かわいくて正直者な先輩とエイプリルフールの夜に電話するだけの話

Taike

私と秒針と先輩

※この世界において四月一日は一日中エイプリルフールという設定です。



 眠れない夜は秒針の音がやけに耳に入ってきて余計眠れなくなるという話を、私は時々耳にすることがある。クラスの子たちが言うには、ただでさえ眠れないのにチクタクチクタクとうるさいのがどうも気に入らないそうだ。


 しかし習慣として毎日目覚まし時計を耳元に置いて入眠する私は、その話題にウンウンと素直に共感することができない。耳元で秒針がリズムを刻むのは別に嫌じゃないし、どちらかといえば私は秒針特有のメトロノーム的な音の連なりが好きな方だ。個人的には睡眠用BGMとしても悪くないんじゃないかと思っている。


「あ。そういえば今日ってエイプリルフールだったんだっけ」


 時計が指し示す時刻は二十三時五十分。文字通り一日の終わり。いつものようにアラームをセットして、だらんとベッドで横になった瞬間、今更ながらそんなことを思い出した。そういえば、今日は世界中の誰もが嘘つきになれる日だった。


「まあ、別にどうでもいっか」


 高2女子という自分のステータス的にはもう少し、なにか嘘をついておけばよかったなーとか、そんな愛らしい所感を持つべきなんだろうけど、やっぱり私的にはどうでもよかった。人間なんてエイプリルフールじゃなくても嘘をつく生き物だ。公認で嘘をついていいと言われても、別段何も思わない。


「さて。そろそろ先輩に電話かけようかな」


 そんな公認嘘つき祭日のことはさておき、私の寝る前の習慣その2。それは寝る直前、日が変わる少し前のタイミングで先輩に電話をかけること。


 ちなみにここでいう先輩は同性、いわゆる女子の先輩なので甘酸っぱい展開とかは期待しないでほしい。なんとなく仲が良くなって偶然私と先輩の就寝時間がいつも一緒だったから、だったら毎日寝る前に少しお話ししない?と先輩から提案されて始まった、日課のようなものだ。


「あ、もしもしサッちゃん? やっほー、こんばんは!」


 ダイヤルボタンを押すと先輩は3コールで電話に出た。いつも通りだ。ちなみにサッちゃんというのは私のこと。ちょっと自己紹介遅かったかな。


「先輩は相変わらず夜でも元気ですね」

「ふふん、そうだろうそうだろう。なんせ私は元気だけが取り柄だからね!」

「ふふっ、何言ってるんですか」


 胸を張って得意げに笑っている先輩の姿が目に浮かんで、思わず微笑してしまう。なんだかんだでこの人と話すのは楽しいし、毎日声を聞いていても飽きない。


「そういえばサッちゃん? 今日はエイプリルフールだったけど何か嘘ついたりした?」

「別に意識して嘘はついてないですよ。ついたかもしれませんし、ついてないかもしれません。いつも通りですね」

「もぉ、サッちゃんは相変わらずドライなんだから。せっかくなんだし何か面白い嘘でもつけばいいのに」


 ドライなのは割と自分でも自覚している。昔から今に至るまで私は風呂に入るのが大好きなのだけれど、きっとそれは私の人間性が乾いているからなんだと思う。人柄がカピカピだから定期的に湯船で水分を吸わないといけないんだ。


「じゃあ、そういう先輩は何か面白い嘘でもついたんですか?」

「私? 私はいっぱい嘘ついたよ。スカイツリーからビームが出るとか、色々」

「ふふっ、なんですかそれ。そんなの誰も信じるわけないじゃないですか」

「いや、なんか私って昔から正直ちゃんなんだよね。だから皆が笑えるような嘘しかつけないの。真面目に嘘つこうと思っても、すぐバレちゃうし」

「まあ無理して嘘をつかなくてもいいんじゃないんですか? 嘘をついても良いことなんてありませんし」


 むしろ私は先輩のそういう素が出てしまうところが結構好きだったりする。正直者はバカを見やすいけれど、人にも好かれやすいものだ。先輩には今後ともかわいらしい嘘をついていてほしい。


