第10話 修行①
「はっ!!!」
チュンチュンと外から鳥のなく声が聞こえる。さっきまでとは違って眩しい。その光の強さに思わず目を細めてしまう。
「ここは……」
周りを見渡し、眠る前の記憶が復活したことでここがファナの家のリビングなのだと思い出す。
「はぁ。まさかこの短期間で同じ夢を見るとはな………」
原因はゼノンの中で分かっている。間違いなくファナに関わったからだろう。だからといってこんな短期間で見るなんてありえないとは思うが。
(これも成長魔法の効果なのかもな……)
ゼノンの体は汗でぐっしょり濡れていて服もびちゃびちゃである。無意識にだろうが目からは雫がこぼれ落ちる。それほどまでに辛かった。
(何度経験してもこれだけはなれねぇな…)
体を起こし、とりあえずこの部屋を出た。トイレにも行きたいし、もし可能なら水浴びもしたい。とにかくじっとすることができなかった。
(勝手に部屋出たけどいいよな?…っていうかこの家本当に広いなぁ。そのくせ汚いって……)
家を出て色々歩き回ってみるが、ゼノンの目的である部屋は中々見つからない。見つかるのは汚部屋への入口しか見つからなかった。
これではトイレも服とかで埋まっているのではないだろうか?とまで考えてしまう。
「〜〜♪〜♪」
ゼノンが屋敷を歩いていると、鼻歌が聞こえてきた。これは間違いなくファナのものだ!と思ったゼノンはその音だけを頼りに音源の方へと向かう。
そして─
「師匠〜。トイレって…ど…こ………です……か?」
「………ん?」
ゼノンが扉を開けた先には…着替え真っ最中のファナがいた。
そしてお互いの時がしばらく止まる。
「す、すみませんでしたー!!!!!」
バタンっ!!
ゼノンは速攻で部屋から退き、扉を勢いよく閉じた。
(はぁ…はぁ…。やっちまった!!)
ゼノンは後悔と反省の念に押しつぶされそうになっていた。そして脳裏に残るのは先程のファナの様子。
少し眠そうに目を細め、黒と赤のネグリジェを脱ごうとしていたのでしっかりと下着まで見えてしまい、その彼女の姿は女神を思わせるようでゼノンにはかなり刺激がキツかった。
(どうしよう!?次どうしたらいいんだ!!?)
ゼノンは頭を抱えて困り果ててしまった。ゼノンはあまり女の扱いというものを知らず、こういう時にどうしたらいいのか分からない。珍しくアルスにヘルプを求めたい気分だった。
そしてひたひたとこちらにファナが歩いてきている音が聞こえる。結局ゼノンには良い策が思いつくことはなく、開いた瞬間に土下座で行くことに決めた。
(今こそ…成長の力を見せる時!)
夢の中で見た己の土下座を思い返し、決意を固める。
ガチャリ
その音が鳴りドアノブが回転した瞬間に……
「申し訳ございませんでしたー!!!」
ゼノンはドアの目の前で未来の自分にも劣らぬほどの速度と形の土下座を披露した。
恐怖で頭をあげることのできないゼノンはその罰が下されるのを待つが……
「別に気にしてないわ。それより出かけるわよ。準備をしてちょうだい。あとトイレはここを右に曲がったところにあるわ」
「あの…淡白すぎじゃないですか?」
あまりにファナのあっさりした態度にゼノンは肝を抜かれてしまった。
「別に。昨日でだいたいあなたのことは分かったわ。性に弱いあなたがこんなこと出来るわけないもの。ただの偶然ね」
「いえ…まぁ、そうなんですけど……、あの…男に見られるって言うことの抵抗とかないんですか?」
「ないわ。そんなものはるか昔に捨ててきたわ」
そのくせ美容はかかしてないような…とは思ったがもしかすると何もしなくてこれなのかもしれないと思うと何も言えなかった。
「そもそも覗きなんて日常茶飯事よ。今更ね」
「もう少し自分の体を大事にしてください!」
「もしかして……あなたも私の体を見たかったの?なら残念ね」
ファナはそう言ってゼノンをからかうようにニヤニヤと笑い、チラリと服をめくる。
