第269話 実食

「ぜひとも礼をさせてほしい!!」

「そうだそうだ!!頼む!!」


 という街の人の声が大きかったんだが、別に仕事として受けたわけじゃないし、美味い物欲しさに倒しただけなので、俺とリンネは丁重にお断りして橋を渡り切り、橋の上の街を後にした。


 リンネとののんびりした旅の邪魔をされたくないという気持ちもあったけどな。皆で騒いで飲むのも悪くはないが、新婚旅行なので彼女との時間を優先したい。


「滅茶苦茶感謝されたな」

「そりゃそうでしょうね。毎年の被害は結構大きいのに、今年はゼロなんだから」

「そんなもんか」


 中々引いてくれなかった街の人たちがだったが、なんとか物品でお土産をもらうことで彼らの気持ちを満たすことにした。その結果、デスマーク以外にもこの川で取れる川の幸をたらふく頂くことのなった。


 おかげで俺たちはホクホク顔で旅を続けることが出来る。


 騒動に巻き込まれたことで、橋を渡り切って暫く進んだところで辺りが暗くなってきた。


 別にこの馬車は暗闇の中でも進むことが出来るし、なんなら俺は夜目も効くので進んでも構わないんだが、それでは旅の醍醐味である野営や、旅そのものの風情を味わえない気がするので、俺達は街道から少し離れた所で野営の準備を始めた。


「今日は早速デスマーク尽くしの料理を食べたいと思う」

「やったわね!!」


 馬車の近くに大きめのテントを張り、簡易のテーブルなどを倉庫から取り出して料理を始める。いつもならバレッタに色々やってもらうのだが、たまには二人で何かを作って食べるのも悪くないということになった。


 とはいえ、リンネはそこまでデスマークの料理について知らなかったので、主に俺が地球で食べたものを再現していくことになる。リンネには俺の指示通りに動いてもらうしかないだろう。


 今回作るのは、マグロの刺身、ユッケ、山掛け、寿司、炙り、カツ、カルパッチョ、和え物、竜田揚げ、角煮だ。


 全部食べ切れなくても倉庫に入れておけばいいので、沢山作ってしまう。とはいえ、リンネは女性として、というよりは人としてかなり食べる方なのであまり心配してはいない。


 リンネには捌くのを担当してもらう。


 元々冒険者として野営などをしていた彼女はある程度自炊も可能だ。壊滅的な料理の腕前ということはない。


「よし、リンネ、デスマークを捌いてくれ」

「分かったわ!!」


 俺はデスマークを出して俺が指示する通りに目の前で解体ショーをしてもらった。そして各部位の切り身を料理に合わせた切り方で切っておいてもらう。剣舞のように美しく、身が切り開かれていく様は流石だな。


 俺はその間に調味料や付け合わせの準備を進め、その後リンネが捌いた食材をできたモノから仕込んでいった。


 そして全ての料理の仕込みが終わり、順繰り料理を作っていく。結局全ての料理が作り終わるころには日がとっぷりと落ち、周りは星と月の光以外暗闇に閉ざされていた。


「結構時間かかっちゃったな」

「そうだけど、美味しい料理には変えられないわ!!」


 俺は料理を並べながら呟くと同じようにテーブルに料理を並べるリンネが興奮しながら声を上げる。


 本当に地球の料理の虜になってしまっているな。こっちの料理の質が低いことが多いせいなんだろうけど。


「それじゃあ、いただきますか!!」

「そうしましょう!!」

『いただきます!!』


 料理を並べ終えた俺たちは早速今日獲れたばかりのデスマーク料理に舌鼓を打つべく、食前の挨拶を行った。


「にゃおおおおおおおおおおおおおん(まってぇええええええええええええ!!)」


 しかし、料理に箸をつけようとした瞬間、どこからともなく鳴き声が聞こえる。俺達がキョロキョロしていると上に反応が引っかかった。上を見上げると、見慣れたモフモフ尻尾を持つ獣が降ってくる。


「あれは……」


 さらに近づいてきてその輪郭が明確になり、実態が露になる。


「イナホじゃない!!」


 リンネはその姿を見るなり叫んだ。イナホは尻尾を大きく広げて減速し、クルクルと回って俺の頭の上に着地した。


『そうだよ~。美味しそうな気配がしたから連れてきてもらったよ』


 そしてリンネの叫びの答えるかのようにどや顔でそう念話で伝えてきた。


 はぁ……リンネとの新婚旅行だというのに全く仕方ない奴だ。


「仕方がないやつだな」

「そうね、ふふふ」


 俺とリンネはそんなイナホにお互い顔を見合わせて笑いあった。


 それから俺たちはイナホを交えてデスマーク料理を堪能し、風呂などを済ませてから、出会った日のように二人と一匹でテントで、川の字になって眠りについたのであった。

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