涯ての渚のセイラ

松島立秋

0 プロローグ

 手入れの行き届いた植物園の温室に置かれたまるいテーブル。向かい合って二人の女が座っている。会話は無い。二人とも白い髪に白い肌。左の女はフリルが付いた服を着ている人形のような少女で、椅子から垂らした足は地面に届かず、無邪気そうに揺らしながらカップを手にお茶を飲む。肩まである髪もかすかに左右に揺れている。

 右の女は椅子に浅く腰掛けて足を投げ出し、ぼんやりした目で上を眺めたままだ。長い髪は細い背中でまっすぐ垂れている。

 温室の天井には甲状の骨組みが張られ、透き通ったパネルの向こうには小さな星々と散光星雲が滲んでいる。水の流れる音と葉の擦れる音。それから低く唸るような小さな音。


 そこへ少年のような場違いに元気の良い声が聞こえて来る。

『お二人とも、探しものが見つかったよ!』

 テーブルの上の空間に小さな半透明のイルカが現れた。水色だ。

『予想通り無傷のまま惑星間空間を漂流してる。悪いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?』

「あんたね…」

 左の少女は少しムッとしている。

「判明した時刻の古い方からお願い」

 右の女が抑揚のない声で訊いた。

『了解』イルカがくるっと一回転すると、恒星を中心とした星系の立体映像が出てきた。めぼしい天体とその軌道も示されている。『一つ目は探しものがこの星系の第二惑星の重力圏に捕捉されそう。というか多分落ちるんだけど、この船ぼくらの足では追いつけない計算になる。無論、ワープするには近すぎるから通常推進の方がまだ早い』

イルカは早口で説明する。

「それで、次のバッドニュースは?」

 左の少女はカップの波紋を見つめながら訊いた。

『二つ目はこの第二惑星が有人星だということ』

 少女の顔に緊張の色が浮かぶ。右の女が座り直し、頬杖をついて星系儀に注目する。星系儀は第二惑星の部分がクローズアップして、第二惑星の周りには大小三つの月が示されている。

「この星系に有人星?」

『結論から言えばこの星は“ディセンダー星”の可能性が高い。共和国のカタログには無い星だし、航法カメラの映像からマザーシップの残骸らしきものが見て取れる。幾らか電波の発射はあるけど対宙開港はしていない。主星面通過時に録ったスペクトルでも大気組成から88.9%有人星と判定できるよ』

 星系儀の傍らに撮影された赤い惑星の写真が表示された。

「大気圏で燃え尽きる可能性は?……その調子だと、無いってことよね」

『うん。大気密度は濃いけど月の重力に振られてかなり減速しそう。予測計算では中身の95%は燃えずに残る』

「ディセンダー星だと自主防衛は期待できそうにない…か」

 右の女の顔が曇る。

『大気圏突入予想時刻から本船ぼくらが軌道上に到着するまでがおよそ11時間程度。文明後退の程度も医療水準も不明だけど被害の防止はまず不可能だと思う。それでも降りる?』

「…うん、降下船テンダーの準備をよろしく」

『わかった。もう他のみんなはブリッジに集まってるから、細かい話はそこでしよう。じゃあね!』

 イルカと星系儀がきゅぽっと消えた。

 二人は深くため息をついた。驚くことではなかったが、想定されていた可能性のうち最も悲観的なシナリオが現実になろうとしていた。


 緊張を含んだ笑顔で右の女が言う。

「さて、忙しくなるよ。いい?」

 左の少女は最後の一口を飲んでから答えた。

「構わないわ、宇宙の航海はいつだって暇だもの 」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る