「と、トイレ行ってきま〜す!!!」
性に弱いゼノンは逃げるしか選択肢は残されていなかったのである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「で、師匠どこ行くんですか?」
ゼノンとファナは人通りの多い道を現在歩いていた。ちなみに2人ともいつかのゼノンが脱水症状に陥った時にファナが来ていた顔を隠すための服を来ている。
ゼノンは問題ないのだがファナは"英雄"ということと顔がいいこともあって王都では知らぬもののいない有名人となっていた。それ故に歩けば常に声をかけられるので全く目的地につけないというだけでなく、求婚されるようなことも過去にはあったので歩く時は常に顔を隠している。
「鍛冶屋よ。まずはあなたの装備を整える必要があるわ。そのナイフ1本じゃいくらなんでも心許なさすぎる」
「でも…俺金ないですよ?」
その理由の半分ぐらいはファナのせいなんだが…と言いたいが言うだけ無駄だとわかっているので何も口を出さない。
「それぐらいは私が払うわ。いつか返して貰うけどね」
「そんな機会があればいいですね…」
ゼノンが空を見上げながらそう言った。ファナも特に何も言うようなことはしない。お互いわかっているのだ。
ゼノンとファナの関係はかなり特殊だ。師と弟子という関係だが、お互い敵同士でもある。魔王に憧れる無加護の人間の弟子と魔王の娘でありながら人間の英雄であるファナ。
いずれ敵になるとわかっていて2人は今、ここにいるのだ。
(ついでに俺の借金どんどん増えてくなぁ。これ、いつか返せんのかな?あ、そうだ。返す機会ないってことにしよ。じゃあ武器代は師匠に押し付けれるじゃん!魔王目指す理由が増えたな)
ゼノンに関しては途中から全く別のことを考えていたが。
歩き続けること10分程度で、目的地の鍛冶屋の前に着いた。そこで2人は立ち止まる。
「…ここから先はもう引き返すことは出来ない。それでもいいのね?」
「もちろんです」
「そう。愚問だったわね」
ゼノンの覚悟は既に決まっていた。それを妨げることは誰にも出来ないと、そしてゼノンの往く道はとてつもなく険しいとお互いに知っている。
2人は揃って鍛冶屋の扉を開けた。
「ガルムはいるかしら?」
ファナは一直線にカウンターへと向かうが、ゼノンはそこら中に置かれている武器に目を輝かせては恐る恐る触ってを繰り返している。
するとカウンターの奥から髭を生やした汗だくの中年の男が出てくる。
「久しぶりじゃの…。今日はなんの用じゃ?」
「えぇ。久しぶりね。突然だけど武器を作って欲しいの。あと…防具も」
「お主が防具なんてつけるなんて余程のことでもあるのか?」
ガルムはファナの言葉を不審に思って質問する。
「私じゃないわ。私の弟子よ」
「あ、ゼノン=スカーレットです」
ゼノンはファナに紹介されたので自分の名前を名乗る。
「ほぉ。お主弟子なんて取ったのか…。なにか心境の変化でもあったのか?」
「いえ、何も無いわ。ただ面白そうだから…。それだけよ。そこでお願いがあるのだけれど…彼の装備を整えて欲しいの。もちろんオーダーメイドで…ね…」
「ふむ…。なるほどのぉ。お主の頼みじゃ。聞いてやらんこともないが…」
そう言いながらガルムはゼノンの体を上から下までじっと見つめる。ゼノンの見た目は華奢に見えてしまう。実際はかなり鍛えてあるのだが。
「え…えと…俺……無加護…なんですけど……」
ゼノンはじっと見つめられるのに耐えきれず自分のことを伝える。右手の無加護を隠すための手袋を外し、無加護であることを証明する。
王都では無加護ということは奴隷として人間として認められない。つまり無加護のために武器を作ったという噂が広まれば王都の住民はガルムのことをよく思わないだろう。
