巻だった。


 俺達のゴンドラは主催者がいる大きなゴンドラの方へと向かって進んでいく。


「おお、これはケンゴ殿。よくぞいらっしゃいました」

「ああ、時間は問題ないか?」

「ええ、大丈夫です」


 俺達がラムを抱えて大きなゴンドラに飛び乗ると、女王が出迎えてくれた。


 そこから遂に謝神祭の儀式が始まる。巫女である女王が感謝の祈りの歌を海に向けて捧げ、踊り子たちによる舞が奉納された。


「これより、SSSランク冒険者ケンゴ様による神降臨の儀式を執り行う」


 その言葉が全体に広がると同時に、ざわざわと騒ぎ始める。


「それではケンゴ様お願いいたします」

「わかった」


―ブォオオオオオオオオンッ


 昨日同様角笛が地響きのような重低音を鳴らした。


―ザザザザザザザザザザザッ


 数秒後水を切るような音が辺りに響き始める。そしてその音の元には巨大な背びれが顔を出していた。


―ザパーンッ!!


 リヴァイアサンは二百メートル程離れた場所で天に上るように頭から首まで飛び出して、鎌首をもたげた。


「おお……神様……」

「アレが神……」

「なんと偉大なお姿……」


 その姿を見た地元の人間たちは、何も言わずとも片膝をついて頭を下げ、祈りをささげた。


「神よ、今もなお見守ってくださり、ありがとうございます」


 女王がそう言って頭を下げると、リヴァイアサンは再び海の中へと潜り、姿を消した。


「ケンゴ様のお力により、再び我らの元に神が降臨された。これは慶事である!!今日この日は無礼講。皆の者、飲めや歌えや騒げ!!余が許す!!」

『うぉおおおおおおおおおおおお!!』


 女王が余所行きの言葉で集まった民衆に聞こえるように叫ぶと、それに応えるように民衆の声が爆発した。


 その後、謝神祭は町中を巻き込んだ飲めや歌えや騒げの大宴会へと様相を移していった。

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