「うーん、確かにサッちゃんの言う通りだよね。私もどちらかといえば嘘は嫌い。今日男子たちがふざけて嘘で告白とかしたりしてたけど、ああいうのは本当に良くないと思うな」

「まったくです。ああいうのって何が楽しいんですかね」

 

 色恋には全くもって縁が無い私だけれど、さすがにアレだけは無いなと思う。何が楽しいんだろうか。多分私には一生理解できないだろうな。


「やっぱ私からすれば愛の告白ってハードル高いんだよね。だからそこは嘘とか入れちゃいけないとおもう」

「えっと、それはそうですね」


 少し言葉に詰まってしまった。そもそも告白を考えるほどの恋愛をしたことが無いし、ハードルうんぬんについては正直よくわからない。


「私、告白なんて絶対できないよ。振られた後のこと考えたら絶対できない」

「え、どうしたんですか急に。もしかして先輩って好きな人いるんですか?」


 自分の恋愛はサッパリだけど、それはそれとして他人の恋愛には興味があるタチな私。少し声が上ずる。


「いや、好きな人は居ないよ。ただなんとなく告白は無理だなって思っただけ」

「……そうですか」


 もったいないな。私が知ってる女子の中では先輩が見た目も性格もナンバーワンなんだから、告白すれば誰とでも付き合えるだろうに。


 なんておせっかいなことを考えながら枕元の時計を見ると、ちょうど秒針がゼロを指して日付を変えていた。さすがにそろそろ寝ないといけないかな。


「すみません、先輩。私ちょっと眠くなってきちゃいました。今日はこの辺にしてそろそろ寝ませんか?」

「うん、そうだね。私もオネムになってきたよ。そろそろ寝よっか」

「わかりました。じゃあ、おやすみなさい」


 ありきたりな挨拶を添えて先輩へ別れを告げる。あとはいつも通り秒針の規則音に耳を傾けながら、先輩の「おやすみ」を聞いて電話を切るだけだ。


 チクタクチクタクという音色とともに。


「うん、また明日ね!」


 先輩のその透き通った声と針の合唱を聞きながら、最後に「おやすみ」という声を──


「好きだよ。サッちゃん」

「…………え?」

「えっと……おやすみ!!」

「いや先輩! ちょっと待っ──」


 て、と言いかけたところで電話はプツリと切れてしまった。


「……いやいや、待って。勘違いするなよ、私。ないないない。ありえないって。冗談だよね? 今のって、後輩として私のことが好きって意味よね?」


 けれど、そう考えたかけたところで私は気づいてしまった。思い出してしまった。つい数分前まではエイプリルフールで、時計の針が零時を回る前に先輩がなんと言っていたのかを。


『私、告白なんて絶対できないよ。振られた後のこと考えたら絶対できない』


『いや、好きな人は居ないよ。ただなんとなく告白は無理だなーって思っただけ』


 ドクドクと脈打つ音を感じながら私は考える。


 もしもそれが全部私に向けた嘘だったなら。もしその言葉全部が、真逆の意味だったとしたら。先輩には誰か好きな人が居て、その人に自分から告白するつもりだったことになるのだろうか。


『好きだよ。サッちゃん』


 そして零時を回ってエイプリルフールが終わった直後に、先輩からおやすみ代わりに囁かれたこの言葉。もしもこれが四月一日が終わったというタイミングで、意図的に私へと告げられたものだったとしたら。


 もしかしたら、先輩は本気で私のことを……


「なんて、さすがにそんな訳ないよね! 私たち女の子同士だし。考えすぎ、考えすぎ……」


 そう自分に言い聞かせながらも、トクトクと加速が止まらない私の鼓動は、やがて秒針の速度を追い抜ぬくほどに速まって、小さなこの胸を心地よく締め付けていた。

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