学生作家の俺が、クラスメイトで作家志望の美少女となぜか同棲することになってしまった。

戸来 空朝

第1話 自称弟子と学生作家

『――ボツね』


「ボ……ボツ……? 三つとも全部が……?」


 たった今告げられた残酷な文言に、全身がわなわなと震えて、スマホを握った右手から力が抜けていく。


『そう、全部』


「ち、ちなみに何がダメだったんだ? 一緒に送った習作と相まって、自分では中々のクオリティの企画だと思ったんだが……」


 スマホ越しに、んー……と悩む声が聞こえてきて、電話の相手は再び口を開いた。


『はっきり言って、どれも微妙というか、どこがで見たことがあるような作品ばっかりだったわ』


「……つまり、世に出回っている人気作を髣髴とさせるほどクオリティが高く、出版しても問題はないという解釈をしてもいいわけだな」


 ふっ、さすがは俺。やはり超人気天才作家の二つ名は伊達じゃなかったか。

 と、無理矢理なロジックで自分を納得させていると、スマホ越しにはぁ、とため息が聞こえてきた。


「どうした? ため息をつくと幸せが逃げるぞ。また合コンに失敗したのか?」


『あんたの無駄にポジティブなメンタルに呆れてんのよ……というか次合コンのこと失敗したなんて言ったら締め切り早めるわよ』


「き、気を付けるからそれだけは……」


 作家にとって恐ろし過ぎる脅しをされ、背中を嫌な汗がつつーと流れた。


『この企画書、書く前に○○とか△△とか読んだでしょ? もろに影響受けてるわよ』


「ぐっ……ぐぬ……」


 たった今言われた作品名に再び、汗が背中を流れ落ちた。

 それは正にどんぴしゃ、俺が企画書を制作する前に読んでいた作品たちだった。


『そういうわけで、ボツ。企画書もいいけど、原稿の方もしっかりやるのよ?』


「……ああ。分かっている」


 プツリ、と通話を切り、座っている椅子の背もたれに思いっきり全体重を預けた。


「うぅぅぅぅぅがぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 そして、頭を抱えて咆哮。

 少しばかり乱暴に頭を掻きむしった。


「くそっ! 何がボツだ! 流行を分析して書いたものをパクリなんて言ってたらキリがないだろうが! 作家なんて何かしらのパクリで成り立っているようなものだぞ!」


 他の作家先生方を全方位で敵に回すようなことを叫び、椅子から立ち上がった。

 苛立ちから歩調も大股気味で扉まで歩き、部屋からリビングに移動する。


「――またボツだったんですか、師匠」


 熱くなっていく頭に冷や水を被せるような、涼やかな声が響く。

 首をわずかだけ、声を辿るようにして動かすと、視界に飛び込んできたのは――白。


 そいつは俺と目が合うと、ふっと微笑みを携えた。

 柔らかな青色の瞳が垂れ下がり、ただでさえ童顔の顔つきはもっと幼くなり、人間離れした妖精のような美貌が際立った。


 少なくとも、日本のごく普通の2LDKの部屋には、その笑みはいい意味で不釣り合いだろう。


「ああ、全ボツだ……! あのバカ編集め、微妙だとかふざけたことを抜かしやがって……」


「お疲れ様です。私はあれ、好きでしたけどね。やっぱりそんな簡単にはいかないものなんですね」


 悪態をつきながら、労いの言葉をかけてくる女から少し離れた位置に腰を下ろして、ため息をついた。


「お前は俺の作品なら大体なんでも全肯定だろうが」


 こいつにも習作……(企画を説明する際、作家が小説の雰囲気を掴み、編集側に企画の魅力を伝えるために書く数十ページほどのサンプル原稿のこと)を読んでもらい、感想を聞いていたのだが、基本的に面白いとしか言わないためあまり参考にはならない。


 まあ作家としては面白いと言ってもらえるのは何よりありがたいんだがな。


「はい。私は師匠の弟子ですので、師匠の作品は全部好きです。だからこうして弟子入りしたんですから」


「何度も言うが、俺はお前を弟子にした覚えはないぞ。あくまで家事手伝いだ」


 白色のショートボブの髪の片方を編み込んだ、自称弟子を名乗る女に半眼を向ける。

 すると、向こうはぷくりと頬を膨らませて睨み返してきた。


 もっとも、可愛さばかりが先立ち、微塵も怖くないのだが。


「いいじゃないですか。こうして一緒に住んでいる時点で、もう住み込みの弟子として認めてるようなもんですよ」


「……その一緒に住むことだって、俺は未だに納得がいってないんだが?」


「まあまあ、細かいことは気にせずに! 今後ともよろしくお願いしますね、師匠」


 屈託なく笑う女に、俺はまたため息をついた。

 さっき担当編集に自分でため息をつくと幸せがなんとやらと言っておきながら、自分でしていれば世話はないな……。


 そもそも師匠と呼ぶなと言っているのに、何度も言っても聞きやしない。

 俺たちはお互い一七歳で同い年だろうが。


 しかも学校とクラスまで一緒ときた。

 そんな相手と同棲していて、なおかつ師匠と呼ばれる方の身にもなってほしい。

 

「それで? お前の方の進捗はどうなんだ?」


「ふっふっふっ……! バッチリです! これを見てください! 遂にハンターランクが上がりました!」


 言いながら、目の前の女が自信満々に見せてきたのは、ローテーブルに置かれたノートパソコンではなく、ゲーム機の画面だった。


「おい、お前は何故原稿ではなくモン狩をしてるんだ」


 こいつはいつから作家志望から狩人にジョブチェンジをしたんだ。


「えっと……息抜き?」


「そうか。それなら原稿の方を見せろ」


 おずおずと差し出された、ノートパソコンの画面は雪原を思わせるほど真っ白だった。


「全く進んでねえじゃねえかバカ野郎! 何が息抜きだ!」


「や、野郎じゃないですし……女郎ですし……」


「うるさいたわけ!」


 みっともない言い訳をするバカに一括。

 俺が電話をしてる間に優雅にサボり決めやがって……!


「……はあ。もういい」


「え? いいんですか?」


 もっと怒られると思っていたのか、女は童顔にきょとんした表情を張り付けた。

 

「まあ……書こうとして何も思いつかないことというのはよくあることだからな……よく考えれば、俺も締め切りヤバくなる時なんてざらにあるし」


「許しも出たところで、もう一狩りいってきますね」


「企画も全ボツになったし、新しいのも思いつかん。俺もやる」


「えー……師匠すぐ落ちるじゃないですかー……この間も別エリアにぶっ飛ばされて、体力があと数ドットぐらいしかないのに回復せずに武器研ごうとしてその辺の雑魚モンスターにワンパンもらって死んでましたし……」


「あ、あれはたまたまだ! 俺はまだ全ての力の半分も出していない!」


「その前も全くクエストと関係のない大型にケンカ売りに行って狩られてましたよね?」


「いいから行くぞ! リベンジだ!」


 ゲーム機を持ちながら、声高に叫ぶ。

 ゲームを始めるついでに、改めて語っておこう。

 俺――鷹村旭たかむらあさひと同棲中の家事手伝い兼自称弟子――神奈琥珀かんなこはくの奇妙な関係が始まった日のことを。

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