第9話 夢④

「リ、リズ!!!…さん!」


気づいた時には声に出していた。


ゼノンの言葉にファナは立ち止まり、ゼノンの方を振り返る。


(し、しまったっ!!)


まずゼノンが思ったのは後悔。特に何も考えずに声に出していたのでこの次にどうしたらいいのか分からずに慌てふためく。


「え、えとー!えっと……」


しかし何も出てこないどころかどんどん頭が白くなっていく。


(あわわ!ど、どうしよう!?)


「す、すみません!ファナさま!!」


結論、ゼノンは謝ることにした。


もはや何が悪かったのか自分でも良くんからなかったが、こうすること以外にゼノンは思いつかなかった。


とりあえず、何かあったら謝る。それがゼノンがこのパーティーで学んだことである。


故に今のゼノンの謝るスピードはもはや風を切るレベルまでに成長している!


「ふふ。うふふふ」


(笑った……)


ファナはゼノンの姿を見て華麗に笑う。


(何故だろう?なぜか…初めて笑った気がする)


ゼノンにはファナの笑顔にそんなことを感じた。アルスたちといる時でも彼女は笑わない訳では無い。周りのみんなからは冷徹のように見えるかもしれないが。だと言うのに不思議とそう感じてしまった。


「え、えと…ファナ……さま?」


「ファナじゃないわ」


「え!?」


「さっき言ったでしょう?」


「え!?いやでも!!さっきはその……」


ファナは先程とは違い、イタズラな笑みを浮かべてゼノンの近くに戻ってくる。


「…悲しいわぁ。もしかして私の名前嫌いなの?これじゃあ一生私の名前を名乗れないわ」


「い、いや!そんなことないですよ!!?」


「じゃあ、何したらいいかわかるでしょ?」


そうやってニヤニヤと笑う彼女はいつもの彼女とは少し違い、新鮮な感じもするが、悪いとは感じなかった。


「……り、リズ…さん……」


「はい」


そういい、微笑む彼女は嬉しそうに見えた。


「……私の本当の名前はファナリズっていうの……。みんなには内緒よ?」


「…は、はいぃ」


口に人差し指を当てて、ウインクする彼女はいたずらっ子のようだった。


(知らなかった…。ファナさんもこんなふうにコロコロと表情が変わるなんて…。結構一緒にいたつもりだったんだけどな……)


この短時間で知ったファナの新しい面にゼノンは驚いてばかりだった。ずっとファナは無感情で無関心そんな人間だと思っていた。笑うことはあっても愛想笑いしか見た事はない。まるで感情が抜け落ちたような……。


「どうして私の名前を呼んでくれたの?」


「それは……呼んでくれって言われましたし……、それに…なんだが、ファナさんが消えてしまいそうな気がして……」


ハッとゼノンは言ってからしまった!と後悔した。


「す、すみません!!僕、とても失礼なこと言って!!!」


「いえ、別に気にしていませんので。……やっぱりあなたは風のような人だわ。…………あなたとはもっと前に出会いたかった。出来るなら200年前…。せめて5年前に……」


「え?」


「さ、もう寝ましょう。明日も朝は早いもの」


「はい!ファナさま!」


「それは違うわ」


「え?」


「リズよ」


「リズ…さん…」



そう言ってファナはキャンプへと戻っていく。ゼノンはその後ろを恥ずかしさで顔を赤く染めながら歩いた。


だから気づけなかった。少しだが、彼女も頬を赤らめていたことに。


そして場面が変わる。いつものように急に。






その日は雨だった。


勇者パーティーは魔族領に入り、魔王を討伐せんとしていた。


その途中の事だった。


「っ!!!?アイツはッ!!!!」


「ファナ!!!?」「ファナさん!!?」


ファナはを見たと思ったらすぐに全速力で飛び出した。


賢者がそれを追おうとするが……


「おい!危ねぇ!!」「あぁ〜もう!こんなタイミングで!!ファナ先生と分断なんて!!」


周囲から魔族が現れ、ファナと分断されてしまう。そのことに対してミオは不満な様子。


そうして戦闘が始まる。


(リズさん!)


ゼノンは言いようのない不安に襲われていた。


ファナは勇者パーティーでも勇者に次いで強いと言われていた。今まで敵に負ける姿なんて想像出来なかった。だが、先程のファナの顔を思い出すとなぜか不安になる。


(リズさん!リズさん!!)


「ゼノン!?どこ行くの!?」


「ミオ!無加護なんてほっとけ!!それどころじゃねぇ!!」


ゼノンはミオの忠告も無視してさっきファナが走り去った方向へ走った。


そちらに行けば行くほど戦闘音が近くなる。


(こんなに大きい戦闘音初めてだ!)


その音は遠くからでもはっきりと聞こえてきた。おかけで位置がわかりやすくゼノンは自分の耳を頼りに走った!


「リズさん!!!」


そしてそこには――胸を貫かれ、大量に血を撒き散らし、地面に倒れ込むファナがいた…。


ゼノンはファナの元へと全力で走り、巨大なバッグから荷物を漁り、回復薬を取り出す。


「リズさん!!リズさん!!しっかりしてください!!今…絶対に助けますから!!!クソっ!!なんで回復薬も効かねぇんだよ!!!」


「……もう……いいわ……。心臓…を…やられ…たん…だもの……。もう……助から…ない……」


ゼノンは回復薬をファナに与えるがその傷は一向に治らない。


「大丈夫です!!絶対に助けますから!!!」


ファナの胸には穴が空いていて、血が溢れんばかりに出ている。そしてその血が雨とともに流れていた。ゼノンにもわかっていた。これはもう……。だが、諦めたくなかった。認めたくなかった。現実逃避の一種としてただ回復薬を与え続ける。


「私の人生は苦しみだけだった………」


「もう喋らないでください!!」


(だけどあなたといる時だけは違った。私から苦しみを忘れさせてくれた……。お願い……最後に1度だけ私に力を貸して……。)


「ゴホッ!…最後に…お願い…が……ある……の……」


ファナはゼノンの頬に血塗られた手を伸ばす。ゼノンはその手をしっかりと掴んでいた。ゼノンもわかっていた。もう…別れの時は近いと。


「……いつか……もう一度…会えたら……私を……必ず……奪ってね……?」


「はい!!約束します!リズさん!!!」


(ありがとう……)


ゼノンの返事を聞いた彼女は……笑った……。


そしてそのまま……ゼノンの頬に触れていた手はゆっくりと地面へと降ろされた。



「ふっうっ……うぐっ…うわぁぁぁあぁぁあ!!!!!!」


ゼノンはファナの亡骸を抱いてただ泣き続けた。


(強く…なりたい!!!この人を………みんなを!!守れるぐらいに!!!!)


そこでゼノンの意識は引き戻された。

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