第19話 無意識に師匠ムーブをしてしまった男
「やっぱネットの流行とやらはよく分からんな」
「だな。あそこまで長文タイトルだと書籍化する時に大変だろうな……というかこれタイトルか?」
「分からん」
蒼空との騒動があったあと、家に戻ってきた俺は、創太と二人でパソコンの前で首を傾けた。
商業作家として、ネットの流行もちゃんと調べておいて損はない……ない、が……これってタイトルってか中身の説明文じゃないのか……?
「他にもざまあだったりとかハズレスキル系だったりだとか、復讐ものっぽいやつが流行ってるよな」
「あーダメだ。なんか俺書けそうにない」
「ざまあは要するに主人公がヒロイン候補の一人に振られてから物語が始まるってもんだから、考えようによってはオレはいけそう」
「ふむ……一度、ネット小説を書いてみるのもアリかもしれんな。なんでもかんでもやりもしないくせに批判だけするというのは俺のポリシーに反する」
読みもしないくせに通販サイトのレビューだけ見て俺の本を面白くないというバカどもは滅びろ。せめて読んでからつまらないと言え。
「アサヒ、ウェブ小説書くの?」
今日の分の苦手分野の勉強をどうにか一通り終えて、執筆をしていたいなりが俺たちの会話に反応し、顔を上げて問いかけてきた。
「まだ確定したわけじゃないが、執筆の練習にはなるだろうからな」
「仕事でも執筆してるのに……同じ人間だとは思えない。思いたくない」
なんて失礼な奴だ。
「師匠がネット小説……それならありとあらゆるネット小説を読めるガジェットを買って評価しまくって、ランキング上位に押し上げ、必ずや師匠をネット小説界の頂点に立たせてみせます! 神奈の家の名に懸けて!」
「やめろ! お前本気でやりそうで怖いんだよ!」
こんなことに家の名前を持ち出さないでほしい。
というか入った評価がほぼ知り合いなんて虚しいにもほどがある。
「ま、速筆のアサヒにはネット小説って案外合ってるのかもな」
「ふむ……軽い気持ちでなんとなく言ったが、本当に書いてみてもいいかもしれない」
顎に手を当てて思案する。
さっきも言った通り、執筆の練習になるし、デメリットらしいものはないしな。
「でも、ウェブ小説と商業作品って結構勝手が違うと思うよ」
「書き方だったり、だよな」
「縦書きの感覚のまま横書きにいくと読みづらくなりそうですよね」
「構成も一巻区切りで何章も書くよりも、とにかくコンパクトに一話一話を短く書いて短い時間でもサクッと読める方がいいみたいだしな」
「あとは毎日投稿を前提としたりだとかね」
そう言われれば、ますますネット小説という媒体は俺に向いているような気がしてきた。
「……まあ、今は新作の企画を書いたりだとかもちろん刊行中のシリーズの原稿だとかで執筆の練習は間に合ってるな」
ただの趣味での練習に時間を取られて、本業の方の執筆に遅れが出たら本末転倒だ。
興味はあるが、今はやめておいたほうがいいだろう。
「えー……師匠のウェブ小説、興味あったんですが……」
「そういうお前はどうなんだ?」
「なにがです?」
「ネット小説、挑戦してみる気はないのか?」
練習になるというのなら、作家志望の神奈にこそ相応しい媒体なんじゃないか?
