EX.7 獣人組と主君の秘密(カエデSide)

 私は今王都から出発して、馬車に揺られている。


 いや、全然揺れないんだがな?


「早い早い~」

「凄いね~」

「もう町がちっちゃくなっちゃった」

「にく~!!」


 子供たちが窓から身を乗り出してその速さにキャッキャッと感嘆の声を上げていた。今ではすっかり健康状態も良くなり、ガリガリだった体にも徐々に肉が付き始めている。


 私が救われたのも、この子たちが健康になったのも主君のおかげだ。


「俺が何かしたわけじゃない」と主君は言っていたが、私にスキル書を与えてくれたのは主君だし、薬を提供してくれたのも、バレッタが作った料理を振る舞ってくれたのも、こんな常識外れの馬車や、この馬車さえどうでもいいレベルに思えるくらい巨大な乗り物へと私たちを受け入れてくれたのも主君だ。


 確かにどれも主君自身の力ではないかもしれないが、そのどれもの所有者となった主君が、私たちに与えることがなければどうしようもなかった。


 だからそれは主君のおかげに違いなかった。


 思えば、初めてこの馬車を見せられた日が最近にも拘らず、ひどく懐かしい。


 私はその日の事を思い出していた。




「ちょっと話があるんだが、いいか?」


 主君が神妙な顔つきで私に向かってそう言った。


「ああ。問題ないが、どうしたんだ?」

「できれば子供たちも一緒に話を聞いてほしいんだが……」

「いいぞ。子供たちは教会で大人しくしているはずだ」

「わかった。それじゃあ行こうか」

「ああ」


 なにやら子供たちも一緒に真面目な話をしたいらしい。


 是非もないので私はすぐに了承し、私たち―私、主君、奥方様、イナホの四人―は、スラムの教会と向かった。


「子供たちをここに連れてきてくれ」

「え?でも?」

「大丈夫だから」

「分かりました」


 教会に着くと主君が子供たちを教会の庭へと連れてくるように私に告げた。


 流石にスラムで子供たちの姿を晒すのは非常にマズい。人攫いにあったり、暴力を受けたりするの可能性があるのだ。


 だから最初は渋ったのだが、主君が真面目な顔で頷くので、渋々頷いて子供たちを連れてくることにした。


 子供たちは素直を私の後に付いてきて主君たちの前に私と一緒に並んだ。


「皆来てくれたようだな」

「あ、旨そうなおっちゃん!!」

「ホントだ、旨そうなおじさんだ!!」

「食べものまたくれるの?旨そうなおっさん!!」

「食べていい?旨そうなおっさん!!」


 主君の声に子供たちが気づいて主君の周りをワイワイガヤガヤと囲んで騒ぎだす。


 命の恩人である主君にあんな態度をとるのはいささか不敬なのだが、これも主君の意向なので何も言うことはない。


 それにしても完全に懐いたものだ。旨そうな人として定着してしまったのはどうかと思うが。


 確かに主君からはオーク肉の100倍は濃密で香しい匂いが放たれており、今にもどうにかなりそうなくらい美味そうに見えるが、わ、私はその程度のことに屈したりはしない!!


 じゅるり……。


 主君のそばにいるとよだれがあふれ出る。


 しょ、しょうがないんだ、体の反応を止めることはできないんだ。


 しかし……これだけ騒いでいるにも関わらず、教会の周りにいるスラム街の住人たちは私たちに見向きもしないな。


 一体どうなっているんだ?


「はっはっは。元気がいいな。ご飯は後で出してやるからひとまずカエデの横に並んでくれ」

『はーい』


 主君がなだめるように言うと、ササッと子供たちが私の横に並んだ。


 全くこの子たちと来たら……現金だな。


「コホンッ……今日は俺の秘密を教えておこうと思う。これから一緒に暮らしていくからな」


 主君は咳ばらいをすると真面目な顔をして言った。


 なんと!?主君の秘密だと!?


 確かに主君は圧倒的な強さを持ち、その上『限界突破』などという破格スキル書を私にすんなりと渡し、獣王やSSSランク冒険者である奥方様とも知り合っているなどというのは些か異常だ。


 その謎が明らかになるというのか!?


「その前に紹介しておこう。俺の恋人のリンネと、ペットのイナホだ」

「よろしくね!!」

「にゃーん(よろしく)」


 奥方様は髪の毛をファサーッとかきあげて、イナホ殿は俺の肩の上で前足を器用に上げて挨拶をした。


「きれいなお姉ちゃん!!」

「えぇ~、おっさんの恋人とか信じらんねぇ」

「このヌッコちゃんも可愛い」

「頭良い」


 子供たちは2人に目を奪われていた。


 奥方様は女神の如き容貌を持っているし、イナホ殿は私のようなおなじヌッコ系統の獣人にもわかるくらい愛らしい。


「ふふーん、二人は俺の自慢の家族だ」


 主君もとても鼻高々と言った様子だ。主君は時折酷く子供っぽい言動をされる。普段とそのギャップも中々可愛いものだ。私の方が年下なのに可愛いというのもおかしいが。


「お前たち、少し静かにしなさい。主君の話の途中だ」

『はーい』


 子供たちが騒ぎすぎているので私が釘をさす。


「ありがとう。二人の紹介も終わったから、まずはこれを見てもらおう」


 主君がそう言って取り出したのは、見たこともない洗練されたフォルムの馬車、と言っていいのかも分からない代物だった。


「ばしゃ?」

「ばしゃだよね?」

「ばしゃばしゃ」

「うまうま」


 子供たちは無邪気に反応していたが、私は声が出なかった。


 だってそうだろう?