それだけでなく、無加護ということは加護持ちに比べて剣も槍も使えないということは常識であった。
「…わかった。作ってやろう」
「え!?俺、無加護ですよ!?そんな奴のためにオーダーメイドなんてしたら店は廃れますよ!?」
「その手を見れば分かる」
ガルムに言われてゼノンは自分の右手を見る。
「何回剣を降った?長いこと剣士の手を見てきたがそこまでの手は見たことない」
ゼノンの手はとても分厚く、豆も沢山あり、いくつかは潰れていた。それをガルムは決して逃したりはしなかった。
「そこまで剣を愛しておるのじゃろう。鍛冶師としてはお主の武器を作るのは誇りじゃ。他のやつがどう言うと知ったことではない。ここは儂の店じゃ」
ガルムはそういうと店の奥の方へと消えてゆこうとする。
「ありがとうございます!」
ゼノンはガルムの後ろ姿に顔を見られないように深く、深く礼をする。ファナはその姿を見てクスリと笑った。
「…何をしておる?オーダーメイドなんじゃろう?なら、早く来い。お主がいなければ作れぬ」
「はいっ!」
ファナはゼノンはガルムの後を追うように店の奥へと消えてゆくのを見ているだけであった。
「それでお主は一体どんな武器と防具が欲しいんじゃ?」
「えっと…基本は二刀流で行きたいんです。あと…速度重視だから防具は最低限でお願いします」
「…なるほどのぉ。つまり速さ と連撃で相手を圧倒する訳じゃな」
「は、はい!そうです!」
そこからは具体的なゼノンの理想の武器の話し合いとなる。何回かナイフを素振りしてガルムの中で作る武器のイメージを固めてゆく。
「よし、分かった。また一週間後に来てくれ。その時までには作っておこう」
「あ、あと…最後にお願いがあって……
「終わったの?」
しばらくしてゼノンは店の奥から帰ってくる。そこにはファナの姿があった。
「はい!っていうか師匠待ってたんですか?」
「えぇ。問題でもあったかしら?」
「いえ、その…俺の武器見なくてよかったんですか?」
魔王となる者の武器を知ることが出来れば、お互いが戦う時に大分有利に戦うことが出来るだろう。なのにファナは特にゼノンの武器のことを知ろうとしなかった。それがゼノンには少々意外だった。
「あなたが血液魔法を使うと言うのであれば、装備はだいたい予想がつくわ。双剣に防具は最低限…でしょ?」
「…え、ええ…。まぁ…、その通りなんですけど……」
ピタリと言い当てられてしまい、少々肩透かしを喰らう。ゼノンとしてはもう少し隠していたかった。
「……もう一度聞くわ」
ファナは店から出る足を止めてゼノンを呼び止めた。
「
ファナは知っている。人間が血液魔法を使うということはどういうことなのかを。その力は初代魔王…いや、吸血鬼にこそふさわしい力であると。人間であるゼノンにはその力を真に扱うことは出来ないと。
それだけでない。何故、ファナはゼノンの装備をピタリと言い当てることができたのか?それは初代魔王も同じ装備をしていたからだ。だからこそ知っている。それがどういうことを意味するかを。初代魔王は常に前線へと降り立ち、自らのことなど気にもとめずに戦う。その姿をファナはずっと見てきた。
だからこそ知っている。その魔法を人間が使うことの意味を─。
そしてそれは…ゼノンも同じだった。
「知ってますよ。でも俺は使います」
「…そう。…力には必ず代償が伴う。強大な力にはより大きな代償が支払われることになっているわ。それを心に留めておきなさい」
そう言ってファナはゼノンを追い越し、その先を歩いていく。
「………それも知ってますよ」
ゼノンは自分の体を確認するように服をめくり、自分の腹を見た。そこにはどす黒い痣がある。それを確認し終えるとすぐにそれを隠すように服を元に戻し、ファナの後ろを追った。
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