構成の仕方が違うにしても、ネタ出しの速度だったり、流行の読み方だったり、勉強になることは多いはずだ。
「うーん……私はそこまで筆が速いわけじゃないので……興味はあるんですが」
「お前もいなりほどじゃないが執筆サボってゲームしてたりしてるの知ってるからな?」
執筆の速さ順で言うと恐らく、俺、創太=神奈、いなりの順番だ。
もっとも執筆速度というのは人によって本当に同じ奴はいないから、誰にどのぐらいの時間で書いてるかを聞いても参考にはならないだろうが。
「か、書くことはちゃんと書いてますし! 息抜きだって大事ですよ!」
「その通り。琥珀、いいことを言った」
「その結果今の惨状だろうが……」
どうやらこいつらの頭は都合の悪い部分を認識する機能がぶっ壊れているみたいだ。
神奈はよく知らんが、いなりは夏休みの課題をギリギリに片付けるタイプだからな。
「ネットでも頻繁に有名出版社がコンテストを開催してたりするし、投稿してれば打診もあるかもだし、昔と比べてかなりデビューがしやすくなったよなあ。コハクちゃんもやってみる価値はあるんじゃないの?」
「んー……でも、私はみんなと一緒の出版社で仕事がしたいです」
「特定の出版社一点狙いだと、ただでさえ低い確率がグッと落ちるぞ」
一年に数回しか公募はないのだから、そのやり方は作家志望にしては効率的とは言えないな。
「それでも、ですよ」
「その内LF文庫のネットでのコンテストもあると思うから、その時に備えて色々と書き溜めておくといいよ、琥珀」
「はい、そうします! よぉーし、やりますよぉー!」
えいえいおーと言わんばかりに拳を突き上げる神奈を、いなりと創太は微笑ましいものを見る目で眺めている。
ま、本人がそれでいいのなら、それでいいのか。
「お前、公募に出すにしてもレーベルカラーってもんをちゃんと考えてるか?」
「レーベルカラー、ですか?」
聞き覚えのない単語だと言わんばかりの反応だな。
「ああ。たとえば、このレーベルならこのジャンルが盛んだ、みたいなもんがあるんだよ」
その辺に置いてあった本を数冊適当に手に取る。
ちょうどレーベルがバラバラだ。
「ここのレーベルなら青春群像劇系が強いな。こっちは雑食」
「……なるほど」
「うちは雑色系だな。オレはラブコメ。いなりは青春群像劇、アサヒはラブコメと現代ファンタジー」
「つまりLF文庫に応募する限りはレーベルカラーはあまり考えなくていいけど、あまりニッチなジャンルは受かりづらいと思う」
神奈はLF文庫一択狙いだし、語る必要のない知識だったかもな。
まあ……、
「覚えておいて損はない、と思うぞ」
「はい、師匠!」
「なんか、今のお前師匠ぽかったな」
「うん。なんか板についてきたって感じ」
「なっ!?」
俺としたことが、すっかり絆されてしまってるのか!?
「俺はこいつを弟子だとは認めてない!」
「もーいいじゃないですかー。いい加減に弟子だと認めてくれても」
「お前なんでそんな頑なに拒むんだよ」
「そうだよ。もういいじゃない。ここまで師として慕ってくれてるんだから認めてあげても」
俺がどうしてずっとこいつを弟子として拒み続けているのか、か……。
正直なところ、自分でもよく分からない。
意固地になっているだけかもしれない。
「……俺だってまだまだなのに、人に教えるなんて大それたことが出来るはずもないだろ」
考えた結果、それっぽいことを口にしてお茶を濁す以外の選択肢が見つからなかった。
こいつが押しかけてきた時は、おだてられるままに弟子ぐらいにならしてもいいかぐらいには思ってたんだがな。
「まあ、お前を弟子だと認めた時は、名前の一つでも呼んでやる」
「それなら、その時が少しでも早く来るように、これからも私、頑張りますね!」
「はあーっ。めんどくせえな、アサヒは。オレならこんな可愛い子が弟子入り志願してきたら二つ返事でオーケーしちゃうぜ」
「その機会は創太には永遠にこないから、言うだけ無駄」
「んだとこらあっ!? おーしゲームで勝負だ! 泣かせてやらあ!」
「望むところ。逆に吠え面かかせてあげる」
「……これ幸いとばかりにサボろうとしてんじゃねえよ。仕事しろ」
吠え始めた創太の相手は俺と神奈で務めるとして、コントローラーを握ろうとしたいなりをインターセプトして、無理矢理仕事をさせるのだった。
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