 馬はなんだかよく分からないが、実物ではなく、精巧に作られた偽物だ。

 しかし、動きは馬そのもの。一体何なんだ?


 それにあの荷車?

 アレもかなり高度が技術で造られていることが覗える。


 より一層主君の謎が深まったのだが?


「それじゃあ、中を見せよう」

『わーい』


 主君の案内の元、私たちは馬車へと入っていく。主君が優しく手を差し伸べて私を含め馬車の中へと引き入れてくれた。


『すごーい!!』

「一体何がどうなって!?」


 子供たちも私も中に入った瞬間、驚き過ぎて何が何だか分からなくなった。


 中には私の想像をはるかに超えた現実が待っていたのだ。


 だって明らかに見た目では考えられない程広い空間と、今現在の獣人国の建築様式とは明らかに違う洗練された技術で構築された屋内、そして見たことも無い家具や機器類が無造作に設置されていた。


 どう見ても獣王様の城とさえ比べものにならない上質な部屋が馬車の中に広がっていたのだ。


「どうだ?凄いだろ?リンネも最初に乗った時は同じように驚いていたな」

「なっ。別にそんなこと言わなくてもいいでしょ!?」


 主君が自慢げに話しながら奥方様をからかうと、奥方様はムキーっと主君の胸をポカポカと叩いている。


 私たちの驚きを尻目に、相変わらず仲のいいお二人だ。


「それじゃあ、中を案内するな」


 ひとしきりじゃれ合いが終わると主君を先頭に馬車の中を案内された。


 私たちが最初に入ってきた部屋とは別に、台所や主寝室、私たちが使用するであろう個室、厠、それに大きなお風呂まであった。


 説明を聞く私は、どれもこれも見たことも聞いたこともないようなレベルの施設で、正直どんどん主君のことが分からなくなっていた。子供たちは無邪気に色々試していたようだが。


「馬車の中はひとまずこんな感じだな。お前たちも一緒に旅をすることもあるだろうから覚えておけよ」

『やったー!!』


 ひとしきり説明を終えて馬車から出てきた主君が満足そうに言い終えると、子供たちはぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜んだ。


 これで終わりなのだろうか。これだと謎が深まるばかりだ。


 そんな風に思っていると主君が口を開く。


「よーし、序盤はここで終わりだ。次が本番だぞ?俺の家を紹介しよう」

「え?」


 主君の言葉に私は意味が分からなくて固まってしまった。


 家だと!?ここ獣王国に家があるというのか?

 主君は見たところ普通の人間族だ。それなのに獣人国に家があるというのだろうか?


「皆俺の近くに集まってくれ。そして全員で手を繋ぐんだ」


 馬車を仕舞った主君の指示を受けて私たちは主君の周りに集まり、奥方様が主君の左手を、私が右手を握り、私の横に子供立ちが四人並んだ。


「それじゃあ、行くか」『帰投』


 主君がよく分からない言葉を呟くと、気づけば私たちはスラムとは一線を画した部屋に立っていた。馬車の内部の造りと似ているような気がするが、それ以上に複雑で高度な製造物が設置されている。


「おかえりなさいませ、ケンゴ様、奥方様。そして初めまして、カエデ様、そしてお子様方」


 呆然としていると、私たちの前から声がした。


 そこに居たのは奥方様と同等かそれ以上に整った容姿の女性、使用人が着るような服装に身を包み、美しい所作、いや美しすぎるカーテシーで私たちを迎えた。


 なんだろう、この方は人間なのだろうか。


 子供たちも事態が飲み込めず固まっている。


「私はこの船のメンテナンスから操縦、射撃、通信など、あらゆる作業をこなし、乗組員のお世話までを行う、パーフェクトなアンドロイドメイド、PM-4526型、個体名バレッタと申します。ケンゴ様にお仕えしております。意思をもった人形だと思っていただけると分かりやすいでしょうか。以後お見知りおきを」


 私の疑問に答えるかのように自己紹介をする彼女はバレッタというらしい。


 明らかに生きているようにしか見えない彼女は人形、つまり誰かに造られた存在であるという。どれほど高度な技術が必要になるのか分からないほど、難しいことは、門外漢の私でもわかる。


 普通に人間だと言ってくれた方がまだ納得がいくというものだ。


 もうそれからのことはあまり覚えていない。


 バレッタに施設内を案内してもらったのだが、あまりの情報量に私も子供たちも頭がパンク寸前で呆然するばかりであった。馬車など本当に序の口だったのだ。


 覚えているのは主君が理不尽にも国を追われ、この施設がある遺跡を訪れることになり、たまたまこの施設を手に入れることになったということ。そして今の主君の強さはここで受けた治療のおかげが大きいことと、馬車を含む便利な道具はこの施設にあったものだということだ。


 主君の秘密は分かったが、あまりにも現実離れしすぎていて消化に時間がかかりそうだ。

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